
自由に動ける人は、自分に自分でルールを課せる人だと思っている
「もっと自由に動きたい」
「裁量を持って仕事がしたい」
こういう言葉をよく聞く。
でも、これまでいろんな人を見てきて思うのは、
自由に動ける人は、そもそもかなり少ない ということだ。
自由に動けるかどうかは、
スキルや経験以前に、もっと根本的なところで決まっている。
自由=好き勝手ではない
自由に動く、というと
指示されない
細かく管理されない
好きなやり方で進められる
みたいなイメージを持つ人も多い。
でも実際は、自由とは真逆の性質を持っている。
自由に動ける人は、
自分で判断する
自分で優先度を決める
自分で責任を引き取る
ということを、誰に言われなくてもやっている。
つまり、
自由とは「縛られないこと」ではなく
「自分で自分を縛れること」 に近い。
自分にルールを課せない人は、自由になると壊れる
チームを見ていると分かる。
ルールがあるうちは問題ない
手順が決まっている間は動ける
でも、
判断を任せる
裁量を渡す
細かい指示をやめる
こうした瞬間に、急に止まる人がいる。
何をしていいか分からない
どこまでやっていいか分からない
責任を取っていいのか分からない
結果として、
何もしない
判断を先送りする
それっぽいことだけやる
こういう状態になる。
これは能力の問題というより、
自分で自分を統率する力がない という問題だと思っている。
青島刑事
「踊る大捜査線」にこんなセリフがある。
和久さんが青島刑事について、
「青島っていうのは、どうもなぁ…自分だけの法律っていうのがあるらしいんだ。心の法律みたいな…上の者が作った法律は破るんだけど、自分の心にある法律は絶対に破れねぇらしんだ…そういう奴なんだよ…あいつは」
この言葉は、今でもかなり本質を突いていると思っている。
青島は自由に動いているように見える。
上司の言うことを聞かないし、現場判断で勝手に突っ走る。命令を無視し、勝手に動くこともある。
それだけを見ると、無責任に見えるかもしれない。
でも実際は逆だ。
彼は「外から与えられたルール」よりも、
自分の中にある、絶対に破れないルールを優先している。
それは、
・ここまでは引き取る
・ここから先は逃げない
・この結果は自分が背負う
という、自分自身との約束だ。
だから、命令は破っても、
「自分が引き受けると決めた責任」だけは破らない。
だから周囲も、最終的には任せることができる。
自由に動ける人というのは、
この青島タイプに近い。
外から与えられたルールがなくても、
自分の中に絶対に破らない基準がある。
だから自由にしても壊れない。
自由に動ける人の共通点
一方で、自由に動ける人には共通点がある。
誰にも見られていなくても手を抜かない
判断を他人に丸投げしない
失敗したら言い訳より先に修正を考える
自分の中に「ここまではやる」という基準がある
つまり、
他人のルールがなくても
自分のルールがある
この状態。
だから、細かく管理しなくても破綻しない。
なぜ全員を自由にしないのか
「自由に動ける人が増えたほうがいいのでは?」
と思うかもしれない。
でも、自由は全員に配れるものではない。
なぜなら、
自由には責任が伴う
自由はチームを壊す力も持っている
からだ。
自分を律せない人に自由を与えると、
判断が遅れる
重要なことが抜ける
他人にしわ寄せがいく
結果として、
チーム全体のパフォーマンスが下がる。
だから、チームとしては
多くは役割を守る
一部だけが自由に動く
この構造のほうが強い。
自由は「ご褒美」ではない
自由に動けることは、評価でも特権でもない。
それは単に、
自分を自分で管理できる人にしか与えられない役割
だと思っている。
自由を求める前に、
自分は自分を律せているか
誰にも言われなくてもやるべきことをやっているか
判断と責任を引き取る覚悟があるか
ここを自分に問い続ける必要がある。
まとめ
自由に動ける人は、
何でも好き勝手にやる人ではない
いちばん厳しいルールを自分に課している人
だと思っている。
だからこそ、
自由に動ける人は少ない
安易に自由を与えるべきではない
そして、本当に自由に動ける人は、放っておいても勝手にやる
自由とは外から与えられるものではなく、
内側に持っているもの なのだと思う。