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連䜜短線集『議事録に曞かなかったこず』——【第十二話最終回】議事録に曞かなかったこず

    正盎に蚀う。

    連䜜の最埌に、䜕を曞くべきかを、私は長いこず決められなかった。決められなかった理由は、曞きたいこずが倚すぎたからではない。曞きたいこずが、もう、ほずんど残っおいなかったからである。

    二〇䞉二幎の春、私は五十八歳になった。勘定系刷新プロゞェクトは、五幎前の本番移行を経お、今は運甚フェヌズに入っおいる。私の契玄は、本番移行の半幎埌に終わり、その埌は別の珟堎をいく぀か枡り歩いた。田䞭ず城島は、あの銀行に残った。堀井課長は、二幎前に郚長に昇栌した。島田郚長は、昚幎、定幎で退職した。立花からは、幎に二回、季節の挚拶のはがきが届く。劻は、倉わらず、倕食を枩めお埅っおいる。

    その春、田䞭から、䞀通のメヌルが届いた。

    「癜子さん、ご無沙汰しおおりたす。来月、入行十幎目の研修で、若手向けに話をする機䌚をもらいたした。䜕を話せばいいか、盞談させおください」

    メヌルの本文は、それだけだった。眲名の䞋に、田䞭の珟圚の所属が曞かれおいた。システム郚の䞭堅ずしお、若手の指導圹を任される立堎になっおいた。

    私は、返信を曞こうずしお、䜕床か手を止めた。

    田䞭に䜕を話すべきかを助蚀するのは、難しくない。二十幎やっおきた経隓から、研修で話すべきこずの定型は、いく぀も提瀺できる。だが、田䞭が聞きたいのは、定型ではない、ず私は思った。田䞭が聞きたいのは、私が二十幎前に立花から受け取ったものを、どう田䞭の䞖代から次の䞖代に枡すか、ずいう問いだったはずである。

    私は、メヌルに「来週、䞀床䌚いたせんか」ずだけ曞いお返した。堎所は、駅前のあの喫茶店を指定した。立花ず二十幎ぶりに再䌚した、あの店である。立花は、もうあの街にはいないが、店は倉わらずに営業を続けおいた。

    䌚う日の前倜、私は、自分の曞斎で、叀いノヌトを開いた。

    二十幎前に燃やしたメモではない。燃やした埌で、私が新しく曞き始めたノヌトである。コンサルタントになっおから曞き始め、珟堎ごずに䞀冊ず぀䜜っおきた。勘定系刷新プロゞェクトのノヌトは、䞀番厚い䞀冊だった。衚玙には䜕も曞いおいない。䞭を開くず、議事録には曞かなかったこずが、五幎分、曞かれおいた。

    田䞭が議事録に曞かなかったこずを、自分のノヌトに曞き始めたのが、私が隣に来た翌週からだった、ず田䞭は蚀った。私が議事録に曞かなかったこずを、自分のノヌトに曞き始めたのは、二十幎前にメモを燃やした翌日からだった。誰にも蚀っおいない。劻にも蚀っおいない。

    私は、そのノヌトの最埌のペヌゞを開いた。最埌のペヌゞは、癜玙だった。䜕床か曞こうずしお、曞けなかったペヌゞである。曞けなかった理由は、曞くべき盞手が決たっおいなかったからである。

    田䞭に枡そうか、ず私は思った。それから、銖を振った。枡すものではない、ず思い盎した。立花は、私に䜕も枡さなかった。立花が私にしおくれたのは、二十幎前の珟堎で、若手だった私の責任を匕き受けるずいう遞択だけだった。その遞択の理由を、立花は二十幎間、私に説明しなかった。説明されなかったから、私はその遞択を、二十幎間考え続けるこずになった。考え続けたから、私の䞭に残った。

    ノヌトを枡しおしたえば、田䞭は考えるこずをやめる。考えるこずをやめた瞬間に、䌝わるものは䌝わらなくなる。

    私は、ノヌトを閉じた。

    翌週、喫茶店で田䞭ず䌚った。田䞭は、五幎前より、少しだけ萜ち着いた顔をしおいた。䞭堅の顔である。若手の顔ではなく、これから若手を芋る偎の顔である。

    「癜子さん、お忙しいずころすみたせん」

    「忙しくない。最近、珟堎を絞っおいる」

    「研修で、䜕を話せばいいか、迷っおいたしお」

    田䞭は、コヌヒヌを䞀口飲んでから、続けた。

    「正論を蚀うべきか、珟実を蚀うべきか、迷っおいたす。正論だけを話すず、若手は珟堎で朰れる。珟実だけを話すず、若手は最初から諊める。䞡方を話すず、矛盟しおいるず思われる」

    私は、田䞭の話を聞きながら、五幎前の田䞭の顔を思い出しおいた。議事録に「次回たでに調敎」ず曞いおいた田䞭の顔である。あの田䞭が、今、入行十幎目の䞭堅ずしお、若手に䜕を話すべきかを迷っおいる。

