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💟「始神」-地文学への招待9

    串呂哲学研究ノート

    🎀串呂哲学研究ノート 第273号

    💖このオンラインブックは、三重県度会わたらい郡南伊勢みなみいせ町始神はじかみという地名は、伊勢神宮の大神の叡智えいちに基づく神経綸かみしくみによって、真日本国再建のために用意周到よういしゅうとう、計画的に構築され命名された串呂地文である事を考証した世界で最初の小論文です。

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    三重県度会わたらい郡南伊勢みなみいせ町

    💫真日本国再建のため、霊戦を開始しよう!

    🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
    私は、朝夕「大祓祝詞おおはらいのりと、太祝詞ふとのりと(斎鏡斎穂之神勅さいきょうさいすいのしんちょく、十言神呪とごとのかじり、神名奉誦しんめいほうしょう、三種祓詞みくさのはらいことばなど)」を約40分ほど掛けて奏上し、真日本国の再建を熱禱祈願しています!

    🔴残念ながら、今のままでは我が国は、異民族の隷属れいぞく国(保護国)に甘んじつつ、終ついには亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないように思えてなりません(満州国がその前例です)。

    🔴この亡国の危機に瀕ひんしている日本国再建の大道は、わが国の守護神であり指導神霊である伊勢神宮の大神(天照大御神)に中心帰一して、日高見国ひだかみのくに・縄文日本の民として蘇よみがえることであると確信しています。

    🔴神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、真日本国再建のため皇祖神(天照大御神)によって構築されました。

    🔴主権在民の我が日本国です!良きにつけ悪しきにつけ、現在の我が国については、われわれ国民一人一人に責任がありますし、悪政を放置した結果、痛い目に遭あうのも我々一般国民です。真実に目覚め、真日本国再建の為には日々の研鑽けんさん・学習・戦いが必要です!

    🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!


    💫串呂哲学の理解を助ける予備知識
    始めての方は、下記の記事を参照してください。


    💖「始神はじかみ」-地文学への招待 №9

    1、始神(はじかみ)

    三重県度会わたらい郡南伊勢みなみいせ町始神は、「はじかみ」と読みます。国内に数ヶ所あるだけの珍しい地名です。

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    三重県度会郡南伊勢町 始神(MapFan地図)

    🟡前回の「第272号」で述べましたように、串呂哲学では、始神はじかみ(はじめがみ)は、「初代王」「始祖王」を表わす地文で、八幡大明神・三浦芳聖を表わす地文です。初めての方は、前号をご覧ください。

    🔴戦後、三浦芳聖が地図を広げて串呂地文学を説いた時、人々は理解できず笑いました。ある近親者は、芳聖の身上みのうえを心配して、説くことをやめるよう泣いて諫いさめたそうです。

    「老子徳経」の一節です!
    上士じょうしは道を聞けば、勤めて之を行なう。中士ちゅうしは道を聞けば、存するが若ごとく亡なきが若ごとし。下士かしは道を聞けば、大いに之を笑う。笑わざれば、以て道と為すに足らず。

    上士聞道、勤而行之。中士聞道、若存若亡。下士聞道、大笑之。不笑、不足以爲道。(老子徳経「同異第四十一」)

    始神はじかみ一覧
    *三重県度会わたらい郡南伊勢みなみいせ町「始神」
    *三重県多気たき郡大台おおだい町神滝こうたき「始神」(バス停)
    *三重県多気郡大台町小滝こたき「始神谷」
    *愛知県知多郡南知多町大字豊浜字「初神はじかみ」
    *広島県安芸郡熊野町「初神はつかみ」

    ・・・・・

    この「初代王」「始祖王」を表わす地文「始神はじかみ」(三重県度会郡南伊勢町)の南に「三浦峠」、「三浦」(湾)があります。今回はこの始神を串線する串呂をご紹介します。最後まで、ご一読下さい。

