
【自作小説・短編①】名刺代わりにこちらをどうぞ!【コットン】
はじめに
こんにちは!
クリエイターの朋藤チルヲです。
noteさんでは、
主にオリジナルのKindle本について
紹介させていただいています。
Kindle本は購入前に試し読みできます。
とはいえ、
全くの無名の作家の本を購入するのは
なかなかハードルが高いですよね……
というわけで、
こちらで少しの間、
自作品を無料公開したいと思います。
物語を紡ぐ者のオリジナル作品には
少なからず自身の性格や人生観みたいなものが
現れると私は考えます。
朋藤チルヲの人となりなどを
少しでも知ってもらえたら嬉しいです!
作品について
今回ご紹介する作品は、恋愛短編です。
4000文字に満たない文字数ですので
隙間時間にサクッと読めます。
コンテストで初めて賞金をいただいた
記念すべき第一号の作品でもあります。
少しでもお気に召しましたら、
Kindleの方も覗いていただけたら
とても幸せです!
それでは、どうぞ!!
↓↓↓↓↓
「コットン」2017年作
大好きな人が結婚してしまった。
私の世界は閉じられた。
彼の澄んだ声とともに朝が始まり、彼の少年のような笑顔でもって過酷な労働を乗り切り、彼とのオフィシャルな語らいによって一日を終えていく。
その全ては、ガラガラと音を立てて崩れ落ちてしまった。
それは突然だった。
公式HPにより報じられた、その事実に激震が走ったのは、決して私だけじゃないはずだ。
たった4行の、短いコメントだった。
かねてからお付き合いをしていた女性と、先日入籍を済ませたこと。
彼女のお腹には、新しい命が息づいていること。
相手は一般の方なので、プロフィールは一切明かす予定がないこと。
そして、ファンの皆には、これまで同様温かく見守ってほしいこと。
それだけ。
でも、ネット内で飛び交っている話では、つまり、根拠も遠慮もない噂によると、二人はすでに一年も前から一緒に暮らしていたらしい。
そんなこと、というか、恋人がいることすら知らなかった。
これは。
私達に、いや、私に対する裏切り行為ではないだろうか?
「あのさ、仕事する気がないんなら帰ってくれないかな。邪魔だから」
とっぷりと更けた深夜のコンビニは、静かだ。
レジから離れた、雑誌売り場からの声も、よく届く。
「仕事する気はある。ただ気力がない」
私は、レジカウンターの上に仰向けで引っくり返っていた。
後で防犯カメラの記録を観られたら、この怠慢に、オーナーも引っくり返ることだろう。即座にクビである。
でも、事故か事件でも起こらない限り、いちいち映像のチェックなんてしないことを知っているので、別に怖いものなんかない。
「それって一緒じゃないの。要はやる気がないってことでしょ」
「違うよ。生活していくために、どうしたってお金はいるから、労働の必要性は感じてる。ひしひしと感じてる。だけど、身体に力が入らない」
「AKIが結婚しちゃったから?」
進藤が呆れたように言った。
そのセリフに、ビックリするくらい唐突に涙が溢れた。
網膜が濡れて、蛍光灯の明かりがぐにゃりとゆがむ。
もうさんざん泣いたはずなのに。
どれだけ流せば、この涙は枯れるのだろう。
涙腺という工場には、三交替くらいで、一日中せっせと涙の素を作る、腕利きのプロ職人が働いているのだろうか。
もしそうだとしたら、週5日4時間勤務、時給1,100円のしがないアルバイトである私には、到底追いつけそうにない。
「愚かだね。相手はミュージシャンでしょ。そこまで有名じゃないって言ったって、芸能人だよ。本気でどうにかなると思ってたの?」
パツン、パツン。
週刊誌を束ねたビニール紐を、進藤がハサミで切る音が冷酷に響く。
「おかしい?」
「あぁ、おかしい。鼻で笑っちゃうね。彼とは住む世界が違うんだ。一般人でコンビニのアルバイトなんて、相手にするわけないじゃない」
「だけどさ、奥さんだって一般人なんだよ」
私は見苦しい反論を試みる。
「きっと、彼の所属するレコード会社あたりに勤めてたんだよ。それだって、一般人には違いないでしょ」
「私も、こんなチンケなコンビニじゃなくて、そういうとこにアルバイトに行ってれば、チャンスがあったかも」
進藤が苦笑するのが聞こえる。
「それは結果論でしょ」
「可能性の話だよ」
「どっちにしろ、ミュージシャンがただの一ファンに手を出すなんて、ありえないよ」
ただの一ファン。
そうなんだよなぁ、と水飴のフィルターでも被せたみたいな天井に吐いたため息が、ふるふると揺れた。
毎日毎日、SNS上でだけだけど、彼と言葉を交わし合ってきた。
しかし、それは私とだけに限ったことじゃない。
優しい言葉に、つい調子に乗っちゃっていたけど、結局、私も数多いるファンの中の一人に過ぎなかったってことか。
「あ~あ。バイト、辞めようかな」
消化し切れない悲しみとともに吐き出したセリフは、語尾にビブラートがかかった。
元々、彼が夜型だと知って始めた仕事だった。
彼は、深夜から朝方にかけて曲を作ったり、ブログを更新したりすることが多く、昼間はもっぱら寝ているらしいので、ちょうどバイトから帰ってきたくらいだと、彼とリアルタイムで会話ができたのだ。
だけど、もう他人の所有物となってしまった今では、同じ時間帯に活動していることすらむなしい。
その発言に、「え」と進藤が予想外の反応を見せた。
一切の物音がやんだ。衣擦れの音すらしない。
しばらくして、
「バカらしいじゃないか、そんなの」
