お前たちへ あン時のワンへ01
あれこれ思い起こせば
こころの底に沈澱してゐる雑多な微生物の死骸とか、何かそんなこんなが攪拌されて不穏になるが。総じて幸運だつたと思う。いま振り返れば、神戸ビビンバ銀行も 八丈きょん建設も 失敗挫折の黒歴史じゃなく次に進むために必要な一過程だったとわかる
だからあン時泣きそうだったワンに 今さらだけど「大丈夫やで」とこれを書いてみる
1990春
就活〜。マジメなんやで、そやけどしかし!いかんせんアホやねんなぁ
社会人としてやっていく大変さを過大に捉えて圧倒されとったんやろな😅
肩に力が入り過ぎとるから直ぐにバテちゃったね
自分がどんな生き方を求めているか、どんな仕事ならばストレスを(相対的に)感じないか、(客観的に)何が強みか弱みか、ほぼ分かってなかったね
今でも分からんけどね~
Oさんみたいにはなれない。自分に才能はないと、中国語は諦めてたし。傲慢だよね。あんな稀な傑物と自分を比較すること自体がオカシイ!と、今なら思えるけどね
ただ自分が自分に打ったアンカーってのはとてつもなく重くて😅 (いまでも語学の才能は無いと思い込んでいる)。岸見一郎は「劣等感は『特別でありたい』という鼻持ちならない優越慾にほかならない」って書いてたっけ
あと応募先の企業も就職誌から自分で選んだね。中国語に絞った求人が、学生課に多数来てた筈なのにそれをチェックしようという発想すらなかったな
1990夏
金融業界への関心なんてなかったくせに何故 ビビンバ銀行に決めたのか❓
きっかけは、向かいの棟に棲んでいたFきよに誘われ説明会に行ったこと
① で、最初に内定をくれたから。就活は心身ともに消耗するもんね。あちこちで落ちて肥大気味の自尊心も傷ついてたし😅
② それに、OBの印象が良かった
③ どこで働いても一緒だと考えてた
④ 関西に愛着があった。当時付き合ってた彼女と離れたくない気持ちもあったよ
就活ってのは、まあガチャみたいなもんで当たりを引くのは難しいと思う
実は2018冬のウィッキー社就職の時もほぼ同じ轍を踏んでいる💦
たぶん性格なのか考え方なのか、何らかの「癖」があるのだろうね
今なら対応策として
①単独に絞らず複数の選択肢を用意する
②自分の考えの反証を探す
③ゼロかイチかで判断しない ← 自分で得た情報を重視しちゃうタイプやからね~。例えば希望ヶ丘の上空を見上げ「こんなに晴れ渡ってるから降らないだろう」と考える
一瞬チラ見しただけの自分の狭い視野の情報と、気象庁の膨大なデータに基づく予報を同列に並べる
さらには「どこで働いても同じ」って…それは思考停止に近いよなあ。「どうせ〜だから」と考える時は大体オールオアナッシング思考に陥ってるね
つづく(かな?)