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    三重県度会郡南伊勢町


    2、三重県紀和きわ町三浦みうらと三浦皇統家大神宮みうらこうとうけだいじんぐうとの神風串呂


    三浦芳聖が解明した南伊勢町始神はじかみを串線する串呂の中で、代表的な串呂が、下記の三重県南牟婁みなみむろ郡紀和きわ町三浦みうらと三浦皇統家大神宮みうらこうとうけだいじんぐうとの神風串呂です。

    三浦皇統家大神宮とは、三浦芳聖の道場兼自宅の事です。

    道場兼自宅を大神宮と称すとは、大言壮語ではないかと思われるでしょうが、串呂地文で「鏡」「御所」「大宮」「大門」「天地」「天子」「始神」「国本」「道場」「御殿山」「加賀美」「天子ヶ岳」「大明神岬」などと昭示されていて、道場に天照大御神を始め皇祖皇宗の神霊を奉斎していたので、三浦芳聖の著書ではこの様に記述されています。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第五章

    「三浦みうら」―「始神はじかみ」—「三浦皇統家大神宮(三浦芳聖家)」―「大金山おおがねやま」―「御所ごしょ」—「大菩薩嶺だいぼさつれい」—「弥勒みろく」―「天子あまこ」

    この串呂は、三浦芳聖が、昭和31年(1956年)に発行した「弥勒大菩薩出現を立証する神風串呂」に記載されている串呂中の一本です。

    「三浦」(紀和町)―「始神」(南伊勢町)—「三浦芳聖の道場兼自宅」(豊川市)

    前号で私は「串呂哲学では、三浦芳聖は始神(はじめがみ)であるということです!」と述べました。

    上記の三つの地文だけを見ても、串呂の的確さに驚嘆いたしますね!😍

    私は青年時代に、三浦芳聖に近侍きんじして教えを受け、三浦芳聖の霊能者としての実力を知っていますから、この串呂を当然の如く受け入れることが出来ますが、一般の方々は受け入れ難いかも知れませんね。

    それでは、今回は「始神・三浦芳聖の神風串呂」をご紹介します。

    ・・・・・

    🟡三浦(みうら、三重県熊野市紀和町大河内おこち)
    三浦皇統家、三浦芳聖を表わす。

    「後醍醐天皇の嫡孫が三浦と名乗っている」事については「第272号」で詳述したので、初めての方はそちらを参照下さい。

    南朝正統家は、三浦と称していることを昭示した縦横十字の神風串呂
    主要な地文「⭕印」が、ほぼ等間隔(等距離)に位置して構築されている。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章

    【参照】「三浦」について

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    三重県熊野市紀和町大河内 三浦(国土地理院地図)

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    🟡始神(はじかみ、三重県度会郡南伊勢町)

    始神は、「初代王」「始祖王」を表わす地文で、三浦芳聖のことです。

    三浦芳聖は、岩戸籠いわとごもり(蒙塵もうじん)中の神皇正統家を復興する為に、この世に派遣された五皇一体の八幡大明神であり、串呂主宰神(天照大御神)公認の始神(はじめがみ)であります。

    本来なら、三浦芳聖は、真日本国の初代王として国家を再建する運命だったのですが、キリストを十字架に掛けたユダヤ人の如き属国主義の愚かな政府指導者らによって敬遠され無視され、天与(神界伝法)の超能力を発揮する機会が与えられなかったのです。😭

    真日本国の再建の為、2000年以上の長年月を掛けて苦心惨憺の末、神風串呂を構築された「天照大御神」が、この千載一隅の好機を逸したことをどんなに悔くやしがっておられるかと拝察いたしますと、まことに畏れ多い極みであります。😭

    千載一遇の好機を逸した日本国は、いま亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないことを心底理解し、心ある日本人なら、伊勢神宮内宮の玉砂利に額ひたいを擦こすり付け、お許しがあるまで、泣いてお詫びしなければならない状況です。

    おそらく「覆水盆に返らず!」との御神諭が申し下されるでありましょう。神界は信賞必罰の世界です。投げかけたブーメランが帰って参ります。

    私たちは、今、国家存亡の危機に直面していることを自覚しなければならないのです。

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    三重県度会郡南伊勢町始神(地図マピオン)

