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片思いの構造式 W(t)=φ(t)・M(t)・[β1|E(t)|+β2|dE(t)dt|] ~兆周理器の人々01~

    理系人間は、苦悩すると、まずAIに訊く。
    次に酒を飲む。
    そして最後に、ログを取り始める。
    胸に秘めた のっぴきならない 他人には謂えぬ悩み!

    第1章 序論


    じゃ、あなたは幸せになることが お出来になるんですのね?

    ドストエフスキー・木村浩訳『白痴』新潮文庫より

    1.1 概要

    1.1.1 本稿は、情動の揺れに関する、私の観察記録および構造的考察を、外部記憶として整理・記述するものである。

    1.1.2 私が試みたことは、次の二つである。
    ① 揺れを「理解し 観察し 位置づけ直すことができる現象」と捉え、其の構造を明らかにすること
    ② ①を踏まえ、叶わぬ片思いを手放し、好意を「穏やかな持続的関係」へ再構築する、そのための実践的糸口を見出すこと

    1.2 背景

    1.2.1 既婚同僚への片思いは、情動の揺れが極大化する のっぴきならない情況の一つである。

    星くんが、頭を掻きながらぽつりぽつりと語る、職場でのちょっとした出来事や事件。私はそれを聞くのが好きだ。
    あなたが、困った顔で語れば語るほど、わたしは愉快で穏やかな気持ちになる。

    ちょうど一年前のことだ。
    立ち寄った公民館で、偶々(たまたま)催していた展示会を眺めていたら、声を掛けられた。

    星くんだった。

    趣味の絵を出展しているんです、とすこし照れながら頭を掻いた。
    星くんも左利きだと、その時知った。
    「同じだね~」と笑った。

    それから 職場でも少し喋るようになった。
    モノクロだったわたしの世界が、息づいた。

    ある日、思い切ってLINEを交換したいと言ってみた。
    星くんは、特に訝しむこともなく「勿論いいですよ」と笑窪を見せた。
    腕越しの画面に、沢山の友だち登録が見えて——
    わたしが決して入ることの出来ない世界だと、胸がざわついたっけ。

    そのうち、勧められて絵を描き始めた。
    秋晴れの十月。お城の近くの公園で、一緒にスケッチをした。

    私は、あの瞬間を決して忘れないだろう。
    心地よい風のなかで、確かに、二人の気持ちが溶け合ったんだ。

    ※ 以下、適宜 観察期間中のログの一部を付す:
    [1/16ログ]:気づけば、後姿ガン見。匂いの記憶を反芻。
    焦燥・落胆。そして、いつもの自己嫌悪

    ◆既婚後輩への片思いが孕む構造的リスクについて:
    其の壱: 報われなさが予め制度化されてゐる(相手は家庭という巨大な重力圏を持ってゐる)
    其の弐: 相手の優しさや偶然の会話が過剰に意味づけされる(手に入らない相手ほど人は物語を作りやすい)
    其の参: 関係性が壊れた時のダメージが極大(ほぼすべての社会的基盤を失う)
    其の肆: 人格破壊につながる(感情と倫理の葛藤で自己肯定感が低下する)
    其の伍: 自分の時間が奪われる(最も静かで深い危険)
    (1/13 AI松澤一万尺の回答より)

    [1/13ログ]:チッ ありきたり…。

    1.3 発端

    —— 既読スルーが、7回続いた。

    [1/13ログ]:青春ノ拒絶?!青天ノ霹靂?!ソウナノカ?

    1.3.1 SNSは、即時性が高く、文章が短いという特徴を持つ。従って“意味づけ”の余白が大きい。SNSの確認反復は、揺れの増幅に一層の拍車をかける。

    1.3.2 視線を逸らす。会話を短く切ろうとする。落ち着かない。
    ——これらはすべて拒絶系の関係性シグナルである。

    1.3.3 青春の拒絶。其れは未熟な自己が、拒絶を“存在の否定”と誤読してしまう、あの特有の痛みである。

    [1/13ログ]:疑慮ぐるぐる。どうして? 直に真意を確認しようか。

    ◆それは下策です。(1/13 AI松澤一万尺の回答より)

    1.4 方法

    私は、期待値・距離・意味づけ・焦点度・身体反応・睡眠・感情モード(ニキ分類)等の指標を日次記録し、その変化を観察し、仮説を立て検証した。
    観察期間は1月16日~2月15日である。

    [1/13ログ]:やはり、拒絶シグナルと判断せざるを得ない。
    てか、端(はな)から判ってた結末やん?
     

