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「忖度、クソくらえ」和解金を4回断った”理解不能な変わり者”をロンドンで肯定してくれた人

    あい

    日本で17年勤めたメディアをメール一通で解雇され、突然無職になった“元”編集長。東京地裁で労働裁判の原告として自らの所在を法に委ねながら、ロンドンの東果てにある移民のための学校で「唯一の日本人生徒」として移民、難民のクラスメイトとともに英語を学ぶ日々を綴る。

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    ■スマホは段ボールへ。水とペンだけが許されるロンドンの試験会場

    私の通う東ロンドンの学校も7月上旬には年度末(End of Year)となり、その後はおよそ2か月の長い夏休みに突入する。もちろんその前には、一年の学習の成果を評価する重要な試験(Assessment/アセスメント)が行われる。

    6月中旬からの授業はこの試験対策が中心となる。模擬試験も行われ、合格点を上回った生徒は名前を呼ばれ、他の教室に移動し別の課題を与えられる。合格点に満たなかった生徒は教室に残り、担任のミス・ジェーンのもと、繰り返し模擬試験を受け続ける。
     
    初夏の暑さも手伝って、この時期、生徒たちは結構なプレッシャーで夜眠れないことも多いが、一番大変なのは担任であり、試験官でもあるミス・ジェーンだ。担任として生徒全員を合格させる義務を負いつつも、公平性を期すため、一切の不正行為を許すわけにはいかない。

    本番のアセスメントは学校の体育館で行われる。私たち生徒は、簡単には互いの視線が交わらないよう間隔をとって並べられた個別の机に各々座り試験を受ける。スマホやカバンなど、全ての持ち物は着席する前にミス・ジェーンの前に置かれた段ボール箱に入れる。

    試験時に所持が許可されるのは黒か青のペンと透明な水のペットボトルだけだ。試験中に生徒が不審な挙動を見せた場合、試験官はすぐさま確認に行く。試験時間は90分だが、完了した(と自分で判断した)者は90分を待たずに、退室することが許されている。この際にも、生徒同士が接触をしないかなど、試験官は常に目を光らせなければならない。

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    ■「思考の視野の広さ」を試される英国のテスト


    試験の内容もときに独特で、生徒たちはそれに対する答え方に慣れる必要がある。

    例えば、ある文章が提示され、それに対し、
    「この文章は何の目的で書かれているか(Purpose of text)?」
    という選択問題がある。

    この問題で与えられる選択肢は、大体このようなものだ。
    1 To inform(情報の提供)
    2 To advertise(広告)
    3 To instruct(使用方法)

    ぱっと見て「広告」であれ「使用方法」であれ、すべては「情報の提供」という大きな傘の中に含まれてしまう。

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    「情報の提供」は大前提だから、答えはもっと詳細なTo advertise(広告)、To instruct(使用方法)のいずれかだろうと考え、真っ先に1のTo inform(情報の提供)を脳内の選択肢から外す。

    しかし、正解はTo inform(情報の提供)だった。

    この「文章の目的を選びなさい」という問題はかなり出題頻度が高く、毎回私はここで躓いてしまっていた。そこでアセスメント本番が近づいてきたある晩、思い切ってミス・ジェーンにメールで質問をしたことがあった。夜にも関わらず、ミス・ジェーンはすぐに返信メールをくれた。

    「あいの言いたいことは、非常に分かります。ですが、このアセスメントではこれが正しい答えになります。ただ、こうやって疑問を持ち、問いかけ続けることはとても大切です。あなたの幸運を祈ります」

    後で知ったことだが、実は、英国のアセスメントが選択問題の回答に求める基準は、日本のそれとは異なっていた。そこには

    「部分的な正解は、全体を包む正解に負ける」

    というルールが存在する。

    枝葉の局所的な事実に惑わされるのではなく、文章全体が持つ大局的な目的を俯瞰(サマライズ)できているか。その「思考の視野の広さ」を試されるのだ。

    納得のいかなかった選択問題は、悪問などではなく、私たちがこれからここで生きていくための「物事の捉え方」を問う、文化の洗礼にも似ているということに気づかされた。

    ■「和解金」より欲しかったもの。数字に呪縛された私が、ロンドンの教室で出会った恩人

    ミス・ジェーンは、間違いなくこの国における私の恩人であり、メンター(Mentor)だ。
     
    年齢は50代後半から60代頃だろうか。すらりとした細身の長身に、金髪のセミロングヘアを後ろできゅっと結び、眼鏡を頭にかけている。いつ見ても、背筋がピンと伸びている美しい女性だ。
     