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    🟡三浦皇統家みうらこうとうけ大神宮だいじんぐう(豊川市諏訪二丁目)

    在りし日の三浦芳聖の道場兼自宅のこと。三浦芳聖の帰幽数十年後に用足りて去り、今は有りません。

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    20万分の1の地図を敷いて講義する晩年の三浦芳聖(1970年ごろ)

    三浦芳聖は、昭和25年(1950年)8月13日より昭和46年(1971年)3月30日に帰幽するまでの約20年半、豊川市市田町諏訪林37番地(豊川市諏訪2丁目)に居住し、神風串呂講究所を開設して、神風串呂を解明し公表した。
    三浦芳聖終焉の地でもある。

    *詳細はこちらを参照ください。

    三浦皇統家という言葉は、三浦芳聖が勝手に言い出したのではありません。大正8年(1919年)1月27日の大本教のお筆先に「栄え三浦の皇統家は・・・」と出ているのです。興味のある方は下記をご覧ください。

    【参照】大本教お筆先(大正8年1月27日)

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    🟡大金山(おおがねやま、山梨県南巨摩郡早川町保はやかわちょうほ)

    九星気学でいう金星きんせいの大物を表わす。
    三浦芳聖は、明治37年(1904年)、六白ろっぱく金星甲辰きのえたつ年生まれ。

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    山梨県南巨摩郡早川町保 大金山(地図マピオン)

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    🟡御所(ごしょ、山梨県笛吹ふえふき市八代町米倉)
    天皇の住居=皇居を表わす。

    この地文は、三浦芳聖の道場兼自宅を「三浦皇統家大神宮」と称する所以ゆえんの地文のひとつであります。

    【参照】御所は天皇の住居
    邸宅としての御所は天皇またはそれに次ぐ特に位の高い貴人の通常の住まいを指し、単に「御所」と称される場合は「在位中の天皇の平常時の住居」を指す。(『御所- Wikipedia』)

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    🟡大菩薩嶺だいぼさつれい(山梨県北都留きたつる郡丹波山たんばやま村)

    文字通り「偉大なる菩薩」を表わす地文です。

    三浦芳聖は五皇一体の八幡大明神ですから、仏教的に申せば「八幡大菩薩」となります。

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    🟡弥勒(みろく、埼玉県北埼玉郡羽生はにゅう市)

    串呂哲学では、弥勒みろくは、弥(いよいよ、ますます)革(あらた)める力(ちから)と解読し、物質偏重主義の苦海に呻吟しんぎんする人類に、霊光輝く正道を指し示して、人々を迷妄めいもうから救い出す救世主を表わします。

    🟠高松三串、弥勒二串の神風串呂
    「高松町」―「在りし日の三浦芳聖家」―「高松」―「高松」―「弥勒」-「日本平山」-「白髭山」―「弥勒」

    上記の神風串呂から、弥勒とは、始神はじめがみ・五皇一体の八幡大明神「三浦芳聖」を言います。「弥勒下生経」は、串呂哲学(三浦芳聖)のために説かれたのではないかと思うほどです。

    三浦芳聖に贈り名するなら「三浦天皇」「高松天皇」などでしょうか。

    先にご紹介した大本教のお筆先に「みろくの神代の初春ぞ」とありますが、三浦芳聖の生涯は、まるで太古の神代かみよのように、奇跡が日常茶飯事に続出していました。

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    🟡天子(あまこ、栃木県芳賀郡茂木町)

    天子あまこ(てんし)は、天皇を表わす地文です。
    国内に2ヶ所あるだけの珍しい地名です。

    天子一覧
    *天子あまこ(栃木県芳賀郡茂木町)
    *天子あまこ(山口市阿東生雲中)
    天子上、天子中、天子下に分かれている。
    ・・・・・
    *天子てんしヶ岳(静岡県富士宮市)
    *天子てんしの森(静岡県富士宮市)
    *天子山てんしやま(静岡県伊豆市)
    *天子山あまごやま(福井県大野市と勝山市の境)
    *天子湖てんしこ(山梨県南巨摩郡南部町)