    ◆既婚後輩への片思いを断念し、友好な関係を維持できる確率 についての回答:不可能ではないが難しい。平均成功率は5~15%に留まる。(1/15 AI松澤一万尺の回答より)

    [1/15ログ]:さっきより上がっとるやん( ̄▽ ̄)。迎合のアルゴリズム?

    次章で、揺れについての 私の仮説を述べる。

    第2章 揺れW(t)の構造モデル


    知彼知己者、百戰不殆。

    孫子『謀攻篇』より

    惣菜コーナーに、よく似た姿形が見えた。夫婦で唐揚げを品定めしていた。
    なぜか胸が締めつけられ息が苦しくなった。
    星くんなのかどうか確かめようと思ったが、足が動かなかった。

    わたしは、ひどく衝撃を受け、数日間その意味を考え続けた。

    2.1 序論

    2.1.1 揺れとは、出来事そのものでも、偶発的情緒でもなく、出来事に対して期待値・意味づけ・距離などの要素が相互作用して生じる内部構造の変動である。

    2.2 期待値モデル(Results-1)

    期待値 E(t) は、次の式で示される。

    E(t) = Y(t)・G(t)・F(t)

    Y(t):慾(生命エネルギー)
    G(t):参照点(現状位置の自己評価)
    F(t):展開予測(未来の見通し)

    2.2.1 慾 Y(t) は、生存層(性欲・保有欲・距離の願望など)と社会層(承認欲求・関係維持の恐怖など)の合成エネルギーである。慾は、刺激・接触頻度によって増減する。

    2.2.2 参照点 G(t) は、己の現状位置認識である。展開予測F(t)の起点となる。

    2.2.3 展開予測 F(t) とは、経験・観念・文化習慣・意味づけなどから生成される未来予測である。

    2.3 意味づけモデル(Results-2)

    実験室の廊下。星くんが身振り手振りで 猿野惑珍に何か説明していた。
    すれ違う時に、会釈したけれど。わたしが目に入らなかった?
    自分でもどうかと思うくらい狂おしい激情に身をよじる。

    [1/14ログ]:星くんがスマホの画面を見ている。何の写真?
    ――― 結局、わたしは何も知らないんだよね。

    淫靡な妄想に浸る。近づきたい慾望! もっともっと息が絡み合うくらい

    2.3.1 意味づけとは、出来事に対する第二次認知であり、慾と展開予測の増幅/減衰を介し、期待値を変動させる。

    2.3.2 反芻とは、意味づけのループであり、期待値の二次ピークを形成する。意味づけの暴走は、焦点度の急上昇と 展開予測の方向偏差を引き起こし、揺れW(t)を増幅させる。

    [1/18ログ]:事務室PCの説明もなし。強い怒り!怒り!サディスティックに。
    そして不意の虚無沼。びク・わなわな・反芻✕反芻。

    2.4 距離モデル(Results-3)

    2.4.1 距離D(t)とは、相手との心理的・物理的な近さである。次の7段階に離散化される。
     距離 -3:親友
     距離 -2:親しい友人
     距離 -1:疎遠な友人
     距離 0:仲の良い同僚
     距離 +1:普通の同僚
     距離 +2:知り合い
     距離 +3:他人

    [1/16ログ]:普通の同僚って 坂平くらい? 一年前に戻るってこと?
    星くんの態度:今や完全に+1。以前は0、時々-1の時もあったよナぁ(遠い目)。

    次章では、これらの構造が、どのように立ち上がり減衰していくのかを扱う。

    第3章 揺れW(t)の時間構造


    揺れとは、“波”である。波は、たちまちその姿を変えてしまう。

    3.1 揺れW(t)のプロセス

    3.1.1 揺れのプロセス:
     1. 身体反応(予兆)
     2. 期待値の発火
     3. 期待値の上昇(外部刺激・意味づけ・焦点度が燃料)
     4. 一次ピーク
     5. 二次ピーク(反芻)

    3.1.2 身体反応は期待値上昇に先行する。胸の詰まり・びくつき・呼吸の乱れなどの身体反応は、期待値の立ち上がりを知らせる“予兆”として機能する。

    [1/26ログ]:マイびく恐懼ニキ・憤懣&憎悪ニキ・未来&過去反芻沼ニキ。
    嗚呼、レミングの軍事パレードやーん!

