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「言われたことをやる人」と「仕事を任される人」の違い

    仕事をしていると、「タスクを割り振られて仕事をする」場面と、「プロジェクトやプロダクトを任される」場面がある。
    この二つは似ているようで、実はまったく別物だと思っている。

    違いは何かというと、責任を引き受けているかどうかだ。

    タスクをこなす人、仕事を任される人

    タスクをこなすというのは、基本的には「言われたことをやる」ことだ。
    仕様書に書いてある通りに実装する、指示された資料を作る、頼まれた修正を期限までに終わらせる。

    これはこれで必要な仕事だし、否定されるものではない。
    ただし、この立場はあくまで作業員に近い。

    一方で、プロジェクトやプロダクトを任されるというのは、「成果に対して責任を持つ」ということだ。
    もっと近い表現を使うなら、オーナー、あるいは当事者だと思う。

    責任を引き受ける人の仕事とは何か

    責任を引き受ける人の仕事は、「言われたことをやる」ことでは終わらない。

    • こうしたほうが良いのではないか?

    • この進め方はリスクが高くないか?

    • このままだと成果が出ないのではないか?

    こうしたことを常に考え、自分から動く。

    プロジェクトやプロダクトを任されているということは、それをより良くする責任を負っているということだ。
    だから極端な話、「言われたタスクは全部やりました」が、プロジェクトとして失敗していたら、責任を果たしたことにはならない。

    具体例で考えてみる

    例えば、ある機能開発のプロジェクトを任されているとする。

    • 自分の実装タスクは予定通り終わった

    • しかし別の担当者が詰まっていて、全体の進捗が遅れている

    • このままだとリリースに間に合わない

    このとき、

    「自分のタスクは終わっているので、あとは知りません」
    「それは自分の担当外です」

    という態度は、完全に作業員の動きだ。

    一方、責任を引き受けている人なら、

    • なぜ詰まっているのかを把握する

    • 手伝えるところがあればフォローする

    • 優先順位を見直して提案する

    • 場合によっては計画自体の修正を提案する

    こうした動きをするはずだ。

    「言われたこと」に逆らう勇気

    責任を引き受ける立場になると、時には「言われたこと」に対して異を唱える必要も出てくる。

    • 今それをやるべきではない

    • 先にこちらをやらないと手戻りが出る

    • その判断はリスクが高い

    正直、これはめんどくさい。
    空気が悪くなることもあるし、反論されることもある。

    でも、それを言わずに黙って従い、結果としてプロジェクトがうまくいかなかったら、それは「責任を引き受けていない」のと同じだと思っている。

    踊る大捜査線の青島刑事の話

    ここで思い出すのが、「踊る大捜査線」の青島刑事だ。

    青島は、上司の命令を無視したり、現場判断で勝手に動いたりする。
    表面だけを見ると、無責任に見えるかもしれない。

    でも実際は逆だ。
    彼は「外から与えられたルール」よりも、自分の中で決めた絶対に破れない基準を優先している。

    • ここまでは自分が引き受ける

    • ここから先は逃げない

    • この結果は自分が背負う

    命令は破っても、
    「自分が引き受けると決めた責任」だけは破らない。

    だから周囲も、最終的には任せることができる。

    自由に動ける人というのは、このタイプだと思う。
    好き勝手にやっているのではなく、自分の中に責任の線を引いているからこそ、自由に動ける。

    責任を負うのは、役職者だけなのか?

    ここで、「責任を負うのは役職者だけでは?」と思う人もいるかもしれない。
    もちろん、会社やチームの方針、社風によって考え方は違う。

    ただ、少なくとも自分は、責任を負うのは役職者だけではないと思っている。

    確かに、最終的な責任の重さは役職者のほうが大きい。
    それは間違いない。

    でも、だからといって、メンバーは責任を負わなくていい、という話にはならないはずだ。

    責任は、誰か一人で背負うものではない

    責任というと、「誰か一人が背負うもの」だと思われがちだが、実際はそうではない。

    むしろ、チームで負っていいし、負うべきものだと思っている。

    スポーツを例にすると分かりやすい。
    勝敗の責任を負っているのは監督だけではない。
    もちろん監督の責任は一番重いかもしれないが、選手一人ひとりも「勝利への責任」を負ってプレーしているはずだ。

    「負けたのは監督のせいだから、自分は関係ない」
    そんな姿勢の選手がいたら、チームとして成立しない。

    仕事も同じだと思う。

    権限がない仕事も確かにある

    もちろん、すべての仕事で責任を引き受けられるわけではない。
    権限も裁量もなく、ただ作業をするしかない状況もある。

    それは仕方がない。

    ただし、仕事を任されている立場なのに、作業員としての動きしかしない人は別だ。
    いくらタスクをこなしても、いくら手を動かしても、評価されにくいのは当然だと思う。

    評価されるのは、「どれだけタスクを消化したか」ではなく、
    その仕事に対して責任を引き受けていたかどうかだからだ。

    タスクの量ではなく姿勢が評価される

    タスクをたくさんこなすことと、責任を引き受けることは、まったく別の能力だ。

    前者は努力量の話で、後者は姿勢やスタンスの話に近い。
    そして、プロジェクトやプロダクトを任されるようになる人は、例外なく後者をやっている。

    仕事で一段上に行きたいなら、

    「これは自分のタスクか?」
    ではなく、
    「この成果に対して、自分は責任を引き受けているか?」

    そう考えるようになったほうがいい。
    たぶん、そこが分かれ目になる。

     
     
    自分の世界で生きると、“生きる意味”はいらなくなる。

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