💟聖岳と皇居を貫く神風串呂③——政治中枢のルーツを表わす地文群

🎀串呂哲学研究ノート 第550号
日本の政治中枢のルーツが、神風串呂によって明らかになった。
神武天皇も、崇神天皇も、仁徳天皇も、海外からやって来た渡来人であることが地文の上に明記されていた。
今号は、政治中枢のルーツを表わす串呂を公開します。
地名はうそを言いません!

🔶ご案内
本稿は「あの戦争は八百長だった」シリーズ第八回です。
初めての方は、まず前号をご覧ください。
第543号:敵はリングの外にいた
第544号:三本の串呂が示す国家の深層構造
第545号:鵺代構造と日航123便墜落事件
第546号:日航123便撃墜事件の全容を暴く
第547号:3本の串呂が示す日航123便事件の深層
第548号:聖岳と皇居を貫く神風串呂①ー皇統(政治中枢)を表わす地文群
第549号:聖岳と皇居を貫く神風串呂②ー政治中枢の正体を表わす地文群
🔶本稿は著者の研究視点に基づく考察です。
はじめに
前号の「政治中枢の正体を表わす神風串呂」でご紹介したように、日本国の政治中枢は、われわれ日本国民の生命財産を守ってくれる政府では無いようであります。

🔶鬼ノ身城跡→弓削→欲賀町→🔷蛭谷町→🟥大縄町→🔷蛭間町→⛰️聖岳→🟥与縄→👑皇居→🔶鬼高→🔶鬼越
🔶鬼の付いた地文 三串 -🔴-🔴-🔴-
🔷蛭の付いた地文 二串 -🔴-🔴-
🟥縄の付いた地文 二串 -🔴-🔴-
串呂は的確です。
では、一体なぜこのような串呂が構築されているのでしょうか。
そのこたえは、串呂主宰神・天照大御神の御意向(御神意)に反した事をしている政治中枢だからです。
日本の政治中枢は、伊勢神宮の神々を敬っているかのように装ってはいるものの、天照大御神の御意向(御神意)に従う気は全く有りません。
⛩️内宮ー三ヶ日町🐍鵺代ー神縄断層ー神縄ー熊坂ー⛰️高取山ー👑皇居ー旧 陸軍被服廠跡ー国府台ー利根町

串呂主宰神・天照大御神は、明治維新以降の政治中枢に対し、🐍鵺代(鵺のような正体不明の御代)、熊坂、⛰️高取山、利根町と断定遊ばされています。
熊坂は、人間を襲う恐ろしい存在であることを示します。若い女性たちを東南アジアへ売り飛ばした からゆきさん事件 がこの好例です。その他、広島・長崎の原爆は日本の正規軍による地上起爆であり、全国の都市を焼き上げた 空襲を装った国民殺戮事件また同じ。最近では多くの人々が死亡したり病気になっている毒入りのコロナワクチン摂取を挙げることが出来ます。
⛰️高取山は、高い税金を搾り取る事を言いますが、まったく その通りになっています。世界一と言っても過言ではないような高額の税金を払わされています。
利根町は、利権をむさぼることや、労せずして巨利を得ることなど、利潤根源主義を言います。国民を被爆人体実験に使って、原爆の特許権をもっているという説も有ります。
今号は、この政治中枢のルーツについて考察いたします。
目 次
はじめに
⛰️聖岳と👑皇居を貫く神風串呂
3、政治中枢のルーツを表わす地文群
💕まとめ
🔶このほかの政治中枢のルーツをあらわす地文