    3.2 期待値と焦点度の関係

    3.2.1 期待値の時間変化は次式で表される。

    dEdt∝ φ (t)

    ここで φ(t) は焦点度である。

    3.2.2 焦点度は、期待値の“加速度”を決定する内部因子である。焦点度が高いと、期待値は急峻に立ち上がり、揺れを増大させる。

    3.3 焦点度の微分モデル(dΦ/dt)

    [1/23ログ]:外を歩けば「よく行くんだ」と云ってたスーパーが目に入る。
    インフルの息子を連れてったというクリニックが目に入る。道を走る車は星くんの車と同型同色ばかりだ。なにやってるんだろ。ナンバーまで確認しちゃってるし
    ( ̄▽ ̄)

    3.3.1 焦点度は単独で変動するのではなく、以下の四因子の影響を受けて時間的に変化する。

    M(t):意味づけ(重要と捉えるほど注意が集中する)
    B(t):身体反応(びくつき・胸の詰まり等)の強度
    C(t):工程化の強度(意味づけ調整)
    S(t):睡眠の質(特に深い眠り)

    [1/24ログ]:キッチン棚のつけペン画。斜めってたので直す。
    星くんの描く線は、硬質な内に繊細な揺らぎがあるんだよね。
    ・・・って、みえみえの理想化バイアスぢゃん

    3.4 睡眠とアルコール

    3.4.1 深い眠りには次の閾値が確認された。
    90min以上:翌日の焦点度低、期待値平坦化
    70min未満:翌日の焦点度高、期待値急峻化

    3.4.2 アルコール摂取は、焦点度と揺れに影響を与える。

    [1/24ログ]:そんなこと分かってるどさ、よく眠れねーし、呑んじゃうよ

    知足者富。 

    『老子』より

    3.5 感情モード

    [1/18ログ]:そやけどしかし! 星くんの素っ気なさ・鈍感さ・境界線。
    それは、わたしの暴走を未然に防ぐ、強固な“安全弁”でもある

    3.5.1 日次ログに加え、19種の感情モード(通称「✕✕ニキ」)を用いて その日の情動傾向をタグ付けした。
      揺れが大の日: 高粘着性/意味づけ暴走タイプ
      揺れが小の日: 低粘着性/今ココタイプ
    次章で、この動的構造に対処するための実践技法を扱う。

    第4章 型(3k6語)


    [1/21ログ]:失うものなし、ダンスを踊ろ

    4.1 型の位置づけ

    4.1.1 理論と実践技法の両輪。揺れと対峙する為には、理論に加え“プロセスに介入する実践技法”が必須となる。

    4.1.2 その技法こそ 3k6語 である。状況に応じて、期待値の急峻化・意味づけの暴走・距離の逸脱を調整する“型”である。

    4.2 3k(三つの重要項目)

    Life is a tragedy when seen in close-up, but a comedy in long-shot.
    人生はクローズアップで見ると悲劇だが、ロングショットで観れば喜劇だ。

    チャップリンの言葉より

    Ka観察 自己を“当事者”から“観察者”へ切換える「姿勢」。
    Ki境界 揺れと向き合うために、自ら定める「戒律」。
    Ki距離 片思いの揺れと向き合うために最も制禦すべき「対象」。

    [1/25ログ]:憑りつかれたやうに白菜を描く。
    願わくは!戴駿瑋や簡忠威に近づかんと。白く太き葉脈。怒り苛立ちの充満!脳をリセットするために。やや自暴自棄気味に。

    4.3 6語(六つのラベリングワード)

    「予兆」 身体反応や焦点度の微上昇を捉えた瞬間
    「位置が変わった」 期待値の立ち上がりを自覚した時
    「意味づけ」 意味づけに気づいた時
    「境界は変えない」 期待値一次ピーク時
    「+1」 近付き過ぎに気づいた時
    「減衰行動に移る」 反芻(二次ピーク)に気づいた時

    [1/25ログ]:夜の公園、遊具の雲梯にぶら下がってみる。ごらん、街の灯だ。――― あそこにYくんちがある。
    それ1段飛ばしだ おらんうーたん!涙が少しにじむ。

    型は、その習熟に伴い、思考の重さが消え、終(つひ)には“身體知”へ昇華する。

    第5章 観察記録(1/16〜1/27)