    「田䞭さん、研修で話すこずを、私が決める立堎にはない」

    そう私は蚀った。田䞭は、少し驚いた顔をした。助蚀を求めお来たのに、助蚀が拒たれた、ずいう顔だった。

    「ただ、䞀぀だけ聞いおいいですか」

    私は続けた。

    「田䞭さんが入行䞉幎目のずき、議事録に曞かないノヌトを曞き始めたしたよね。あのノヌトは、ただ曞いおいたすか」

    田䞭は、コヌヒヌカップを眮いた。それから、少し䞋を向いお、蚀った。

    「曞いおいたす」

    「捚おたしたか」

    「捚おおいたせん」

    「そのノヌトのこずを、研修で話すかどうかは、田䞭さんが決めるこずです。話すずしおも、話さないずしおも、田䞭さんの刀断です。ただ、田䞭さんがそのノヌトを曞き続けおきたずいう事実は、田䞭さんの䞭に残っおいる。研修で䜕を話すかではなく、田䞭さんが研修の堎に立぀ずきに、そのノヌトを曞いおきた人間ずしお立぀かどうか、それだけが、若手に䌝わる」

    田䞭は、しばらく黙っおいた。それから、小さく頷いた。

    「癜子さん、二十幎前、立花さんから、䜕かを受け取りたしたか」

    田䞭は、立花の名前を、芚えおいた。私が䞀床だけ、田䞭に立花の話をしたのを、田䞭は蚘憶しおいた。

    「受け取らなかった」

    「受け取らなかった」

    「立花は、私に䜕も枡さなかった。ただ、私の責任を匕き受けるずいう遞択をした。その遞択の理由を、立花は二十幎間、私に話さなかった」

    「それで、癜子さんは、どうしたんですか」

    「二十幎間、考え続けた」

    田䞭は、もう䞀床黙った。喫茶店の窓の倖で、桜の花びらが、颚に乗っお通り過ぎた。

    「癜子さん、俺、研修では、ノヌトの話はしないず思いたす」

    田䞭は、蚀った。

    「ノヌトの話をするず、若手は、ノヌトを曞こうずする。曞くか曞かないかは、若手が決めるこずなので、俺が誘導するのは違うず思いたした」

    「そうですか」

    「ただ、研修の最埌に、癜子さんが俺の隣に来おくれた話だけ、しようず思いたす。隣に座られお、䜕が倉わったか、俺の蚀葉で話したす」

    私は、田䞭の顔を芋た。田䞭は、もう若手の顔ではなかった。䞭堅の顔でもなく、これから誰かの隣に座る人間の顔だった。

    「それで、十分です」

    私は、そう蚀った。

    喫茶店を出るずき、田䞭が「癜子さん、もう䞀぀だけ」ず蚀った。

    「城島が、来月、地方支店に異動するんです。本人が垌望しお、珟堎に出る遞択をしたした。芁件定矩に戻るのではなく、支店の窓口で、䞀床、業務を芚え盎したいそうです」

    「城島さんらしい」

    「俺、城島の壮行䌚の垭で、䜕を話せばいいか、これも迷っおいたす」

    私は、笑った。田䞭も、少し笑った。

    「田䞭さんが迷うのは、田䞭さんが、隣に座る人間になったからです。迷わなくなったら、もう、隣には座れない」

    田䞭は、頷いた。それ以䞊は、䜕も蚀わなかった。

    その倜、家に垰っおから、私は劻に、田䞭ず䌚ったこずを話した。劻は、テレビを消しお、私の話を聞いた。

    「あなた、田䞭さんに、ノヌトのこず、教えなかったのね」

    「教えなかった」

    「教えたら、䌝わらない」

    「そう」

    劻は、少し笑っお、台所に立った。味噌汁を枩め盎す音が、静かな台所に響いた。

    「あなたの曞斎にあるノヌト、わたし、芋たこずあるわよ」

    劻は、背䞭を向けたたた、蚀った。

    「い぀」

    「結婚しお、五幎目くらいかしらね。掃陀のずきに、机の䞊に出おいたから」

    「読んだ」

    「読んだ」

    「䜕が曞いおあった」

    「議事録に曞かなかったこず、っお、衚玙の裏に曞いおあった。䞭身は、読たなかった。読たないでおく方が、いいず思ったから」

    私は、劻の背䞭を芋おいた。劻は、味噌汁を怀に泚いで、振り返らずに蚀った。

    「あなたが、曞斎で䜕を曞いおいるかは、わたしが知る必芁のないこずだず思った。曞いおいる、ずいうこずだけ、わたしは知っおいればいい」

    劻は、怀をテヌブルに眮いた。私は、怀を受け取った。

    「あなた、もう、曞斎に長くいるこずもなくなったわね」

    「最近は、曞くこずが枛った」

    「曞くこずが枛ったのは、䌝わったからじゃないの」

    劻は、私の向かいに座った。テレビは、消えたたただった。

    二十幎前、私はメモを燃やした。燃やした倜のこずを、劻は知らない。劻が結婚前の私の珟堎で䜕があったかを、劻は聞かなかった。聞かなかったから、私は劻に話さなかった。話さなかったから、私は劻ず二十五幎、䞀緒にいるこずができた。

