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💟「三野瀬の三浦」-地文学への招待8

    串呂哲学研究ノート

    🎀串呂哲学研究ノート 第272号

    💖このオンラインブックは、三重県北牟婁きたむろ郡紀北きほく町の「三野瀬みのせの三浦」という地名は、伊勢神宮の大神の叡智えいちに基づく神経綸かみしくみによって、真日本国再建のために用意周到よういしゅうとう、計画的に構築され命名された串呂地文である事を考証した世界で最初の小論文です。

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    三野瀬の三浦

    💫真日本国再建のため、霊戦を開始しよう!

    🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!
    私は、朝夕「大祓祝詞おおはらいのりと、太祝詞ふとのりと(斎鏡斎穂之神勅さいきょうさいすいのしんちょく、十言神呪とごとのかじり、神名奉誦しんめいほうしょう、三種祓詞みくさのはらいことばなど)」を約40分ほど掛けて奏上し、真日本国の再建を熱禱祈願しています!

    🔴残念ながら、今のままでは我が国は、異民族の隷属れいぞく国(保護国)に甘んじつつ、終ついには亡国への坂道を転げ落ちる道しか残されていないように思えてなりません(満州国がその前例です)。

    🔴この亡国の危機に瀕ひんしている日本国再建の大道は、わが国の守護神であり指導神霊である伊勢神宮の大神(天照大御神)に中心帰一して、日高見国ひだかみのくに・縄文日本の民として蘇よみがえることであると確信しています。

    🔴神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、真日本国再建のため皇祖神(天照大御神)によって構築されました。

    🔴主権在民の我が日本国です!良きにつけ悪しきにつけ、現在の我が国については、われわれ国民一人一人に責任がありますし、悪政を放置した結果、痛い目に遭あうのも我々一般国民です。真実に目覚め、真日本国再建の為には日々の研鑽けんさん・学習・戦いが必要です!

    🔴真日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しよう!

    著者 鈴木超世志

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    💫串呂哲学の理解を助ける予備知識
    始めての方は、下記の記事を参照してください。

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    💖「三野瀬の三浦」-地文学への招待 №8

    1、三野瀬の三浦

    この三重県北牟婁きたむろ郡紀北きほく町の「三浦みうら」は、三野瀬みのせの三浦みうらといいます。JR三野瀬駅があります。(上記の地図を参照下さい)

    🟡串呂哲学では、三野瀬は、三浦+野村と解読します。

    この三浦は三浦芳聖を表わします。
    この野村は三浦芳聖の糟糠そうこうの妻「野村鈴」を表わします。

    その証拠には、この三野瀬の三浦の豊浦海岸の沖合に「鈴島」があります。

    💖串呂の的確さに驚嘆いたしますね!😍

    🟡こればかりではありません!(驚くのはまだ早い!🥰)

    この続きは、下記で詳述しますので、最後までご覧くださいね!

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    2、宍粟市山崎町御名と後醍醐天皇御陵ごだいごてんのうごりょうとの神風串呂

    三浦芳聖が解明した「三野瀬みのせの三浦」を串線する串呂の中で、代表的な串呂が、下記の兵庫県宍粟しそう市山崎町御名ごみょうと後醍醐天皇ごだいごてんのうの搭尾陵とうのおりょうとを結んだ神風串呂です。

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    「御名」-「⛩湊川神社」-「後醍醐天皇御陵」-「三浦」

    🔴何と!後醍醐天皇御陵、三浦皇統家を表わす「三浦」、南朝大忠臣楠木正成くすのきまさしげ公をお祭りする「⛩湊川神社」が、一直線上に串呂しているのです!

    🟢この串呂は、後醍醐天皇の嫡皇孫の御名は三浦であると解釈致します。三浦芳聖が、後醍醐天皇の嫡皇孫であることを昭示している神風串呂です。
    南朝大忠臣「楠木正成公」奉斎の⛩湊川神社は、この串呂を守護し証明しているお宮です。

    【参照】お宮(神社)は串呂の守護神
    宮=ウ冠+呂・・・天(屋根)が串呂を守護している。
    ウ冠は、串呂を守護する天(神)とか雨を防ぐ家の屋根を表わす。
    例、空・宇宙・家・守

    この串呂は国土地理院発行の20万分の1の地勢図「京都及大阪」「和歌山」「伊勢」の3枚をつなぎ合わせれば確認できますので、皆さんも串呂を引いてみて下さい。

    国土地理院発行の地図は、全国の販売店で購入できますが、下記の地図センターでもオンラインで購入できます。

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    🟡御名(ごみょう、兵庫県宍粟市山崎町)