    以下、6期に分け時系列順に詳述する。本章では1~5期をとりあげ、次章(第6章)にて1~6期全体を概括する。
    なお「十牛図」を情動のメタファーとして用いた。

    5.1 第1期:尋牛(1月16日-18日)

    飲食男女又能く人を戕害す

    『言志四録』より

    ただ嵐の中に立っているだけなのかもしれない

    ヴィトゲンシュタインが姉に語ったとされる言葉

    既読スルーが、7回続いた(前年12/23・26・31、今年1/2・5・11・12)。

    どうやら、独りよがりの希望的観測は打ち砕かれたようだ。
    認めよう。わたしは卑怯であった。

    顧みれば、この結末は予見可能であった。分かっていながら現実を先送りし、淫靡な物語に耽溺してゐたのだ。

    5.1.1 そう。世界はお前のために存在してゐるわけではない。
    渇望しても、手に入らぬものだらけ。忌避しても、逃げられぬものだらけ。
    ――― では、意味を外部に委ねるのか?

    5.1.2 人は恐れるあまり自分の位置を見失い、時に致命的な過ちを犯す。
    我々は、混沌の世界に、自分自身の座標を打たなければならない。

    [1/15ログ]:懸想ヲ海ニ還シ 新タナ関係ヲ摸索!

    世界が華やいだ年末年始の喧騒の片隅で、わたしは独り悶々と悩み続けた。そして、正解のない泥沼の中で、たった一つの想いが残った。

    ただの同僚で構わない。星くんとの繋がりをこれで終わりにしたくない。

    陳腐な結論? 損得勘定?
    どうぞ好きにレッテルを貼ってくれて構わない。
    でも、私にとっては、この混沌の沼の中で、ようやくつま先が触れた(小さくて今にも崩れそうだけれど)これがギリギリの足場だった。

    沈澱していた悔恨の記憶が攪拌され、プランクトンの死骸のように踊る。
    あの前轍を繰り返すまじ。

    そうだ。これは終幕ではなく、やり直しの機会なのだ。
    でも、どうしてよいか分からない。星くんとすれ違う時、衝動的に話しかけてしまう。無理に話題を作っちゃうから、自分でも不自然だと感じる。しかも(一体ナニに勝とうとしているのか?)、自分をよく見せようという子供じみた慾望に負けて、イビツな自慢話を語ってみたり・・・。

    そんな時、星くんの表情は心なしかこわばっている気がする。嫌われたかもと不安になる。トイレに駆け込み、声にならぬ叫び声をあげる。

    5.1.3 生きるとは、全か/無かではない。

    [1/16ログ]:ギリヤークは 道があっても森を歩く。

    わたしは、わたしなりに情況の解読を試み「新しい着地点」を見つけ出そうと決意した。
    己の情動を丁寧に観察し記録し始めた。触角を蠢かし、よろよろ進む蝸牛のように。半ばバカバカしいと自嘲しつつ。

    5.1.4 尋牛期における 接触回数は1.67回/日。揺れ(平均値)は8.40であった。

    ◆同性既婚者への片思いを上手に手放す方法について:
    既婚者への片思いは職場・家庭に誤解や被害を生むリスクがあるため、まずは衝動と境界を守ることが最優先です。(1/15 AI松澤一万尺の回答より)

    [ログ1/15]:だから、そんな一般論が聴きたいんじゃねーよ
    ( ̄▽ ̄)

    5.2 第2期:見跡(1月19日-21日)

    私は「境界」を決めた。

    [1/19ログ]:わたしの境界:
    ① 意図的コンタクトをしない
    ② LINE凍結
    ③ 明るく挨拶+笑顔
    ④ 距離+1(星くんの境界を尊重。矜持!)
    ⑤ 会話20秒

    5.2.1 境界とは、人格と自由意志の顕現である。

    5.2.2 境界を守るとは、相手を守り、自分を守ることにほかならない。
    「近づきたい慾」の波状衝動に、わたしは愚直に耐えた。
    星くんの姿が視界に入っただけで、鼓動が速くなる。
    わたしは、「予兆」「位置が変わった」とラベリングした。
    身体が勝手にそっちへ向かうこともあった。
    わたしは、深呼吸をして「+1」「境界は守る」とラベリングした。
    当該期間における境界順守率は96%だった。が、数字とは裏腹に、いつも邪淫な妄想に揺れ動いていた。あの人が、あのひと自身の境界を守っているのか、わたしに守らせているのか、その判別はつかなかった。