    毎朝、自宅から自転車を30分以上漕いで学校へやってくる。

    「環境に優しいし、何より交通費もかからない」

    と笑う彼女は、自然を愛し、環境問題に深い造詣を持っている。
     
    「何十年も、新品の服は買ったことがありません」

    彼女が身にまとう衣服は、すべてセカンドハンド(Second-hand)のリサイクルショップで購入されたものだ。流行を大量消費するファストファッションの在り方には懐疑的だ。

    学校のマネージャーであるミス・ミシェルは、ミス・ジェーンについて
    「他のどの教師よりも、入念に授業の準備へ時間を費やしている」
    と評している。その言葉通り、ミス・ジェーンの授業は後から気付くと、驚くほど緻密に作り込まれていることが分かる。

    彼女はいつも、誰よりも先に教室に入って完璧な準備を整え、私たちを迎え入れる。そして授業の冒頭で「今日やるべきこと」のすべてを明示すると、そこから3時間、一切の休憩なしにぶっ通しの授業を始めるのだ。

    彼女の声は、高すぎるわけでも、聞き取りにくい囁き声でもない。少しだけ高めのトーンの穏やかで心地よい響きを持っている。世界中から集まった様々な民族の、独特の声のトーンや訛りが飛び交う教室内であっても、彼女の声はいつも輪郭がくっきりと際立ち、驚くほどよく通る。

    授業が終わり、生徒が全員下校した後も、彼女は教室に一人残り、その日の振り返りと、明日のための準備を黙々と続けている。

    このミス・ジェーンのクラスで、私は日本では習わなかった英語の文法や表現をたくさん学んだが、ある日の授業で彼女が自分自身について語った言葉が胸に刺さった。

    「私は決して、裕福(Wealthy)ではありません。でもね、素晴らしい息子がいて、健康な体があって、こうして仕事がある。私は本当に幸せだわ」
     
    ミス・ジェーンが本当に裕福かそうでないかは、私が知り得るところではないが、目の前にいる彼女が、豊潤な人生を送っていることに間違いはないと思った。
     
    『人はパンのみにて生くるにあらず』――。
     
    瞬間、脳裏にこのひと言が蘇った。

    これは、私が会社を解雇される前、まだネットメディアの編集長として、同時に商業的な売り上げに責任を持つ者として、ウェブ広告ビジネスの在り方に強い葛藤を抱えていた長い年月、頭の中で反芻していた言葉だった。

    クリック数を稼ぐためにエスカレートしていく過激な広告が、本来読んでほしい記事の前に何層にも重なり、読者の読書体験をこれでもかと邪魔していた。
     

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    当然、読者に強い嫌悪感を植え付けるものであり、「良質な記事をじっくりと最後まで読んで(読了して)ほしい」という、編集者としての願いとは逆行するものだった。
     
    売り上げという目に見える「パン」を追いかければ追いかけるほど、読者を裏切り、メディアとしての品格が削られていく。

    毎日の数字やPVという呪縛に囚われていたメディアの現場で、私はいつも、目先の数字には換算できない「パン」を探していた。
     
    そして現在。労働裁判の原告として、司法の場で闘い続ける現状において、この言葉はより一層強く私の心の中に在る。

    実際のところ、これまでの約2年間の裁判の中で、4回ほど「和解金」に関する具体的な提案があった。しかし、私はそれらすべてを断っている。

    お金(パン)よりも大切なものがあるからだ。
     
    ■「新品の服を買わない」英国人教師から学んだ「生き方の品格」

    移民にとって、英国の学校で、英国のルールで学ぶことは容易ではない。しかし、最初は難解に思えた内容も、ミス・ジェーンの授業を受け続けることによってしっかりと理解でき、最終的には自分の身になっている。