⛰️聖岳と👑皇居を貫く神風串呂③――政治中枢のルーツを表わす地文群

3、政治中枢のルーツを表わす地文群
「政治中枢の正体を表わす神風串呂」は、実に的確であるという事です。
では、一体なぜこのような恐ろしい状況になっているのでしょうか。この問題を解くヒントのひとつが、政治中枢のルーツです。
政治中枢で活躍している人々は、海外からやって来た渡来人の末裔であるという事です。その一つの状況証拠が庶民という言葉です。
庶子とは、正妻以外の女性から生まれた子供、すなわち嫡出でない子供を指す言葉ですから、庶民とは、嫡民(正民)でない国民を指す言葉となります。
嫡民・・・海外からやって来た征服者(皇族・貴族・高位高官)
庶民・・・もともと日本にいた土着民(被征服者・無位無官)
庶民という言葉自体が差別用語であり、征服者から家畜以下の扱いをされてきた証拠です。
これまで串呂で日本の政治中枢のルーツについて研究したのは、「明治天皇大室寅之祐説」、古代史では「崇神天皇 扶余王 依羅説」、中世では「貞成親王 足利義満 御落胤説」が主なものです。
興味深いことに、この「⛰️聖岳と👑皇居を貫く神風串呂」には、日本の政治中枢のルーツを示すと思われる地文がたくさん配置されています。
代表的な地文を取り上げます。
①百済寺町
(ひゃくさいじちょう/滋賀県東近江市)
皇室のルーツをあらわす。
百済寺町は、朝鮮半島経由で渡来したことを示すと思われます。
百済寺町→⛰️聖岳→👑皇居
ほぼ等距離
百済寺町→⛰️聖岳・・・167.9km
⛰️聖岳→👑皇居・・・・148.8km
この串呂には、もうひとつ朝鮮半島経由で渡来したことを示す地文が配置されています。唐崎(からさき/滋賀県大津市)です。唐(から)は、中国と解釈できますが、朝鮮半島と解釈しています。
唐崎→百済寺町→⛰️聖岳→👑皇居
最新の研究では、下記の説が有力視されています。
崇神天皇の出自は扶余(依羅王)
応神天皇は南百済(ミチュホル)
仁徳天皇は高句麗(広開土王)
―― 古代日本は他国と同様、易姓革命の連続でした。
鹿島曻氏の研究では、日本の皇統史の一部には、新羅と百済の王統史が記載されていることを発見し「古代日本の皇統史は朝鮮半島の王統史の焼き直しである」と看破されました。大化の改新が新羅史の焼き直し(借史)であることは、その象徴的な一例であります。

日本の政治中枢は、海外からやって来た渡来人政権の継承者(末裔)であるので、平気で庶民を家畜以下に扱えるのではないかという疑惑が存在しているのです。
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【参照】広陵町と古代天皇陵との神風串呂
奈良県北葛城郡広陵町は、文字通り「広陵」(巨大古墳)を示す地文です。
国内唯一の地名です。
まことに興味深いことに、神風串呂の最大・最高の一大拠点である⛩️内宮と広陵町の北端と⛩️内宮と広陵町の南端を結んだ区域内に、奈良県の纏向地区や大阪府の河内地区、岡山県の古墳群が位置しており、古代古墳が集中して存在するのです。
しかも「全長200メートル以上の大規模古墳一覧」の中の、上位11傑(計12古墳)中の10古墳が、この区域内にあるのです!
下記の左の赤線で囲まれた区域が広陵町(奈良県北葛城郡)です。

下記は⛩️内宮と広陵町の北端と南端を結んだ区域内に纒向地区のほとんどが含まれることを示した地図です。

広陵町の東側は纒向地区
下記は⛩️内宮と広陵町の北端と南端を結んだ区域内にある岡山県の古墳の分布図です。

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🔷この古代古墳を示す広陵町(奈良県北葛城郡)の南東部の「百済/くだら」を貫通する串呂を調べたところ、下記に掲げた 皇陵と思われる 古代古墳の神風串呂上に 配置されていました。
(1)神武天皇
🔴百済(広陵町)―大王神武真陵(⛩️桜井茶臼山古墳)―大王町(志摩市)
(2)崇神天皇
🔴百済(広陵町)―崇神天皇陵(⛩️行燈山古墳)―⛰️御正体山
(3)応神天皇
応神天皇御陵(⛩️誉田御廟山古墳)-🔴百済(広陵町)―⛩️内宮
(4)仁徳天皇
仁徳天皇(⛩️大仙陵古墳)-🔴百済(広陵町)―⛩️内宮
こうした結果から、古代天皇のルーツは、朝鮮半島(百済)を経由してやって来たと推定されるのであります。
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②萩原
(はいばら/広島県三原市大和町)
「萩(はぎ)がもと(原点)である」と解釈します。
萩原→唐崎→百済寺町→⛰️聖岳→👑皇居
ほぼ等距離
萩原→百済寺町・・・314.5km
百済寺町→皇居・・・316.5km

