お前たちへ あン時のワンへ02
前回
1990秋
という訳で。ビビンバ銀から内定を貰うと、就活も早々に止め、漠たる不安を抱えながらキリギリスのように暮らした
もしオラにそこそこの智慧と意志がありゃあ、ビビンバ銀の自己資本率とか収益率とか社風とか自分なりに調べることも出来たかもね~
まぁ。やっぱ無理だったかな
ちなみにFきよもビビンバ銀入行を決めた(おそらく相互に影響しあったね)
1990冬
入行の諸手続。半年間は全寮制(昼仕事、夜は研修)と説明を受け何の疑問も浮かばなかったが。人間には、持って生まれた或いは後天的に獲得した様々なものが織り混ざったスペックがあるということを、今なら知っている
寮での集団生活や大人数の職場・不特定多数の客先とのやり取り…これらへのストレス耐性は平均以下なのだ😅
ま、その辺もびびんば銀での荒々しい実践で曝露され多少なりとも自己理解を深められたんだけどね
いい悪いでなく個人の特性は千差万別ってことなんやね。書くとめっちゃ月並みやけど
ダイバーシティというか適応性というか
例えばワンの身長は偏差分布3∑ぎりぎりのとこで、もしキリンならば真っ先に飢え死にするところだが
おそらくは島嶼での厳しい環境で選択圧がかかり、食物が少なくてもサバイバル出来るように適応進化した結果だと睨んでいる( ̄ー ̄)ニヤリ
だからサバンナの大草原ならキリンに負けるが島なら勝つ
1991春
六甲アイランド出張所に配属〜
「今 汝は画れり」孔子は言い、「若いうちはやりたい事 なんでも出来るのさ」ヒデキは歌い上げた🥸カンゲギ
松本人志は「どんなに馬力のある車も垂直の壁は登れないんですよ」と言った🥸デスヨ
自分の限界とか適性を見極めるってのはとても難しいね。未だに分からない(もう気にしなくなっちゃったけどね)
柔道でチームメイトだった モリタツ は四年間熱心に内股を練習したが全然上達せず。ところが引退後に何となく遊びで試してみた袖釣りが異常な斬れ味で。得意技ってのは分からないね。教えて貰おうと思ったけど彼自身も要諦を上手く說明出来ないし💦
いつも試行錯誤。迷ってばかりだから人生にコーチがいてくれたらなぁと思うよ
で。働き始めたんやけど、まずは拘束時間の長さに参っちゃったナ
ん〜。シンドいし面白くないから仔細を書くのはやめとこ😅想像に任すわ。
尼崎支店に配属されたFきよが日々をリラックスして楽しんで生きてるっぽいのが不思議だったよ
つづく(のか?)