    御名(兵庫県宍粟市山崎町)は、「ごみょう」と読みます。この御名は国内二ケ所しかないユニークな地名で、名前を調査鑑定する串呂起点のひとつです。

    *兵庫県宍粟市山崎町御名 
    *福井県敦賀市御名

    御名といえば、戦前の教育を受けた方なら「御名ぎょめい御璽ぎょじ」という言葉を思い出す方がいるかと思います。その通りです。御名ぎょめいとは、天皇のお名前のことです。

    『御名御璽- Wikipedia』

    *御名御璽ぎょめいぎょじの御名は「おんな」とも訓読みします。
    *御名=ぎょめい=おんな=天皇の名(大辞泉)という意味です。

    串呂では、御所(行在所)や御陵をはじめとする串呂至点(鑑定対象)の名前を鑑定する重要串呂起点です。串呂は地文による皇統正史であるというのが原則です。

    🟡御おん(ご、ぎょ)は、天皇・皇室に関する事柄につけて敬意を表わす文字(御製、御物、崩御)です。

    串呂哲学でも同様で、御園、御幸、御陵、御子神、御所町、御所平、御祓山、御津町、御堂山、御殿山、御岳山、御冠山、御前崎、御弟子、御器所、御幸ヶ原、御在所山、御正体山、御麻生薗、御稜威ヶ原、などがあります。

    【参照】御名の詳細は下記を参照下さい
    御名の神風串呂

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    🟡湊川神社(みなとがわじんじゃ、兵庫県神戸市兵庫区多聞通)

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    兵庫県神戸市兵庫区多聞通(地図マピオン)

    南朝大忠臣・楠木正成公を祭神とする神戸の湊川神社は、この串呂の守護神です。

    祭神の楠木正成公のDNAも、婚姻を通じて三浦家に入っていますので、楠木正成公は三浦皇統家の遠祖(皇祖神)であります。

    「御名」ー「⛩湊川神社」ー「三浦」

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    三浦義勝五世の嫡孫、楠木正成六世の孫・三浦佐久姫(大宝天皇皇后)
      三浦義勝-義利-宗正-宗明-佐久姫
      楠木正成-正行-正光-正親-冬子-三浦佐久姫
    (加茂喜三著『富士〝隠れ南朝〟史』318頁 富士地方史料調査会)

    この「御名」-「三浦」の串呂の守護神として三浦皇統家の遠祖である楠木正成公を祭神とする湊川神社が串呂しているのは、深淵なる神経綸かみしくみ、神計かみはかりであると思います。

    🟡後醍醐天皇御陵(奈良県吉野郡吉野町吉野山)

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    後醍醐天皇塔尾陵

    後醍醐天皇塔尾陵とうのおのみささぎは、奈良県吉野郡吉野町吉野山1024 、塔尾山とおのおざん椿花院ちんかいん如意輪寺裏山にある。天皇の墓陵としては唯一北向き(北面)の御陵である。

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    後醍醐天皇

    後醍醐天皇については、「第270号」で述べましたので、初めての方はそちらをご覧ください。ここでは、明治維新・王政復古の原動力のひとつである後醍醐天皇の遺詔いしょう(御遺言ごゆいごん)をご紹介します。

    🟡天皇最期さいごの胸の鼓動が、かすかに聞こえるようですね。

    後醍醐天皇遺詔(現代仮名遣いに改めました。)
    主上しゅじょう苦しげなる御息おんいきを吐はかせ給いて、妻子さいし珍宝ちんぽう及王位きゅうおうい、臨命りんみょう終時じゅうじ不随者ふずいしゃ、是これ如来の金言きんげんにして、平生へいぜい朕ちんが心に有りし事なれば、秦しんの穆公ぼくこうが三良さんりょうを埋うずみ、始皇帝の宝玉を随したがえし事、一ひとつも朕ちんが心に取らず。只生々世々しょうじょうぜぜの妄念もうねんともなるべきは、朝敵を悉ことごとく亡ほろぼして、四海しかいを泰平たいへいせしめんと思う計ばかりなり。朕則ち早世の後のちは、第七の宮を天子の位に即つけ奉まつって、賢士けんし忠臣事を謀はかり、義貞義助が忠功ちゅうこうを賞して、子孫不義の行ないなくば、股肱ここうの臣として天下てんがを鎮しずむべし。之を思う故に、玉骨ぎょっこつはたとい南山の苔に埋うずもるとも魂魄こんぱくは常に北闕ほっけつの天を望まんと思う。若もし命めいを背そむき義を軽かろんぜば、君も継体けいたいの君に非あらず、臣も忠烈ちゅうれつの臣に非じ。」と、委細いさいに綸言りんげんを残されて、左の御手みてに法華経ほけきょうの五の巻まきを持たせ給い、右の御手には御剣おんつるぎを按あんじて、八月十六日の丑うしの剋こくに、遂ついに崩御ほうぎょ成りにけり。
    (「太平記」巻第二十一・先帝崩御ほうぎょの事)