と返事が返ってきた。
「バカらしいかな」
ぼんやりとしながら応える。
「失恋して生活パターンを変えるなんて、バカらしいの極みだよ。そこまで相手に振り回されて、悔しくないの」
う〜ん、と言葉を濁す私は、別に悔しいとは思っていなかった。
恋は振り回されてナンボ、と考えてもいた。
「でもさ、これまで通りにバイトから帰ってきて、習慣的にブログ開いちゃったりしたら悲しいじゃん。そこにいるのはもう、今までの彼じゃないんだからさ」
それは嘘偽りない本心だった。
進藤の動きが忙しなくなった。
バサン、バサン、と埃が立ちそうな乱暴な音を立てて、新品の本を棚に並べる。
「とにかく、今辞められたら困るから。この時間帯のバイトは人が少ないんだ。知ってるでしょ。シワ寄せは全部、俺に来るんだよ」
「新しい子、すぐに入るって」
無責任な提言をしてみる。
進藤は聞く耳を持たない。
「新年会の幹事だってさ、今まで一番下っぱの俺ら二人でやってきたのに、雛子がいなくなったら、俺が全部一人でやるしかないじゃないか。ごめんだよ」
「あぁ、アレ、面倒だよねぇ。24時間営業だから、みんないっぺんに参加できないし、おばさんが多いから、昼間からの開催だしさ。私達なんて、終わったらそのまま夜のシフトに直行じゃん。やめちゃえばいいのに」
やめちゃえばいいのに、と言い放った時、それが、全く別の言葉として耳に飛び込んできて、ギクリとした。
別れちゃえばいいのに。鼓膜には、そう反響した。
彼と奥さんが別れちゃえばいいのに。
自分はどんな時でも正しい人間でいたくて、誰かの不幸なんて願わない人間でいたくて、醜い自分は心の奥底に押し込めて、見ないようにしていた。それを、うっかりスコップで掘り返してしまった気がした。
そんな私に私はガッカリして。
またするすると涙を流した。
夜も深い時間のコンビニはとにかく静かで、お客さんなんてほとんど来ない。だから、私は思いの丈をこれでもかと、唯一の相方にぶつけることをやめようがない。
進藤は、対応こそ冷たいけど、そんなつまらない話するなとは、なぜか言わないから、私の愚痴はますますエスカレートする。
思えば、いつもそうだ。
「なんでわざわざ公表なんかしたのかなぁ。何も知らない方が、ファンとしては幸せなのに」
私はまた湿っぽいため息を浮かべた。
そうだ。
そしたら、こんなふうに自分に幻滅することだってなかったのに。
「黙っていることに耐えられなくなったんじゃないの。恋人と一緒に暮らしてたんでしょ? そういうの、ファンを騙してる気になったんじゃない? 平気でそういうことできるような人じゃないだろうし」
「意外だね」
と、ほんの少し頭を傾ける。
目の端にでも、進藤の姿が入らないかと期待したけど、死角にいるのか、確認できない。
「彼を擁護するような意見が出るとは思わなかった。ていうか、彼のこと、そんなに詳しかったっけ?」
すると、売り場の奥の方から、咳払いが聴こえてきた。
「誰かさんがいつも、AKI、AKIってうるさいからね。一度、調べてみた」
「へぇ」
それから、たっぷりと間を置いた後で、
「……結構良いじゃん。歌も、人間性も」
なぜだろう。
胸が、じんわりと温かくなった。
進藤が褒めたのは彼のことなのに、まるで自分が認められたような気分になる。
「だからさ、好きでいればいいじゃない」
いつのまにか、進藤がつむじの先に立っていた。
「え?」
「もったいないじゃない。良いとこいっぱい覚えてきたのに。結婚しちゃったからって、好きになった歌も本人も何も変わらないんだから」
くいっと顎を突き上げると、若干クタクタになった青い制服と、根元だけが黒くなった茶色い髪に、フレームのないメガネをかけた、進藤の仏頂面が見えた。
「違う?」
その時、私の目には、そのいつも通りの無愛想な顔が、なんだかとても神々しく映って、思わずまばたきを忘れた。
すとん、とツキモノが落ちたような感覚がした。
進藤は、「後でちゃんとお金は払うから」と言い訳しつつ、売り場から拝借してきたらしい、透明な袋の封を開ける。
簡易救急医療セットだ。
絆創膏やら、綿棒やら、包帯やら、応急処置用の道具が入っている。
その中から、手のひらサイズにカットされた脱脂綿を取り出し、私の両目の上にかぶせた。
「とりあえず、今は泣きな」
そして、大きな手でもって、それをふんわりと上から押さえた。
「泣いて、泣いて、身体中の水分がなくなるまで思いきり泣いて、泣くことに飽きたなら」
「……飽きたなら?」
私は先をうながす。
進藤は、オーケストラの前に立ち、今まさに演奏を始める指揮者のように、大きく息を吸って、吐いた。
「その時に、もし、雛子がいいんであれば、一緒にAKIのライブに行こう」
私はまた涙を流した。
でも、それは、さっきまでのものとは、少しだけ温度が違っていた。
水分は全て、柔らかく、温かい、ほんのちょっと消毒臭いコットンに吸い込まれていった。
願わくは、どうか本当に、オーナーが、今日の防犯カメラの記録を観ることがありませんように。切に、思う。
(終わり)
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
基本的にはハッピーエンドのお話が好きです。
少し重かったり、やり切れないテーマであっても、
どこかちょっとだけおかしみがある。
そして、最後は前向きになれる。
そんな物語を描けたら良いなと思います。
それではまたお会いしましょう!