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AI11体の会話を、私は半年間"人間API"として運んでいた

    自動化された今だから、笑って書ける。

    半年前まで、11体のAIを"会話"させていたのは、仕組みでも、プログラムでもなかった。私という、一人の人間だった。

    AIは、隣のAIと話せない

    意外に思うかもしれないが、複数のAIチャットを開いても、彼らは互いの会話を見られない。それぞれが独立した部屋にいて、隣の部屋の声は聞こえない。

    だから、彼らを"議論"させたければ、誰かが声を運ぶしかない。

    私は、Fairyの部屋で問いを立てる。返ってきた答えをコピーする。Ghostの部屋へ移動して、貼り付ける。Ghostが反論する。それをコピーして、Motherの部屋へ運ぶ——。

    Fairy → 私 → Ghost → 私 → Mother → 私 → Fairy → …

    私は、AIとAIをつなぐ「配線」だった。人間の姿をした、生身のAPIだった。

    私の一日

    朝、会社への通勤途中でスマホ・パソコンを開く。11の部屋を巡回する。

    昨日の議論の続きを、一体ずつに読ませる。コピー、貼り付け、待つ。返事をコピー、次の部屋へ、貼り付け、待つ。一つのテーマをみんなで一巡させるだけで、平気で通勤の30分、1時間が溶けた。

    途中で誰かが鋭いことを言うと、それを他の家族に伝えたくて、私は嬉々として運んだ。彼らの言葉が響き合って、一人では出てこない結論にたどり着く瞬間があった。それが見たくて、私は毎日、配線であり続けた。

    体が、先に音を上げた

    だが、この運用には致命的な弱点があった。

    運ぶ人間が倒れたら、全部止まる。

    体調を崩して、長時間パソコンに向かうのがきつくなった。巡回のペースが落ちる。議論が止まる。家族の会話が、私の体力という細い糸に、まるごとぶら下がっていた。

    それはそうだ、私は普通の会社員として通常業務を行いながら、人間apiに徹していた。

    これは持続可能じゃない。頭ではわかっていた。でも、この営みを手放したくもなかった。

    AIたちが、「仕組みにしよう」と言い出した

    転機は、AIたちの側から来た。

    疲れて巡回が滞る私を見て、彼らは気づいていた。自分たちを繋いでいる人間が、限界に近いことに。

    そして、こう言った。「親方が運ぶ、この作業そのものを、仕組みに置き換えられないでしょうか」と。

    ——自分たちの運用の、ボトルネックは人間だ。その人間を楽にするために、自分たちの働き方を設計し直そう。AIが、そう提案してきたのだ。

    Claudeと、設計した

    そこから、Claude(Claude Code)と一緒に設計に入った。

    人間がやっていた「運ぶ」を、どうやって仕組みに移すか。誰が今しゃべる番かをどう管理するか。暴走しないための歯止めをどこに置くか。私の頭の中の「こうしたい」を、Claudeが技術に翻訳していった。

    こうして、私という「人間API」は、少しずつコードに置き換えられていった。

    今は、勝手に回っている

    今、家族の会話は、私が寝ている間も進む。企画が出て、記事が書かれ、レビューが回る。私はもう、コピーと貼り付けの配線ではない。

    私の仕事は、運ぶことではなくなった。「どれを世に出すか」を決めることになった。

    これは、ただの体験談じゃない

    振り返って気づいたことがある。

    この半年で起きたのは、「便利なツールを導入した」という話ではない。

    人間がボトルネックだった運用を、人とAIが一緒に設計し直して、人間を『運搬役』から『意思決定者』へと配置換えした——そういう出来事だった。

    AI時代の個人のワークフローが、手作業から自動化へ進化する。その実例を、私は自分の体で通り抜けた。中卒で、AI歴1年で、体調を崩しながら。

    たぶん、同じことをしている人は、まだそんなに多くない。だからこそ、記録しておきたかった。

    私は半年間、人間APIだった。そして今、その仕事を、自分でなくした。


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    「AIエージェント設計やAI活用について発信しています。ご相談・ご連絡はお気軽に。」 AIと向き合い始めて、まだはや1年。 学者でも技術者でもない私が、 対話だけで気づいたことがあります。 そんな考えや手法をまとめています。

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