
🎀皇統の行方を重ねて立証!新串呂解明12-⛩元伊勢内宮と石鏡町との神風串呂
はじめに
三重県鳥羽市の石鏡町(いじかちょう)の地名の由来について、地元の「いじか荘」のHPに、下記のように出ていますので転載させて頂きました。

🌷石鏡(いじか)町名前のいわれ
以前は島の中央に円形の洞窟があり、その穴の方向が、ちょうど石鏡の里と、太陽の昇る線上にあり、洞窟から朝日を拝む事ができました。
古来、倭姫命(やまとひめのみこと)が、志摩地方から伊勢へ帰る途中、この洞窟が日の光を帯びて、まるで鏡のように見えた事から、石鏡(いじか)と呼ぶようになりました。
この神々しさ故に、人々の崇拝の対象であり、身の清らかなものでしか、上島をゆるされなかったほどでした。
円形だった洞窟は、伊勢湾台風の影響で頭部を破損し、船の座礁により、左の石柱をなくしてしまったため、現在は昔の面影はありません。
上記の記事により「石鏡(いじか)」という地名は、「倭姫命が、志摩地方から伊勢へ帰る途中」に命名されたということが判明しました。🌷🌈💯💟🎀😂
串呂(地文)の構築は、極秘で行われていましたので、倭姫命が、ご存じであったかどうかは分かりませんが、天照大御神(神宝御鏡)の御杖代として各地を巡行していたのは、元伊勢クシロ(神風串呂)の構築(地文の設定)であったことは既に述べました。
🟡元伊勢クシロは神風クシロ
元伊勢伝承の皇祖神・天照大御神の各地巡行は、神風クシロ構築の旅であり、各地の産土神(地霊)に神風クシロ構築計画への協力を呼び掛ける遊説であった。元伊勢クシロは神風クシロである。天照大御神が、伊勢にお鎮まりになったのは、串呂の超重要起点(基点・根拠地)をここに置くためだった!
今号は、「⛩元伊勢内宮と三重県鳥羽市の石鏡町とを結ぶ串呂」を研究したところ、天地神明の御教導により、⛩元伊勢内宮を起点とした、神秘的かつ驚異的な新串呂が解明されました。

【参照】
🟠「石鏡(いじか)町名前のいわれ」
🟢石鏡について| 石鏡旅館組合 (ijika.com)
🟡石鏡からの海の眺め「鳥羽市石鏡町(いじかちょう)を知る」
💟⛩元伊勢内宮と石鏡町との神風串呂
1、串呂起点と串呂至点
三浦芳聖師が「⛩皇大神宮内宮と石鏡町とを結ぶ串呂」を解明されましたので、今号は、「⛩元伊勢内宮と石鏡町とを結ぶ新串呂」を研究しました。
(1)⛩元伊勢内宮皇大神社(串呂起点)
串呂起点の元伊勢内宮については、「新発見-⛩元伊勢内宮と⛩皇大神宮内宮の神風串呂!」を参照してください。
以下「⛩元伊勢内宮皇大神社」は「⛩元伊勢内宮」と表記します。
新串呂解明シリーズのバックナンバーは下記でご覧いただけます。
🟢⛩元伊勢内宮皇大神社の神風串呂

(2)石鏡町(串呂至点)
石鏡町(いじかちょう、三重県鳥羽市)は、天照大御神の御霊代(御神体)である「神鏡」を表わす地名です。
例によって、石鏡町は日本国内唯一の地名です!
串呂哲学では「石鏡町」は、下記の串呂図をご覧いただければお分かりのように、天照大御神の御神体である「神鏡」すなわち、天孫降臨時にアメノニニギノミコトにお授けになったと伝承される「宝鏡」を表わす地文です。

この「石鏡町」は、三種の神器を天窓に捧げて高御座に就いた神武天皇(神倭皇朝)の王権・皇統の象徴かつ神源である「神鏡」を表わす地文です。
前号で、三浦芳聖師が解明された「神鏡は石鏡であった事を昭示する-⛩皇大神宮内宮と⛩橿原神宮の神風串呂」をご紹介しましたが、「石鏡町」で表わされる「神鏡」とは、豊葦原の瑞穂の国の神皇(天子)の王権・皇統の象徴であり神源でありました。
天照大御神の御神体=神鏡=王権の象徴・神源