    5.2.3 接触はゼロ化した。にもかかわらず、揺れは11.9%増大した。
    このことは、揺れの駆動が、外部刺激ではなく、内部に依存している可能性を強く示唆していた。
    あらためて気づいた。わたしからコンタクトしなければ、星くんとの繋がりなんて、一日一回挨拶するかしないか程度なのだと。
    星くんから話しかけてくることは皆無だった。何ら痛痒を感じていない様だった。無関心。分かってはいたが、怒りとも悲しみともつかぬため息が出た。

    5.2.4 自分の感情の動きを追った。注意深く何遍も。
    すると内部の嵐の、その構造が見え始めた。
    星くんへの片思いは、背徳の情慾であり、独占慾であり、支配慾だと思う。わたしは、バカじゃないから。それくらいのことは分る。
    なのに、気づけば、淫靡な妄想をしている。
    星くんが、誘ってくれることを渇望している。

    5.2.5 期待値の仕組みが透けて見える瞬間があった。
    慾と参照点と展開予測。これに焦燥度と意味づけが燃料を与えてゐた。

    [1/20ログ]:初めて期待値の立ち上がりに気づけたグ!

    5.2.6 小結:尋牛期→見跡期 で特筆すべきは、感謝りら度の減少(-116%)と焦点度の増加(+7%)であった。これは、揺れに対する免疫回復力を破壊し、期待値を急峻に上昇させ、猛烈な反芻(意味づけのループ)を引き起こした。

    期待値上昇の予兆(手先のびクつきや冷え・そわそわ感)に気づけることがあった(気づいた時にはすでに上昇済の場合が多いのだが)。都度「予兆」「位置が動いた」「意味づけ」と唱えた。

    慾望の反芻沼から這い出そうと、やみくもに減衰行動をとった。疲れるまで散歩をし、弾けぬギターを鳴らし、描けぬ画を描き、ミニ玉ねぎやミニ大根などを栽培してみた。焦点を分散させるための儀式だった。

    しかし、依然内部の嵐は吹き荒れ、減衰の兆しは見えなかった。
    この苦しみは一体いつまで続くのか?

    ◆片思いを手放すための所要期間は、一般的に半年から1年半といわれています。個人差が著しく、数年かかる場合もあります(1/21 AI松澤一万尺の回答より)

    5.3 第3期:見牛(1月22日–26日)

    星くんが帰省のため長期休暇に入った。

    すでにわたしは、LINEを非表示設定にし、一切見ないようにしていた。身體変化や期待値上昇を感じると(あるいは感じるような気がした時も)、呪文の如く「予兆」「位置が変わった」「境界は守る」とラベリングした。

    星くんの不在は救いだった。閉塞感のなかで一息ついた。

    ところが、わたしの仕事に大きな変化が生じた。
    技術から営業へ異動となり、管理職を任された。

    5.3.1 外部ストレスは、揺れの基礎代謝を大きく高める。
    少しの達成感と多くの苛立ちがせめぎ合う。焦燥緊張わなわなニキの行進に圧倒される日々が始まった。

    [1/25ログ]:星くんはいま何をしてるかな・・・。
    どうなんだろう? 月に1~2回、陽だまりのベンチで一緒にスケッチ。それ以上でもそれ以下でもない関係———ダメですか

    1/24は各データ値が最悪を記録した日であった。
    起因は、わたしの判断ミス。

    在庫過多を恐れ、需要予測を低めに補正したのが誤りだった。
    取引先からこっぴどく叱責された。社長にも呼び出された。
    言葉は穏やかだったが、こたえた。

    [1/24ログ]:
    雑念カウント: 25 (歪みrate59) /焦点度:11.5。
    漆カブレラの批判に悲憤。暴飲暴食。
    水彩画もギターも億劫。中途覚醒。自己嫌悪。・・・みじめ


    むしろ、この程度の揺れで済んだのは、観察者モードのお陰かもしれない。
    或いは、この時期のストレスが、進化圧として作用したのか。

    きっといつか……この日々を、優しく思い出せる時が来るよ。
    わたしは、恋のつらさと、慣れぬ仕事の渦中で藻掻きながら、ひたすら境界と云う戒律を守り、3kの教えに則り、6語を呪文のように唱え、減衰儀式を執り行った。でくのぼうのやうに。