東京王朝の初代王・明治天皇の遠祖「光良親王」(みつながしんのう/西暦1402年/壬午年/生まれ)は、愛知県豊川市萩町から山口県萩市へ移住した事が判明しています。

三浦芳聖師によると、松良天皇(まつなが てんのう)が隠棲していた三州萩から長州萩へ移住したことが判明しています。
松良天皇 第四皇子「光良親王」が大江氏に奉戴され、大内氏を頼って長州へ落ちて行き、出身地を忘れないため長州の方も萩と名づけたことや、3年に一回は連絡をとりあっていたというのです。
(三浦芳聖著『神風串呂』第140号1~2頁要約、1967年7月2日発行)
🔶この事蹟を記念するために
山口県の移住先に「萩」と命名したというのです。移住した時期は1409年(応永16年)または翌1410年頃と思われます。
🔴二つの「萩」を結んで概観した神風串呂です。
光良親王が、豊川市の萩町から山口県萩市へ移住したというのですから、この二つの萩を結んでみました。
案の定、三浦芳聖師の著書にある「南朝 松良天皇の第四皇子が、愛知県豊川市萩町から山口県萩市へ移住した事」を示す地文が配置されていました。下記は、その中の重要地文を取り出したものです。
◎萩市役所→天皇原(バス停)→王子町→四宮→南山城村→萩町