元伊勢クシロ構築のために各地を巡廻したあと、天照大御神(神鏡)が、都を遠く離れた伊勢地方にお鎮まりになったのは、海外からの侵略政権(崇神王朝)による神器奉遷という暴挙を許し給わず、この神鏡(天照大御神)をはじめとする三種の神器をヤマト王朝の「王権・皇統の象徴・神源」とすることを拒否なさったからであります。

崇神王朝は、祭祀権を掌握するため、富士山麓から三種の神器を奉遷して宮中に置こうとしたのですが、神々の祟りがあったため、その神威に恐れおののき、三種の神器を宮中から外へ奉遷し、形代を製造して真器の代わりとしたのであります。(三輪義熈「神皇紀」)
✅ですから、崇神天皇以降、今日に到るまで、天照大御神の「神鏡」を天窓に捧げて高御座に就いた大王(天皇)は、一人としていないのであります。🟩🟧🟨
今号は、「⛩元伊勢内宮」と鳥羽市の「石鏡町」とを結ぶ串呂を研究して、「石鏡」に象徴される「王権・皇統」の行方を探求して見ました。
【参照】
🟣石鏡町(三重県鳥羽市)
2、この神風串呂の要諦
早速、「⛩元伊勢内宮」と「石鏡町」とを結んで南北に延長してみました。
すると、まことに神秘的かつ驚異的なことに、兵庫県豊岡市竹野町草飼の「⛩鏡宮神社」、京都府綾部市上八田町の「鏡石」、仝府福知山市大江町の「三河」、滋賀県大津市の「鏡が浜」をピシンと串呂していました。
北西から南東方向へ
「⛩鏡宮神社」-「⛩元伊勢内宮」-「鏡石」-「三河」-「鏡が浜」-「石鏡町」
✅ 鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴- の 超特級 絶対確証の神風串呂です!
長年串呂の研究をやっていますが、いまだかって、このような「鏡四串」という高貴にして明解な神風串呂を拝見した事はありません!
🟣「鏡」に象徴される「皇統」の行方は三河(地方)にある!
往昔、橿原の宮に於て、石鏡(三種の神器)を天窓に捧げて高御座に就かれた神武天皇の皇統の行方は、三河地方にある!と解読できます。
この石鏡に象徴される神武天皇(神倭皇朝)の皇統は「鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-」の超特級 絶対確証の神風串呂を以って、三河地方にあると昭示されているのです。
🔴新発見です!㊗💯😍🥰😊
*この串呂の要諦です。
*地文をよく吟味してください!
*私自身、驚いています!
この「皇統の行方は三河地方にある」件については、すでに三浦芳聖師が解明しておられますので、復習したいと思います。
🔴神武天皇の「皇統」の行方は三河(地方)にある!
三浦芳聖師が解明した下記の串呂図にあるように、神武天皇に始まる神倭皇朝の大統(大登)の行方を昭示する神風串呂は、松良天皇御陵(現在、三浦芳聖師の眠る三浦家墓地・八幡大明神)のある三河地方を横断して串呂しています。


串呂線上の由良(よしなが)は、三浦皇統家を表わす地文です。
由良=よしなが=吉永=三浦皇統家=美良(大宝天皇)
串呂線上の河合は、三浦芳聖師の母方の姓であります。これと符節を合わせるかのように、神武天皇の母神(玉依姫)を祭神とする下賀茂神社境内にあるお宮を河合神社といいます。
三浦芳聖師の母方の姓・・・河合家(岡崎市明見町田代)
尊良天皇の第二皇子の嫡皇孫。
🟣河合元子(三浦芳聖の母)
神武天皇の母神・・・河合神社(祭神・玉依姫)
🟢タマヨリビメ (日向神話) - Wikipedia

