
英国で"異物"となった日本の元編集者|ロンドンで知った「心地よい優しさと距離感」
日本で長年勤めたメディアをメール一通で解雇され、突然無職になった“元”編集長。東京地裁で労働裁判の原告として自らの所在を法に委ねながら、ロンドンの東果てにある移民のための学校で唯一の日本人生徒として移民、難民のクラスメイトとともに英語を学ぶ日々を綴る。
■”異物”に無関心な人々
授業二日目になると、少しだけだが周りが見えてきた。クラスメイトの人数は20名ほど。半分以上がヒジャブを被った女性だ。それ以外には白人とアフリカ系ヨーロピアンの生徒がいた。当時の私にはムスリムとヨーロピアンの識別しかできなかったが、後にウクライナ、ロシア、モルドバなどの旧ソビエト圏からの移民もしくは戦争難民も多いことを知った。最初、私の意識はムスリムのクラスメイトに集中していた。東ロンドンに住んでいれば日常茶飯事に見かける姿であったが、同じ机を囲む生徒が自分以外全員ヒジャブを被っている状況に現実感がなかった。私に視線を向ける人もいない。明らかに“異物”が入り込んだにも関わらず、彼女たちは完全に私に無関心に見えた。ただ一人、バングラディッシュ人のシャミン (Sharmin)だけがニコニコしながら私に話しかけてきた。
「それは日本のノート?見せて」
と聞かれたので、どうぞ、と日本から持ってきたコクヨの水色のノートを差し出した。そこにミス・ジェーンが宿題チェックに回ってきた。このLearning Centreに通い続けるためには、いくつかの条件が厳しく定められている。出席率は90%以上、宿題は絶対に忘れてはならない、授業中は英語のみ(出身国が同じもの同士、母国語で話してはならない)、AIは使用しない等がある。特に出席率と宿題は重要だ。これを破ると容赦なくクラスからremove(除籍)される。ミス・ジェーンに宿題チェックをされたシャミンは、全く悪びれる様子もなく、私のノートを先生に差し出した。私は目玉が飛び出るほど驚いたが、即座にミス・ジェーンが「それはあいのノートでしょう?あなたのノートは?」とシャミンに冷静に問い返した。
「宿題をしない学習者の席はここにはありませんよ」
と言うと、ミス・ジェーンがコクヨのノートをシャミンの手元から私に返してくれた。
■”よく見る”人ほど、本当に困った人を”見ないフリ”をする
きっと場は凍り付くだろうな、誰かが迷惑そうな顔をするかも、シャミンの立場が悪くなってしまうかな、というか私に逆切れされたらどうしよう…。気まずくてずっと下を向いていたが、そっと顔を上げると誰も何の反応も示していない。興味関心を示さない。そのまま何事もなかったように授業は進んでいった。さすがに当のシャミンは「やっちゃったな」という表情を見せてはいたが、シリアスではなく笑顔である。なんだろう、この空回り感は?
その後、この学校で学ぶにつれ、彼女たちの無関心が単なる冷たさではない、ということに気付いた。みんな自分のことに一生懸命なのだ。ここでは他人のミスや醜聞に耳を傾ける暇などない。普段、集中するのは自分のみ。他人を褒めることも悪く言うことも特段しない。そもそも「誰かのウワサ話」というもの自体が存在しない。しかし、目の前の誰かが本当に困ったとき、彼ら彼女らは当たり前のように手を差し伸べる。その後はまた無関心に戻る。私はこのことを
「温かで心地よい無関心」
と心の中で呼んでいる。
ちなみにシャミンの名誉(?)のために書くが、2024年12月のEnd of term(期末)のパーティ&授業の中で行われたゲームで彼女と私はタッグを組み、優勝(参加総数3組中)している。その際、クラスメイトから我々の手法に対し「cheat(ズル)!!cheat!!」との声が上がったが、ミス・ジェーンは見逃してくれた。
今でも、シャミンと私は授業中に特に理由もなくお互いの目を見て「にやり」と笑い合う。
「どうよ?今日の調子は?」「悪くないよ。いつも通り」
私は、そんなセリフを勝手に想像のなかの私たちに載せて学生生活を楽しんでいる。相変わらず宿題は忘れがちだが、シャミンの出席率はほぼ100%で、ミス・ジェーンもどこか彼女との宿題論争を楽しんでいるように見える。シャミンはこの国で私が出会ったなかで、間違いなくナンバーワンの愛され屋さんである。

自由も平和もまずはこの5つのルールから。
言葉も神様もバラバラな私たちがこの国で生きていくための「共通の約束事」。
▼次のエピソード(第3作)へ続く