    彼女のクラスは少ないときでも20人、多いときには30人を超える生徒で常に満員状態だった。他のクラスや系列の学校からも「ミス・ジェーンのクラス」への転入を希望し、順番待ちリストに名前を書く生徒がいるほどだ。
     
    受け持つクラスの生徒全員が移民で、出身国も、話す言語の癖もバラバラ。しかしミス・ジェーンは、たった一回の授業で、全員の名前を正しい発音とともに完璧に記憶する。決して、間違うことはない。
     
    広いとは言えない教室では、年間を通じて生徒たちが密に接する。特に冬になると、風邪やインフルエンザに罹患する生徒も次々と出てくる。しかし、ミス・ジェーンが体調を崩して休講になったり、授業を途中で切り上げたりしたことは、私が知る限り一度もない。

    私が大好きなミス・ジェーンの癖がある。指先で生徒のノートや解答用紙をチェックしながら「ポンポポンポポーン」とひとり言のように口ずさむのだ。生徒からの質問や発言が四方八方から飛び交う教室の中で、丁寧に指先でなぞりながら、20人分の宿題や解答をわずか10分足らずで完璧に確認し、修正点や改善点があれば伝える。

    普通なら、少し苛立って「今宿題をチェックしているからあとにして」と言ってもいいような場面でも、代わりにミス・ジェーンはこの「ポンポポンポポーン」を口ずさむ。
      
    彼女は、凛として厳格に、時にはユーモアを交えながら、感情の起伏に支配されず、常に『凪』の精神状態を自らつくり出せる人だ、と思う。

    何より生徒全員に対して「徹底的に平等」に接する。誰か一人をえこひいきしてお気に入りにすることもなければ、逆に、誰かを嫌ったり、見放して諦めたりすることもしない。ミス・ジェーンの目的は移民生徒全員を自立させ、この国に貢献できる人間に育てることだ。そこに一切のブレはなく、私情が挟まれることもない。

    率直に言うと、日本社会で長い間見て来た「社内政治」や「忖度」というものに対して
    「クソくらえ」
    と思っていた私にとって、ミス・ジェーンの姿勢は救いであり、胸がすく思いだった。

    最初から彼女のクラスに割り振られた私は、今思えば本当に幸運だったのだと思う。英語だけではない「生き方の品格」を、私は学ばせてもらっている。
     
    自分の職業や置かれた環境を愛し、誇りに思うこと。目先の欲に駆られ、その本分を見失わないこと。自分の身体や心の状態を、自らの意志で律すること。
     
    東ロンドンの小さな教室で、この英国婦人の佇まいを見つめながら、私は日本で続いている自分の闘い(裁判)をよく思い返す。

    「え?あの裁判、まだ続いてるの?」
    「和解金をもらって早く終わらせた方があいさんのためですよ」
    「なぜ和解金をもらわないの? 理解できないわ…」

    この2年の間に言われた言葉だ。それを聞いて、人から見た私は「理解不能な変わり者」なのかと思うことがあった。だが、今は「頑固な、ちょっとした変わり者」くらいに思っている。

    ここに至るなかで、英国での生活、そしてミス・ジェーンとの出会いは私にとって大きな意味を持つ。「新品の服を絶対に買わない」彼女の生き方が静かに、しかしこれ以上なく力強く、私を肯定してくれているような気がするのだ。


    今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

    皆さんの周りにも、「生き方の指針」を教えてくれた恩人や、忘れられない言葉はありますか?

    効率や数字が優先される世の中で、皆さんが大切にしている「パン以外のもの」について、もしよろしければコメント欄で教えていただけたら嬉しいです。

    執筆の励みになりますので、共感いただけたら「スキ」もぜひお願いします。

    あい

     
     
     

    あい

     
     
    元ネットニュース編集長。ロンドン在住。​一人で書き始め17年守り続けたメディアをメール一通で解雇される。 地位確認請求(労働裁判)で原告として係争中。 無償の語学学校でウクライナ難民やムスリムの女性たちと机を並べる。​

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