    後醍醐天皇遺詔(現代語訳)
    主上(後醍醐天皇)は苦しそうな息を吐はかれて、「妻子、珍宝および王位は、霊界に持っていくことはできない、これは如来の金言であるが、平生私の心にあったことで、秦の穆公が三良詩を埋め、始皇帝が宝玉を(お墓に)持参したことは、私にはそのような思いは全然ない。ただ生々世々(永遠)に妄念となるであろうことは、朝敵を全て亡ぼして、四海(国内)を泰平せしめんと思うのみである。私の早世の後は、第七の宮を天子の位に即けまつり、賢士忠臣が相談し、(新田)義貞(脇屋)義助の忠功を褒ほめたたえ、子孫に不義の行いがなければ、股肱ここうの臣として天下を鎮しずめなさい。こうしたことを思えば、玉骨はたとえ南山の苔に埋まるとも、魂魄は常に北闕の天(北にある平安京)を望もうと思う。もしこの命令に背き義を軽視するなら、君も継体の君ではなく、臣も忠烈の臣ではない!」と、委細いさいに綸言りんげんを残されて、左手に法華経の五の巻を持たれ、右手を御剣おんつるぎにおいて、八月十六日の丑うしの刻(午前2時頃)に、遂に崩御なされました。

    【参照】
    *後醍醐天皇の神風串呂

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    🟡三浦(みうら、三重県北牟婁郡紀北町)

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    北牟婁郡紀北町「三浦」(地図マピオン)

    三重県北牟婁郡紀北町の三野瀬の三浦には、始神はじかみさくら広場、始神峠はじかみとうげ登り口、始神峠はじかみとうげ道、始神峠はじかみとうげ(熊野古道伊勢路=世界遺産)があるのです。

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    始神峠道(熊野古道伊勢路)より拝借

    紀北パーキング・始神(はじかみ)テラスがある所です。

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    紀北パーキング・始神テラス(三重県北牟婁郡紀北町三浦600番地)

    🟡串呂哲学では、始神(はじめがみ)は、「初代王」を表わす地文です。
    我が国の歴史で「始神(はじめがみ)」といえば、神武じんむ天皇と崇神すじん天皇を云います。

    【参照】下記は、いずれも「日本書紀」です。
    神武天皇
    始馭天下之天皇(はつくにしらすすめらみこと)
    崇神天皇
    御肇國天皇(はつくにしらすすめらみこと)


    此の「初代王」を表わす地文は、三重県度会わたらい郡南伊勢みなみいせ町始神はじかみがあり、この地文を串線する三浦芳聖の串呂が数本解明されています。

    🟡串呂哲学では、三浦芳聖は始神(はじめがみ)であるということです!


    前回の「第271号」でお知らせしたように「桓武平安王朝」は、南北朝戦争の後、室町政権が樹立されるや、北朝は武家方の毒牙に掛かって滅亡し、南朝は逃避行を続けた末に辛くも延命(身延)し、最後の大宝天皇は蒙塵もうじんの地・愛知県岡崎市牧平町大門へ隠棲いんせいし、三種の神器を地下深く埋蔵して天あめの岩戸籠いわとごもりをしたのです。

    【参照】大宝天皇

    三浦芳聖は、岩戸籠り中の神皇正統家を復興する為に、この世に派遣された五皇一体の八幡大明神であり、串呂主宰神(天照大御神)公認の始神(はじめがみ)であるということです。

    本来なら、三浦芳聖は、真日本国の初代王として国家を再建する運命だったのですが、キリストを十字架に掛けたユダヤ人の如き属国主義の愚かな政府指導者らによって敬遠され無視され、天与(神界伝法)の超能力を発揮する機会が与えられなかったのです。😭

    🔴キリストを十字架に掛けたユダヤ人の国は、その後どうなったでしょうか!

    ユダヤ人が救世主を十字架に掛けたという逸話が単なる聖書物語(story)であったとしても、多くの教訓きょうくんと示唆しさに富むお話ですね。

    本書の冒頭で述べた「日本は亡国の危機に瀕している!」という警句は単なる想定ではないということです。

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    🟡閑話休題「三野瀬の三浦」にもどります。

    さらに神秘的な事には、三野瀬の三浦と鈴島の間の海上を下記の三浦芳聖と野村鈴の結婚の串呂が通っているのです。

    🟠この串呂の方角度は、寸分違わず45度なのです!