河合神社は現在、下鴨神社の第一摂社ですが、かつては独立した神社で、
鎮座されたのは神武天皇の御代(BC 660~BC 585年)と伝わる由緒深いお社です。

上記の串呂図の「石鏡町」は、三種の神器を天窓に捧げて高御座に就いた王権・皇統の象徴かつ神源の「神鏡」を表わす地文です。
この石鏡に象徴される神武天皇(神倭皇朝)の皇統は「鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-」の串呂を以って、三河地方にあるという串呂です。
🟡神倭皇朝の皇統は三河にある!
「神武天皇御陵」-「三河地方」-「大登(大統)」
✅串呂世界は、実に大様で悠然としています。🌷🌷🌷
✅地文を取上げる精度は、これ位、大まかで良いという事です!🌷🌷🌷
✅地図の縮尺で言ったら、100万分の1程度でいいのです!🌷🌷🌷
実際、大宝天皇の蒙塵の地「岡崎市牧平町」も、松良天皇の卍大通寺薬師堂や御陵のある御油町も、三浦芳聖師の道場のあった豊川市諏訪二丁目も、三河吉野朝の御所のあった御津町も、全部「三河地方」です。
【参照】古典に見る鏡についての記録
この鏡はもはら我が御魂として、吾が前を拝くがごとく斎きまつれ。(古事記)
この神勅⬆⬆⬆の大意は「この鏡をわたし(天照大御神)だと思い大切にまつりなさい。」です。
吾が児、此の宝鏡を視まさむこと、当に吾を視るがごとくすべし。與に床を同じくし、殿をひとつにして、斎鏡と為すべし。(日本書紀)
この神勅⬆⬆⬆の大意は、「この鏡は、わたし(天照大御神)だと思って、同床共殿に奉斎しなさい」です。
3、重要地文解説
例によって、この串呂線上の地文を詳細に調べて見た所、この串呂の主旨に合う的確な地文が多数串線していました。
⛩鏡宮神社-天長の湧き水-金蔵寺城跡-大田和城跡-⛩元伊勢内宮-🟢三河-卍長松寺-上大門-宮ノ岡-宮ノ下-鏡石-由良川-賀茂川-市原町-卍実相院-西明寺山-東山-鏡が浜-大鳥居町-卍寶国寺-⛩平木天王社-明神町-小松-神前海岸-日和山展望台-石鏡町
WEB地図のお蔭で地図の細部まで分かるようになりましたので、地文を取上げる精度は、縮尺20万分の1の地図以上のかなり厳格なものです!
総ての地文を取上げると煩雑になりますので、重要と思われる地文を厳選して取上げました。
神武天皇の皇統の行方は三河にある!というこの神風串呂の要諦で考察した主旨に基づいて地文の解説を試みたいと思います。
(1)⛩鏡宮神社(かがみのみやじんじゃ)
兵庫県豊岡市竹野町草飼
鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-
祭神 石凝姫命(イシコリドメノミコト)
村社 鏡宮神社 - (kojiyama.net)
⛩鏡宮神社|兵庫県豊岡市 - 八百万の神 (yaokami.jp)

(2)天長の湧き水(てんちょうのわきみず)
京丹後市久美浜町栃谷
天長地久の天長。天長=天皇表わす。
昭和23年(1948年)までは、天皇誕生日を天長節と言いました。
天長節とは? - goo国語辞書
(3)金蔵寺城跡(こんぞうじじょうあと)
兵庫県豊岡市但東町虫生
金蔵寺城は虫生集落の東方に聳える標高390m程の山に築かれている。金蔵寺城は大きな山岳寺院が城砦化したものである。 山頂の南側の谷間には塔跡などが残る伽藍跡が残り、石積や井戸、池跡などが残されている。また、尾根の北東側山腹にも同じく平段が連なっている。
🟡金は最上の金属で、この串呂を最上・最高のものと称え装飾している。
【参照】串呂哲学の最上を表わす地文
御位・・・・高御位山(高御座、皇位)
織物・・・・絹(⛩絹掛神社)
花卉・・・・・牡丹(京丸牡丹)
柑橘類・・・橘(たちばな)
動物・・・・獅子(ライオン)
(4)大田和城跡(おおたわじょうあと)
京都府与謝郡与謝野町滝
富士大宮司の「大多和氏」を表わす。
大多和義勝=三浦義勝(三浦佐久姫の先祖)
(5)⛩元伊勢内宮
京都府福知山市大江町
既出
祭神 天照大御神
三種の神器 駐留 四年間