    1月26日夕方から強い“予期不安”に襲われた。

    [1/26ログ]:びクつき。明日星くんと顔を合わせるのが怖い。

    5.3.2 人類は群れる動物である。ゆえに、拒絶の危険を本能的に恐れる。

    5.3.3 小結:見牛期における特徴は、外乱(仕事のストレス)による揺れの質の悪化である。見跡期に比べ、焦点度が8.3%、反芻が9.3%増加した。「怒り・虚無」など生存警報系が増え、免疫回復力を示す感謝りらは7.7%減少した。その一方、観察者モードが定着し、3k6語の精度が緩やかに上がりはじめた。

    そして、星くんの長期休暇が明けた。

    5.4 第4期:得牛(1月27日)

    朝、遠目に懐かしい頭の形を捉えた瞬間、身体が先に反応した。
    「近づきたい慾」が臨界点を超え、気がついた時には自ら近づき声を掛けていた。
    星くんは「いやぁ久しぶりの仕事で疲れそうです」と頭を掻いた。
    わたしは犬のように興奮した。境界も3k6語も吹き飛んでいた。

    5.4.1 これは期待値の急騰によるものと考えられる(23.25=観察期間中の最高値)。
    上昇プロセスが、あまりにも速すぎて介入できなかった。思えば、顔を合わせる前からドキドキそわそわ感があった。これは明らかに期待値の立ち上がりが急勾配になるフラグだったのだが。

    [1/27ログ]:そやけどしかし!ダイジョーブ。

    期待値の動きは追えている。急騰したものの暴走には至らず、高めの位置で安定した。
    ここからが勝負どころ。“穏やかな距離”をキープするのだ。
    意地だってあるんだ。星くんの境界に踏み込まぬよう、シグナルを観察した。
    穏やかに笑っている。ただ時々奇妙な”間“があり、それが何なのかわたしには観測できない。やや身構えながら話を続けるが、態度はごく自然で柔らかい。視線を逸らすこともなく会話を打ち切る様子もない(どうやら、拒絶のシグナルは見当たらない)。

    安堵した。驚くほどに。
    胸のしこりが溶けて、消えた。期待値がさらに一段上昇、「会話20秒」を破る。星くんが「お土産を渡したい」と言う。腋下の発汗を感じる。夕方、退社後に会社出口で逢う約束をした。オイオイ望外の歓びだろ。“観察者の私”が、期待値の位置を横目で確認する。ダイジョーブ。上昇はわずか、暴走の徴候も無し。ん??逆にフシギなくらい

    それから夕刻までうわの空だった。

    わたしは、会社と道路を挟んで斜め向かいの四つ角に立ってゐた。
    日没。一気に冷え込む。
    不意に、恐怖と焦燥が立ち上がった。

    [1/27ログ]:本当に星くんから連絡が来るのか。来なかったらどうしよう。
    口約束だけじゃなくLINEを出しておくべきだった。何なら今からでも。
    いや。LINEは絶対出さない。我慢。

    —— なぜこんなにバカバカしいほど怖がる??
    息が浅くなる。みるみる胸が萎んでゐる。水圧で潰れゆくペットボトルのやうに。あかん。ここは観察モードに緊急避難だ。
    恐怖の渦中で、恐怖の観察を試みる。仮説を立てる。

    5.4.2  仮説1:恐怖とは、生命が打ち鳴らす警報だ。それは、展開予測を一気に負のMaxに貼り付かせる。即ち「未来の閉塞」。その恐怖感は人間にとって根源的なものだ。
    ホントにそうなのかもしれない。

    5.4.3 仮説2:「恐怖・怒り・焦燥・虚無・自暴自棄・・・.etc」これらは全て生存警報である。

    5.4.4 仮説3:生存警報と展開予測は、双方向の因果関係をもつ

    そのとき、小さな電子音が鳴った―――心臓の固き拍動。
    星くんだ。繋がった!

    「いまあがりました」

    ちいさな8つの文字が、脳内でリフレインした。星くんの聲で。
    緊張が一気にほどけた。

    胸の底に溜まっていた重みが、呼気となり、ゆっくりと体外へ放出された。
    幸福感すら湧き上がってくる。そんな自分自身の気持ちの変化にややたじろいだ。

    [1/27ログ]:え、構造モデルを超えてる?