    【参照】
    天子(てんし)とは、中国・日本・ベトナムで用いられた君主の称号。天命を受けて天下を治める者の意。中国の周王や漢代以降の皇帝、日本の大王おおきみ・天皇の別号として用いられた。(『天子 - Wikipedia』)

    ・・・・・

    3、まとめ

    「三浦みうら」―「始神はじかみ」—「三浦皇統家大神宮(三浦芳聖家)」―「大金山おおがねやま」―「御所ごしょ」—「大菩薩嶺だいぼさつれい」—「弥勒みろく」―「天子あまこ」

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第5章

    🟢この串呂は、三浦芳聖は始神(はじめがみ)であり、弥勒大菩薩であり、天子てんしであり、ありし日の三浦芳聖の道場兼自宅は御所であったことを昭示しています。

    知る人ぞ知る「串呂地文学」の真実の世界です。串呂地文学は、老子徳経にいう「笑わざれば、以て道と為すに足らず」の精神的な世界です。

    🔴問題は、日本国は天照大御神の設定した千載一遇の好機を逸したということです!この失策の反動は深刻で、すでに77年間、外国軍に占領され続け、亡国寸前の不名誉な悲しい現況に見ることが出来ます。

    これを過去の歴史で譬たとえるなら「キリストを十字架に掛けたユダヤ人の国家がこの地上から消え去った歴史」であり、

    足利王朝の樹立存続を許したあとに、群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代(1467年- 1590年)が到来して、人民が長期間苦難に呻吟しんぎんし、大名が国盗り合戦に勝利する為に、外国から弾薬用の硝石を購入する代償として、多くの同朋どうほう女性が姓奴隷として国外に売り飛ばされた悲惨な歴史を挙げることが出来ます。

    🔴串呂地文学で皇祖神の存在を認識したなら、いますぐ行動しなければなりません。目先の欲得で行動していると、国家が滅亡し無辜むこの民が塗炭とたんの苦しみに沈潜ちんせんしなければならない不幸な時代に突入してしまいます。

    🔴日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しましょう!


    参考資料
    三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(神風串呂講究所/1970年)
    三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版(串呂哲学研究会)
    藤原丸山『南朝正統皇位継承論』(南朝史学会/1988年新版)
    藤原石山『三河に於ける長慶天皇伝説考』(南朝史学会/1979年)


    💖串呂は、実に神秘的に構築されている神道皇霊学であり、地図上ではありますが、視覚により実際に認識できる明確な世界であることが特徴です。
    💝信念や想像の世界ではないと言う事です。



    串呂クシロ(かんろ)とは

    串呂クシロ(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。

    元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

    神風クシロ(串呂)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。

    地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

    串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代みたましろである神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷ほうせんして同床共殿にお祭りすれば、いま危機に瀕ひんしている「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜むこの民が味わった塗炭とたんの苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。


    🟡神風串呂を学びましょう!

    🟡バックナンバー(総合)


    🟣情報拡散のお願い
    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
    🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

    ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。


    🟡祈り
    全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
    💌イエローハットの創業者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の
    相談役でもある鍵山秀三郎氏の言葉
    国民一人ひとりが、自分にとって、もしくは誰にとってよいかどうかではなく、本当に何が正しいかどうかを考えて行動するようになれば、どんな問題も解決できるでしょう。
    あなた方の議論はすべてどちらが正しいかという議論ばかりで、何が正しいかという議論を聞いたことがない。泥棒と詐欺師どちらが正しいかという議論をして、どちらが勝ったという結論を聞かされても、私から見ると意味がない。

    🟡前号(№272)
    「三野瀬の三浦」-地文学への招待
    🟢次号(№274)
    「祭場」-地文学への招待


    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。


    著者 鈴木超世志のプロフィール
    中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
    串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
    串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
    著 書
    「神風串呂入門」
    「ここまで解った元伊勢伝承」
    「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
    「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
    など多数
    ブログ
    串呂哲学研究ノート
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    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
    *******************

     
     
     
    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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