(6)三河(そうご)
京都府福知山市大江町
愛知県三河地方を表わす。
「神武天皇の皇統の行方は三河にある!」ことについては、すでに述べましたので、ここでは省略します。
「丹後国加佐郡旧語集」
定免七ツ二分
三河村
高百三拾六石九斗四升 内六斗万定引 七石御用捨高
明見卜云大成石弐ツ
実は、愛知県岡崎市に「明見町」という地区があり、尊良天皇を太子として隠祀した「伝正院」があり、そのすぐ傍に尊良天皇の第二皇子「基良親王」の嫡皇孫「河合家」が現存しています。
また、この「三河」は、天照大御神(神鏡)の大江町駐留中に構築された地名(地文)と拝察いたします。(1700年前の4世紀初頭の事です。)
神皇正統第百代「大宝天皇」が、愛知県岡崎市切越町に隠棲されたのは、永享10年(1438年)のことですから、天照大御神の串呂計画は、どんなに少なく見積っても、その「1100年以上前」に設計完了になっていた事が分かります。
まことに悠久遠大なる天照大御神の串呂計画のまにまに、我が国の歴史は進展して参ったのであります!(神風串呂史観)
(7)卍長松寺(ちょうしょうじ)
京都府綾部市坊口町林
長松=松長=まつなが=松良(天皇)を表わす。
🟣松良天皇(正良) (№79)
🟡神皇正統三浦皇統家略系図

(8)上大門(かみだいもん)
京都府綾部市向田町
大門(だいもん)は、「おおみかど」と解読します。大御門(おおみかど)=大帝(おおみかど)=天皇(または皇居)という意味と解釈します。
(9)宮ノ岡(みやのおか)
(東部)
京都府綾部市篠田町
(あ)宮=皇室、皇族
(い)宮=串呂の守護者(屋根)
宮=ウ冠+呂
ウ冠=屋根 例、家・牢
呂=串呂
(10)宮ノ下(みやのした)
京都府綾部市篠田町下岡
宮下=富士大宮司=三浦皇統家
(11)鏡石(かがみいし)
京都府綾部市上八田町
鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-
石鏡に同じ。
(12)由良川(ゆらがわ)
京都府船井郡京丹波町長瀬
由良=よしなが=吉永=美良
串呂線上の由良(よしなが)は、三浦皇統家を表わす地文です。
由良=よしなが=吉永=三浦皇統家=美良(大宝天皇)
(13)賀茂川(かもがわ)
京都市北区雲ケ畑出谷町上賀茂十三石山
*古都(京都)の象徴
*神武天皇と賀茂川の関係について
神武天皇の母神「玉依姫」を祭神とする河合神社は賀茂川沿いにある。
下記の神武天皇御陵の神風串呂にも「賀茂野宮」が出ている。

(14)市原町(いちはらちょう)
京都府京都市左京区静市
皇統の神源・天照大御神を表わす。
市=大市毘女(天照大御神の幼名)であることは、下記の神風串呂で考察済みです。原=源(みなもと)。
🟡神皇紀の記録を立証!新串呂解明3-⛩元伊勢内宮と〽御正体山の神風串呂
(15)卍実相院(じっそういん)
京都市左京区岩倉上蔵町
実相=真実
神武天皇の皇統の行方の実相は「三河」にある。
(16)西明寺山(さいみょうじやま/地名)
京都市左京区上高野
大宝天皇に関連した寺院名
大宝山西明寺(愛知県豊川市八幡町寺前)に大宝天皇が納めたという松良天皇の御位牌があった。(現在は別の場所で保管中)
西明寺 (豊川市) - Wikipedia
(17)東山(ひがしやま)
京都市左京区上高野東山
後醍醐天皇第一皇子「尊良天皇」の贈り名です。
🟡神皇正統三浦皇統家略系図