    *運命の赤い糸・三浦芳聖結婚の神風串呂

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    【参照】「三浦」について

    まとめ

    「御名」-「⛩湊川神社」-「後醍醐天皇御陵」-「三浦」

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    🟢この串呂は、後醍醐天皇の嫡皇孫の御名は三浦であると解釈致します。

    三浦芳聖が、後醍醐天皇の嫡皇孫であることを昭示している神風串呂です。
    南朝大忠臣であり、三浦皇統家の遠祖のひとりである「楠木正成公」奉斎の⛩湊川神社は、この串呂を守護し証明しているお宮です。

    🟡南朝正統家は、三浦と称していることを昭示した縦横十字の神風串呂
    主要な地文「⭕印」が、ほぼ等間隔(等距離)に位置して構築されている。

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    三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章

    💖串呂の的確さに驚嘆いたしますね!😍

    串呂主宰神(伊勢神宮の神々)が、こうした串呂を構築するのに、どんなに苦心されたかは想像を絶する世界です。とうてい人間の力の及ぶところではありません。まさに神風串呂です。

    直観力の優れた方なら、もうこの串呂を見ただけで、日本の本質は神国であり、この串呂を構築された皇祖神の存在を認識できると思います。ぜひ、国土地理院発行の20万分の1の地勢図をつなぎ合わせて、実際にご確認いただきたいと思います。

    皇祖神の存在を認識したなら、行動しなければなりません。目先の欲得で行動していると、無辜むこの民が塗炭とたんの苦しみに沈潜ちんせんしなければならないような群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代に舞い戻ってしまいます。

    🔴日本国再建のため、いますぐ霊戦を開始しましょう!


    参考資料
    三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(神風串呂講究所/1970年)
    三浦芳聖『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版(串呂哲学研究会)
    藤原丸山『南朝正統皇位継承論』(南朝史学会/1988年新版)
    藤原石山『三河に於ける長慶天皇伝説考』(南朝史学会/1979年)


    💖串呂は、実に神秘的に構築されている神道皇霊学であり、地図上ではありますが、視覚により実際に認識できる明確な世界であることが特徴です。
    💝信念や想像の世界ではないと言う事です。



    串呂クシロ(かんろ)とは

    串呂クシロ(かんろ)とは、元伊勢伝承で皇祖神が各地を行脚しながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。

    元伊勢クシロは、皇城守護の結界のことだと言われていますが、その結界とは、神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)のことだったのです。串呂は、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。

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    神風クシロ(串呂)は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、神国日本再建のために皇祖神によって構築されました。

    地名(地文ちもん)に秘められた天地神明の啓示を解明する学問が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神からの神妙なる息吹を体感体得することができるでしょう!

    串呂主宰神(伊勢神宮の大神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学び、天照大御神の御霊代みたましろである神宝(御鏡)を、富士山麓に奉遷ほうせんして同床共殿にお祭りすれば、いま危機に瀕ひんしている「日本国」を救済する道を切り開き、天佑神助により日本民族本来の力を発揮出来ると確信しています。

    神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、群雄割拠の戦国時代(120年以上)に無辜むこの民が味わった塗炭とたんの苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。



    🟡神風串呂を学びましょう!

    🟡バックナンバー(総合)


    🟣情報拡散のお願い
    神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
    🌷この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が解明した神風串呂の紹介記事です。

    三浦芳聖師が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

    🌷串呂主宰神 天照大御神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の皇統を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。

    ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

    2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

    🌷神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

    神風串呂の主宰神は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
    一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。


    🟡祈り
    全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします!
    💌イエローハットの創業者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の
    相談役でもある鍵山秀三郎氏の言葉
    国民一人ひとりが、自分にとって、もしくは誰にとってよいかどうかではなく、本当に何が正しいかどうかを考えて行動するようになれば、どんな問題も解決できるでしょう。
    あなた方の議論はすべてどちらが正しいかという議論ばかりで、何が正しいかという議論を聞いたことがない。泥棒と詐欺師どちらが正しいかという議論をして、どちらが勝ったという結論を聞かされても、私から見ると意味がない。

    🟡前号(№270) 
    「大明見」-地文学への招待
    🟢次号(№272)
    「始神」-地文学への招待


    出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。


    著者 鈴木超世志のプロフィール
    中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
    串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ74才。
    串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
    著 書
    「神風串呂入門」
    「ここまで解った元伊勢伝承」
    「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
    「天照大御神の子育て 御子 三浦芳聖 の教導録 青春編」
    など多数
    ブログ
    串呂哲学研究ノート
    *******************
    🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
    串呂哲学研究会 鈴木超世志
    ブ ロ グ 串呂哲学研究会
    メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
    *******************

     
     
     
    青年時代に、神皇正統家に極秘で伝承された神風串呂を学ぶ神縁に恵まれ、爾来、細々と串呂哲学の研究を実施して参りました一学徒です。神風串呂を紹介しながら、日本神界の神経綸(かみしくみ)を研究考察して参ります。一人でも多くの方々に串呂哲学の存在を知って頂ければ望外の喜びです。

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