
雨に揺れるブランコ 第十一話
エピローグ 青の境界線
前編 雨上がりの不在
あの記録的な豪雨が去り、街には数週間ぶりの青空が広がっていた。
蝉の声がうるさいほどに響く本格的な夏の到来は、あれほど世界を侵食していた梅雨の怪異を、まるで最初からなかったことのように綺麗に洗い流してしまった。
あの日常の裏側を覗かせるような黒い通知アプリが、俺のスマホに現れることは二度となかった。
画面をいくらスクロールしても、そこにあるのはありふれたSNSと、見慣れたアプリのアイコンだけだ。
だが、変わってしまったものは確かにあった。
ストーカー殺害事件の犯人は、今も捕まっていない。
警察の捜査は難航しているらしく、ワイドショーの扱いも日を追うごとに小さくなっていった。
そして澪は、あのコインランドリーの前で姿を消したあの日から、一度も大学に姿を現していない。
彼女のアパートを訪ねてみても、そこには「空室」の管理看板が寂しく立っているだけだった。
「最初から、俺が見ていた幻だったんじゃないか」
大学の講義室。
窓から差し込む容赦ない真夏の太陽を見上げながら、俺は自分の手のひらを見つめた。
触れたはずの彼女の体温も。
あの冷たい雨の感触も。
すべては白昼夢だったのではないか。
そんな錯覚に囚われそうになる。
カチリ。
だが、耳の奥のスイッチは、もう二度と元には戻らなかった。
晴れ渡った空の下でも、俺の五感は世界の微かな歪みを敏感に捉え続けている。
世界がどれだけ平穏を装おうとも、その足元には、あの無人のブランコが揺れる暗い深淵が口を開けているのだと、俺の鋭くなった輪郭が告げていた。
俺たちは、もう日常には戻れない。
あのフードの男の言葉が、乾いた風に乗って脳裏をよぎった。
後編 観測者のこれから
ある日の午後。
にわか雨が、乾いたアスファルトを急激に濡らし始めた。
夏の通り雨。
周囲の人間たちが慌てて雨傘を広げ、駅の軒下へと駆け込んでいく。
カチリ。
世界の解像度が、一瞬にして跳ね上がる。
雨粒が地面で弾ける音。
人々の焦燥。
そして――。
キィ……。
キィ……。
遠くの児童公園の方から、あの乾いた金属音が、幻聴のように微かに響いてきた気がした。
俺は傘を差さず、ただ静かに雨の中に立ち尽くした。
通り過ぎる人々は、雨に濡れる俺を奇妙なものを見る目で眺め、背景の一部として通り過ぎていく。
今や、俺自身もまた、この街の歪みに溶け込もうとしているのかもしれなかった。
ふと、ポケットの中でスマホが短く震えた。
びくりとして画面を見る。
だが、それはただの友人からの他愛ないメッセージだった。
黒いアイコンではない。
けれど、確信があった。
世界に悪意や絶望が飽和し、再びどこかで致命的な亀裂が入る時。
あの黒いアプリは必ず戻ってくる。
そして、その歪みの中心には――。
あの淡いブルーのカーディガンを羽織った彼女がいるのかもしれない。
あるいは、中学生の頃に見たあの白いワンピースの少女なのかもしれない。
真実は分からない。
俺はヒーローではない。
誰かを救うことなんて、本当はできやしないのかもしれない。
それでも。
俺はこの歪んだ五感を持って、この世界に立ち続ける。
「……また、見つけるよ」
誰に届くでもない呟きを、雨音の中へ落とす。
見上げれば、灰色の雲の隙間から、ほんの一筋だけ、驚くほど深く、どこまでも冷たい青色の空が覗いていた。
俺はその青を瞳に映しながら、静かに次の予兆へ向かって歩き出した。
小説『雨に揺れるブランコ』テーマソング
『青の境界線』 Song By PuNi
【PuNiです】
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
この作品は、「雨の日だけ見えてしまうものがあるとしたら」という発想から生まれました。
物語の中には、あえて答えを出さなかった謎もたくさん残しています。悠真が見たものの正体や、澪の存在、雨の日の世界の意味については、ぜひ皆さま自身の想像の中で続きを描いていただけたら嬉しいです。
この作品が、高評価であれば、続きを書くかもしれません。
雨の日が少しだけ怖くなったり、少しだけ特別に感じられたりしたなら、この物語を書いた意味があったと思います。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また『流星の下で、キミに恋をした― 星を見に行こう ―』という作品も。同時進行で投稿されています。
こちらは、最終話を7月7日にしたいという、私の個人的なこだわりの為、1日に2話づつ投稿されたり(AM11:00、PM15:00)と、創作大賞の締め切りもあったため、急ピッチで仕上げました。
ご興味があれば、こちらもどうぞ
『曲付きの小説』をテーマに、小説に歌を付けて、想像する世界を広げていきたい、壮大にしたいという個人の想いです。
しっかりと、ストーリー、曲の雰囲気を合わせてますが、時間がかかります。
まだ聞いていなかったら『青の境界線』も聞いていただけたらと思います。
では、次の物語でお逢いしましょう。
少しでも「ゾッとした」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、ぜひ左下の「スキ(❤️マーク)」やフォロー、感想コメントをいただけると執筆の大きな励みになります!