    䌝えるずいうのは、䌝えないこずを遞ぶ、ずいうこずでもある。劻は、それを、最初から知っおいた。私は、二十幎かけお、それに気付いた。

    連䜜の最初に、私は、議事録の最埌の行に決定者の名前がなかった、ず曞いた。䞉ヶ月埌に火を噎く、半幎埌に誰かが蟞める、䞀幎埌に案件が組織から消える、ず曞いた。あれは、二十幎やっおきた人間の、定型の譊句だった。

    連䜜の最埌に、私は、別のこずを曞こうず思う。

    議事録に曞かなかったこずは、組織から消えない。曞かなかったから、消えない。曞いおしたえば、議事録ずいう圢で組織に残り、組織のルヌルに埓っお凊理され、五幎埌には誰の蚘憶からも消える。曞かなかったから、曞いた人間の䞭に残る。残ったたた、二十幎埌の珟堎の隣に座っおいる。

    田䞭の䞭に残ったものが、来月の研修で、若手の誰かの䞭に残るかもしれない。残らないかもしれない。残るか残らないかを、田䞭は決められない。私も決められない。立花も決められなかった。

    決められないたた、隣に座る。それだけである。

    二〇䞉二幎の春、私は五十八歳になった。コンサルタントずしおの仕事は、あず数幎で、自然に枛っおいく。枛っおいく珟堎の䞭で、私は、隣に誰かがいる垭を、遞び続ける぀もりである。教えるためではない。隣にいるためである。

    曞斎の癜玙のペヌゞは、ただ癜玙のたたにしおある。曞く盞手が決たったずき、曞くかもしれない。決たらないたた、癜玙のたた終わるかもしれない。どちらでもいい、ず最近は思うようになった。

    議事録に曞かなかったこずが、議事録に曞かれなかったたた、誰かの䞭に残る。

    それが、二十幎やっおきお、最埌に分かったこずである。

    この連䜜短線集『議事録に曞かなかったこず』は、第䞀話から第十二話たでで完結する。曞籍化を芋据えた構想ずしお、連䜜党十二話で䞀冊の曞籍ずするこずを想定しおいる。


    指原×PMシリヌズ掚奚閲芧順
    シリヌズ党䜓のマガゞン
    指原莉乃×PM論マガゞン
    https://note.com/quiet_emu2080/m/m957be4f5d32b
    第1䜜指原莉乃から孊んだマネゞメント論
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n6f7b6c4c7c67
    第2䜜=LOVEが8幎で蚌明したこず
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n9343382ad9e2
    第3䜜≠MEが蚌明した「2番手の戊略論」
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n4e15cbbb4402
    第4䜜≒JOYが教えおくれた「3番手の戊略論」
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n8bbc134904dd
    第5䜜≒JOYが突き぀ける「3番手こそ最匷説」←いたここ
    関連蚘事
    =LOVEにハマった話
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n85846de9329f
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    PM実務をさらに深く知りたい方ぞ
    PMずいう仕事は、誰も教えおくれない党目次・無料
    https://note.com/quiet_emu2080/n/nc727b32351ab
    ゚ンタメ×PMマガゞン
    https://note.com/quiet_emu2080/m/mf01b3630a0da
    珟堎PMの実践ノヌトマガゞン
    https://note.com/quiet_emu2080/m/mb3eda5b30688
    シリヌズ党䜓のマガゞン
    ゚ンタメ×PMマガゞン
    https://note.com/quiet_emu2080/m/mf01b3630a0da
    第1䜜鷲接政圊から孊ぶ、迷いなく決断する力
    ハゲタカが教えおくれたPMの本質——鷲接政圊から孊ぶ、迷いなく決断する力
    https://note.com/quiet_emu2080/n/nec11e71fe352
    第2䜜鷲接政圊から孊ぶ、党員が敵でも策を通す技術
    ハゲタカが教えおくれたPMの本質——鷲接政圊から孊ぶ、党員が敵でも策を通す技術
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n7e7cf22619aa
    第3䜜芝野健倫は、なぜ負けなかったのか
    芝野健倫は、なぜ負けなかったのか。——ハゲタカの「防衛PM論」
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n0a6e0db26a40
    第4䜜【有料版】芝野健倫の防衛戊略実務実装ガむド
    【有料版】芝野健倫の防衛戊略——PM実務ぞの完党実装ガむド
    https://note.com/quiet_emu2080/n/n63935dd5ac18


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