    そして、星くんの姿が見えた。妙な仕草で左手を振っている。何の意図があるのか、わたしには不明。残酷だけれど、可笑しなひとだ。
    高揚で躰が火照っているのが分かる。
    この冬一番の冷え込みなのに、血潮のリフがわたしの手の指先を揺らしてゐた。

    [1/27ログ]:もしかしたら、
    拒絶を覚悟した → 「ただの同僚で十分満足」と心底思えた → 失うものがなくなった。
    だから —— 怖さが消えた? 安心した? うん。そんな感じ。
    だからこんなに、涙が出るほど嬉しいんだ!

    星くんからお土産を受け取る。6~7分談笑して別れた。
    フシギな充足感 —— 混沌の悲しみを湛(たた)えた類の。

    振り返ると、交差点で星くんがスマホを触っていた。
    ほかの誰かと待ち合わせてるのかな。

    突如、わかった。
    わたしのこの背徳の慾望が、消えることはない。苦しみは続くのだ、と。
    それでも、少し何かが変わった。
    ことばにすれば、零れ落ちてしまうような何か、が。

    5.4.5 気分は瞬時に変わる。あたかも春の風のやうに。

    [1/27ログ]:久しぶりに楽しく会話できたグ!

    その夜、わたしは境界を破って、久しぶりにLINEを出した。
    「お土産ありがとう。美味しくいただきます(^▽^)/」

    既読スルーだった。
    スマホを枕元に置いて寝たが、払暁まで着信音は鳴らなかった。

    所与は完全で必然で、そして自由

    中島敦『悟浄歎異』より

    第6章 結論


    最後に、私なりの考察を述べる

    6.1 揺れW(t)の構造式

    W(t)=φ(t)・M(t)・[β1|E(t)|+β2|dE(t)dt|]

    6.2 数値データの変化

    前半(1月16日~27日)と後半(1月28日~2月15日)の増減(%)を示す。前期から後期への遷移は、単なる情緒の改善ではなく、内部構造の再編成(構造転換) であった。
    E(t) 期待値 −59.7%
    φ(t) 焦点度 −61.2%
    W(t) 揺れ −77.4%
    接触は微増(+16.2%)にもかかわらず、揺れは激減した。

    6.3 本研究の意義

    6.3.1 片思いという特殊な情動経験を、一般化可能な構造として還元した。
    6.3.2 と同時に、本研究は、別の顔をもつ情動(恐怖・怒り・不安・焦燥など)にも適用可能な「普遍的枠組み」を示唆している。

    6.4 1月27日の現象について

    あの日何が起こったのか? ここで補足考察を試みたい。

    6.4.1 大きく寄与した要素は二つ。一つは「関係断絶への恐怖(喪失恐怖)の消失」、もう一つは「参照点の下方修正」である。
    ①「喪失恐怖の消失」は、期待値の基礎代謝を急低下させ、焦点度の暴走を止め、揺れの安定化を決定づけた。
    ②「参照点の下方修正(すなわち距離+1の受容)」は、喪失恐怖の構造的消失と一致し、ダイナミクスを発顕させた。
    参照点が下がると、
    1. わずかな距離の接近でも「獲得感(幸福感)」が立ち上がり
    2. 距離の後退に対する恐怖は急減し
    3. 展開予測の負方向偏差が消え、焦点度の暴走が停まり、
    期待値が、恐怖駆動 → 充足駆動 へ転換。
    そして、揺れは寛解した。

    6.4.2 最後にもうひとつ、気づいた点を補足しておく。
    それは、揺れが、構造転換を促すということ。
    あるいは、未完成の愛の方が、人生に深く残るのか。

    6.5 結語

    昼下がりの公園で。
    わたしは、雲梯にぶら下がってゐる。
    戻ってきた空は、宇宙へと繋がってゐる。
    浮かぶ白き雲よ。
    かすかな春の風を吸い込む。
     
    6.5.1 ひとは揺れる。
    とりわけ、他者との関係の中で

    6.5.2 構造が透けて、揺れが見える。
    それは、いつか膜を超越し、
    刹那の煌めきを放つだろう。

    6.5.3 思ふに、
    揺れとは、生命のダンスなのである。


    [2/27ログ]:
    今日の観察結果
    𝑊(𝑡) = 0
    ・・・ たぶん、そういうことにしておこう
    ( ̄▽ ̄)

    完

    次回

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