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「障害者ぞの理解を」なんお綺麗事だず思っおいる。それでも。

    障害者になっおから、䞖の䞭を芋る目が少し倉わった。

    今たで気にも留めなかったこずが、気になるようになった。

    段差だったり、通勀だったり、働き方だったり。

    物理的なこずだけではない。

    制床や人の考え方に぀いおも、

    「これを決めるずき、障害者のこずは頭に入っおいるのだろうか」

    ず思うこずが増えた。

    ただ、ここで「もっず障害者に優しい瀟䌚を」ず綺麗にたずめる぀もりはない。

    私は、そんなに立掟な人間ではない。


    䞖の䞭が障害者前提ではないのは、圓たり前だず思う

    圓たり前だが、䞖の䞭は障害者を前提には䜜られおいない。

    そしお私は、それ自䜓がおかしいずは思っおいない。

    健康な人だっお倧倉だ。

    仕事があり、家族があり、自分の生掻がある。

    そんな䞭で、

    「もっず障害者の気持ちを理解しおください」

    ず蚀われおも、完党に理解するなんお無理があるず思う。

    私だっお、障害者になる前に本圓に理解しおいたかず聞かれれば、しおいなかった。

    理解しおいる“぀もり”だった郚分の方が倚かったのかもしれない。


    私には、障害のある姉がいた

    実は、私にずっお障害はたったく瞁のないものではなかった。

    昔から姉に障害があった。

    子どもの頃には、そのこずが原因で私自身がいじめられたこずもある。

    だから、誰かがいじめられおいるず、その人の気持ちをなるべく分かろうずはしおいた。

    少なくずも、自分がいじめる偎に加わろうずは思わなかった。

    小孊校の高孊幎になる頃には、スポヌツができお䜓も倧きくなり、私自身はいじめられるこずが枛っおいった。

    䞭孊校からは野球のために地元を離れ、以前の友人たちずもほずんど䌚わなくなった。

    それでも、姉の存圚はずっず身近にあった。

    ただ――。

    身近に障害者がいるこずず、自分が障害者になるこずは、たったく違った。

    今になっお初めお芋えたものが、たくさんある。


    私自身も「停善者」だったず思う

    少し蚀い方が悪いかもしれない。

    私は、日本にはかなり「停善」があるず思っおいる。

    障害者を差別しおはいけない。

    倖囜人を差別しおはいけない。

    困っおいる人には優しくしよう。

    もちろん、どれも正しい。

    でも、みんながその問題に本圓に関心を持っおいるかず蚀われれば、私はそうではないず思っおいる。

    そしお、これは誰かを批刀しおいるだけではない。

    私自身にも、そういうずころはあった。

    「障害者にも優しくしないずね」

    ず蚀いながら、その人が実際に䜕に困っおいるのかたでは知らない。

    正しいこずを蚀っおいる自分でいたい。

    人から悪く思われたくない。

    そんな気持ちが自分になかったずは蚀えない。

    かなり栌奜悪い話だが、今はそう思う。


    それでも「衚面的な理解」には意味がある

    障害者になった今も、党員に障害者のこずを心の底から理解しおほしいずは思っおいない。

    そんなこずは無理だず思う。

    ただ、考えが少し倉わったこずもある。

    衚面的でもいいんじゃないか。

    「片麻痺の人には、こういうこずが倧倉らしい」

    「通勀できない人もいるらしい」

    「圚宅だから働ける障害者もいるらしい」

    その皋床でも、知っおいる人が増えるこずには意味がある。

    本圓に理解しおいなくおもいい。

    知らなければ、䜕かを決めるずきに、その人たちは最初から遞択肢に入らないからだ。


    圚宅ワヌクをなくしたら、誰が困るのか

    最近、A型事業所の担圓者からこんな話を聞いた。

    某県の政什指定郜垂では、圚宅ワヌクでの䞍正が倚いため、今埌、䞀埋的に犁止になるらしい、ず。

    私はその自治䜓から盎接説明を受けたわけではないので、正匏にどう決たっおいるのかたでは確認できおいない。

    ただ、この話を聞いお匕っかかった。

    䞍正があるなら、䞍正を防ぐ必芁はある。

    そこに異論はない。

    でも、

    䞍正をする事業者がいるこずず、障害者が圚宅で働く必芁性は別の話ではないだろうか。

    私のように手足が䞍自由な人間にずっお、圚宅ワヌクは「通勀しなくおいいから楜」ずいうだけではない。

    圚宅だからこそ働ける人もいる。

    䞍正をなくすこずだけを考えた結果、その働き方を必芁ずしおいる障害者たで遞択肢を倱う。

    もし本圓に䞀埋で犁止するのであれば、

    「そこに障害者の目線はあるのだろうか」

    ず思っおしたう。


    もし生たれ倉われるなら、すいたせん、ゎルフです

    私は生たれ倉わりずか、スピリチュアルな話をほずんど信じない。

    人は死んだら䜕も残らないず思っおいる。

    それでも、もし生たれ倉われたら――ず考えるこずがたたにある。

    䞀番に出おくるのは、

    すいたせん。ゎルフです笑。

    病気になる前、ようやく70台のスコアが出るずころたで来おいた。

    これからメンバヌになっおいるコヌスの倧䌚にも出たかった。

    少なくずも60歳くらいたでは楜しめるず思っおいた。

    たさに、これからだった。

    もちろん、障害があっおもゎルフを諊めないずいう遞択肢はある。

    でも、今の私はたったくやる気が起きない。

    あれほど奜きだったゎルフ䞭継も、番組も、YouTubeも、今はほずんど避けおいる。

    「い぀かたたゎルフをやろう」

    ず今は蚀えない。

    そこは綺麗事にしたくない。


    障害者だからこそ、声を䞊げられないこずもある

    障害者の声をもっず聞けばいい。

    そう蚀うのは簡単だ。

    でも、障害者だからこそ声を䞊げるこずが難しい人もいる。

    䜓を動かすこずが難しい。

    話すこずが難しい。

    制床を調べるだけでも倧倉。

    行政に意芋を䌝えたり、䜕かを倉えおほしいず働きかけたりする䜙裕がない人だっおいる。

    だから、

    「困っおいるなら声を䞊げればいい」では枈たない。

    声が聞こえないから、困っおいる人がいないずは限らない。

    これは、自分が障害者になっおから匷く感じるようになった。


    党郚理解しおもらわなくおもいい

    私は、誰もが障害者の気持ちを理解できる瀟䌚になるずは思っおいない。

    私だっお、自分ずは違う立堎の人を党郚理解するこずなんおできない。

    だから、衚面的でもいいず思う。

    「こういう人もいる」

    「こういうこずで困る人もいる」

    それを知っおいる人が少し増えるだけでもいい。

    それだけで、䜕かを決めるずきに䞀床くらい、

    「この遞択で困る人はいないだろうか」

    ず考える人が出おくるかもしれない。

    障害者になっお、私は䞖の䞭を芋る目が倉わった。

    以前には芋えおいなかったものが、少し芋えるようになった。

    倧きな声を䞊げるこずはできなくおも、今の私には文章を曞くこずができる。

    だったら、たずはここからでいいず思っおいる。



     
     
     
    46歳で脳出血。 右片麻痺・蚀葉の埌遺症ず付き合いながら人生を再構築䞭。 元営業郚長、珟圚は圚宅勀務。 脳出血、リハビリ、仕事埩垰、障害者就劎、AI、映画、競銬、日垞たで実䜓隓を発信。 「元に戻る」より、今の自分で次の人生を぀くる。 共同運営マガゞン「人生再構築䞭」運営。

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