🔶この二つの「萩」を結んだ詳細な串呂が公開されています。
💟松良天皇、三州萩村に隠棲-南朝正統皇位継承論15
💕まとめ

萩原→唐崎→百済寺町→⛰️聖岳→👑皇居
我が国の政治中枢のルーツは、朝鮮半島経由でやって来た渡来王朝であることを示す「唐崎」「百済寺町」が配置されています。具体的には、扶余、百済、高句麗、新羅、中国などを指すものと思われます。
また、東京の明治王朝の原点は、「萩」からということを示す「萩原」が配置されています。これは明治天皇の遠祖・光良親王(松良天皇の第四皇子)が、愛知県豊川市萩町から山口県萩市へ移住した事蹟を示しています。
二つの萩を結んだ所、天皇原、王子町、四宮、南山城村などが配置されています。
本稿で取り上げた「萩原」「唐崎」「百済寺町」は、それぞれ異なる歴史的背景を連想させる地文ですが、いずれも聖岳と皇居を結ぶ神風串呂上に配置されている点が注目されます。
串呂哲学の立場から見ると、これらの地文は単なる地名の一致ではなく、政治中枢の形成過程や系譜を象徴的に示す重要な手掛かりであると考えられます。
これらの地文群が偶然なのか、それとも歴史の深層を映し出したものなのか。その判断は読者諸賢に委ねつつ、今後も神風串呂が示す歴史の謎を検証して参りたいと思います。
🔶このほかの政治中枢のルーツをあらわす地文
❇️萩原(はいばら/広島県三原市大和町)
愛知県豊川市萩町(松良天皇の隠棲地)
山口県萩市
❇️賀茂(かも/広島県世羅郡世羅町)
加茂氏
❇️秦(はだ/岡山県総社市)
秦氏
❇️吉宗(よしむね/岡山県岡山市北区)
宗良親王
❇️南方(みなみがた/岡山県岡山市東区瀬戸町)
南朝・明治維新南朝革命説
❇️吉野(よしの/大阪府豊能郡能勢町)
後醍醐天皇
❇️卍天龍寺(てんりゅうじ/京都市右京区嵯峨天龍寺)
後醍醐天皇
❇️⛩️河合神社(かわいじんじゃ/京都市左京区下鴨泉川町)
神武天皇の母
❇️唐崎(からさき/滋賀県大津市)
朝鮮半島経由で渡来したことを示す。
🔴百済寺町(ひゃくさいじちょう/滋賀県東近江市)
朝鮮半島経由で渡来したことを示す。
❇️藤原町(ふじわらちょう/三重県いなべ市)
藤原氏。
藤原丸山(彦人)は、明治天皇の分身分霊。
❇️吉根(きっこ/愛知県名古屋市守山区)
ルーツ。吉は吉野。
⭕⛰️聖岳(ひじりだけ/長野県飯田市)
天皇、皇居、政治中枢
❇️JR錦糸町駅(きんしちょうえき/東京都墨田区錦糸)
金枝玉葉
⭕皇居(東京都千代田区)
天皇、政治中枢
❇️小松川(東京都江戸川区)
小松天皇(興良)
【参照】
「あの戦争は八百長だった」シリーズで ご紹介した 鵺代構造の串呂を まとめますと 下記のようになります。⭕印は起点と至点を示します。
(1)⭕⛩️内宮ー🐍鵺代ー神縄断層ー神縄ー熊坂ー⭕👑皇居ー旧 陸軍被服廠跡ー国府台ー利根町
(2)⭕⛩️元伊勢内宮―⛩️大呂神社―⭕政所町―🐍鵺代ー国府台ー洋望台
(3)府中町―粟生町― ⭕政所町―三日月峠―⛩️明治神宮― ⭕👑皇居
(4)⭕🐍鵺代―⛰️聖岳―⛰️夜叉神峠―⛰️甘利山―⭕昇魂之碑―利根町根利(群馬県)―利府町
(5)御供田町—弓取町—蛇喰—利賀村—猟師ケ原—打保—⛰️抜戸岳—⛰️大蛇倉山—⭕昇魂之碑—大除沢—大血川—防衛省—英国大使館—⭕👑皇居—生実町—おゆみ野
(6)鬼ノ身城跡―弓削―欲賀町―蛭間町―蛭谷町―大縄町―⭕⛰️聖岳―与縄―⛩️明治神宮―⭕👑皇居―鬼高―鬼越
(7)萩原→唐崎→百済寺町→⛰️聖岳→👑皇居
🟥勇気あるメッセージ
泉大津市秘書広報課が投稿した動画「新型コロナウイルスに関する市長メッセージ(R8.9.30)」では、コロナワクチン接種後に死亡した国民が多数いる事例について、勇気あるメッセージを報じています。
🟥#日常を直せない政治はいらない
You Tuber エンドゥさんの最新号は「食品添加物」について、衆議院の第一議員会館の地下にある食堂のメニューに下記のように記載されてあると報じ、ハッシュタグ「#日常を直せない政治はいらない」で「X」に投稿する改革運動の方法を提案されています。
◎当店は、お客様の健康のため、また安心してご利用して頂けますよう、保存料・添加物などの発がん性物質を使用することなく、食材を厳選して提供させて頂いております。
🟡読者の皆様に!
【神風串呂】は、皇祖神・天照大御神が日本民族に授けられた、目に見える啓示であり、二千年の時を超えて今、私たちの前に顕れた「神の言葉」です。
このページに辿り着かれた貴方様とのご縁に、心より感謝申し上げます。 本記事は、天照大御神の御神意を体現し、地上に遣わされた神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師が創始された「串呂哲学(神風串呂)」の真髄をお伝えするものです。
『神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言』が明かすように、我が国が「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と仰ぐ王政」を未来に継承したいと願うならば、皇祖神の御神意に添い奉る道を選ばねばなりません。 さもなくば、我々はこのまま異民族の支配に甘んじ、日本民族本来の尊厳と特性を失い続ける危機に直面し続けるでしょう。
神風串呂には、日本民族が進むべき道が明確に示されています。今こそ、真実に目覚め、御神意に立ち返る時です。 この情報を一人でも多くの方に届けるため、どうか拡散のご協力をお願い申し上げます。
なぜ天照大御神は、長きにわたり神風串呂を構築し、神皇正統家を顕彰されるのか? この問いに真摯に向き合い、串呂哲学の核心を学ぶことで、我々が今なすべき第一義が明らかになります。 そこにこそ、日本民族の再生と未来が懸かっているのです。
神風串呂、そしてそこに示された神皇正統家は、日本民族の魂の根幹であり、かけがえのない宝です。 二千年の歳月をかけて神風串呂を築かれた天照大御神の御心と、命を賭してその真理を解き明かされた三浦芳聖師のご労苦が、今こそ日本国と国民の幸せの礎となることを、心より願ってやみません。
🟡祈り
全世界の全人類が みな健康で 元気で明るく豊かで楽しく 心安らかな毎日を過ごし、霊的向上の道を歩み、この世に生まれて来た使命を全うし、大宇宙の進化と発展に寄与させて頂いておりますことに心から感謝いたします。
🟡神風串呂を学びましょう!
出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。
著者 鈴木超世志のプロフィール
中学一年満13才の時、神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖師に師事し爾来60年間、
串呂哲学(神風串呂)を研究して来た老学徒。1950年愛知県生れ76才。
串呂哲学研究家。串呂哲学研究会代表。神社本庁神主、元高校教諭。
著 書
「神風串呂入門」
「ここまで解った元伊勢伝承」
「開鏡の神風串呂-天の岩戸開きへの道」
「神性敬遠の二千年史-皇祖神からの伝言」
「天照大御神の子育て御子三浦芳聖の教導録青春編」
など多数
ブログ
串呂哲学研究ノート
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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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