東山天皇については、下記を参照下さい。
🟣東山天皇(尊良)
(18)鏡が浜(かがみがはま)
滋賀県大津市
鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-
石鏡に同じ。
(19)大鳥居町(おおとりいちょう)
滋賀県大津市上田上
大鳥居三串 -🔴-🔴-🔴- の神風串呂の大鳥居です。
(20)卍寶国寺(ほうこくじ)
滋賀県甲賀市信楽町黄瀬
宝国=国宝=三種の神宝=神鏡
(21)⛩平木天王社(ひらぎてんのうしゃ)
三重県津市美里町平木
天王=天皇
(22)明神町(みょうじんちょう)
三重県津市久居
明神=あきつかみ=天皇
(23)小松(こまつ)
三重県津市香良洲町
小松天皇を表わす。

(24)神前海岸
三重県伊勢市二見町松下
この串呂への敬称。御前崎に同じ。

(25)日和山展望台
三重県鳥羽市鳥羽
日和=快晴=太陽=天照
天照大御神の御構築になった「神風串呂」を展望する!

(26)石鏡町(いじかちょう)
三重県鳥羽市
鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-
石鏡町(いじかちょう、三重県鳥羽市)は、天照大御神の御霊代(御神体)である「神鏡」を表わす地名です。
例によって、石鏡町は日本国内唯一の地名です!
石鏡は、三種の神宝のひとつである「神鏡」が、元来は石で作られていたことを如実に示していると思います。それは、石凝姥(いしこりどめ)命が、鏡作連(かがみづくりのむらじ)らの祖とされることからも伺われます。
古典には、この「神鏡」は、天岩屋に身を隠した天照大神を天岩屋からお出まし願うために、「いしこりどめのみこと」(石凝姥命・日本書紀、伊斯許理度売命・古事記)が作ったと書かれています。
この「神鏡」は、一説には、石を磨いて作った「石鏡」とする説。また一説には、石の鋳型を使って鋳造した銅鏡であるとする説などがありますが、この串呂によって石鏡であったという説が有力になったわけです。
4、結語
⛩鏡宮神社-天長の湧き水-金蔵寺城跡-大田和城跡-⛩元伊勢内宮-🟢三河-卍長松寺-上大門-宮ノ岡-宮ノ下-鏡石-由良川-賀茂川-市原町-卍実相院-西明寺山-東山-鏡が浜-大鳥居町-卍寶国寺-⛩平木天王社-明神町-小松-神前海岸-日和山展望台-石鏡町
串呂主宰神「天照大御神」は、鏡 四串 -🔴-🔴-🔴-🔴-の 超特級 絶対確証の神風串呂を以て、神武天皇の皇統は三河にあることを昭示され、このような多くの的確なる地文をご用意下さっていることに感激しています。
私の様な末弟子が、すでに12本もの新串呂を解明することが出来ましたが、これは串呂主宰神が、三浦芳聖師の御降誕120周年のお祝い用に解明するよう、ご用意下さった串呂ではないかと拝察しています。
さらに先日、「令和 神道 山河一新 龍の会」の東 三十八神社宮司から、来たる 2024年6月23日(日)午後、京都府相楽郡精華町に於て、神風串呂セミナーを開催したいと、山河一新 龍の会 主催の「斎元道学会セミナー」への出講のご依頼がありまして、お断りすることが出来ず、お引き受けすることになりました。
会場が、収容人員30名程のセミナールームであることと、遠方の参加希望者のために、ズーム視聴を取り入れてのオンラインセミナーを準備中だそうです。
三浦芳聖師の御降誕120周年の記念の年に、神風串呂セミナーを開催して頂けるとは、身に余る光栄と串呂主宰神に感謝して新串呂解明に取り組んでいるこの頃です!
💟皆様方の御支援に感謝しています!
🔴神風串呂を学びましょう!
💟串呂文庫
🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志著)
💟開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道
🎀串呂文庫 コピーサービスのお知らせ(🌷新着)
🟡バックナンバー(総合)
🟠情報拡散のお願い
この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。
三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。
串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。
ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!
2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。
神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。
神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!
一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。
神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
🟡前号(№395)
神武天皇の神風串呂
🟢次号(№397)
神倭皇朝継嗣の御名を明示!新串呂解明13-元伊勢内宮と菟田野大神との神風串呂
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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