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流星の下で、キミに恋をした      ― 星を見に行こう ―    第二話

    第2章:フェリー(前編)

    「すみません。そこ、座ってもいいですか?」

    不意にかけられた声に、海斗はスマートフォンの画面から顔を上げた。 出港から一時間。船底からの微かな振動だけが響くゲームコーナーの休憩所に、いつの間にか一人の女性が立っていた。

    年の頃は自分と同じくらいだろうか。 白いプレーンなTシャツに、履き古したようなデニム。肩には少し大きめのキャンバストートバッグをかけている。お世辞にも旅慣れた風の重装備には見えなかったが、少しウェーブのかかった栗色の髪が、自販機の蛍光灯に照らされて柔らかく光っていた。

    「あ、どうぞ。空いてます」 「ありがとうございます」

    彼女は小さく会釈をして、海斗の対面、アクリル板のテーブルを挟んだ向かい側の椅子に腰を下ろした。

    なぜわざわざここに、と海斗は思った。 休憩所のテーブルはいくつか空いている。わざわざ先客のいる席を選ばなくてもいいはずだった。けれど、彼女がすぐにトートバッグからスマートフォンを取り出し、何度も画面をタップしているのを見て、なんとなく理由を察した。

    「そこ、電波入ります?」

    海斗が声をかけると、彼女はびくりと肩を揺らし、それからきまり悪そうに眉を下げた。

    「……全然ダメです。さっきまで一本立ってたんですけど、完全に圏外になっちゃいました」 「やっぱり。この船、自販機コーナーの周りだけ、たまに陸の電波を拾うって案内板に書いてあったんですけどね」 「あ、そうなんですか? だからみんなここに集まって……って、誰もいないですね」

    彼女は誰もいないクレーンゲームの筐体を見回して、くすりと笑った。 その飾らない笑顔に、海斗の心に張られていた「薄い膜」が、ほんの少しだけ揺らいだような気がした。

    「僕は諦めました」 「え?」 「もう送れないだろうなって」 「大事な連絡だった?」 「彼女に、着いたら連絡するって言ってたんです」 「あー、なるほど」

    彼女はただ「ああ、そうなんだ」とでも言うように頷いた。海斗はどこかホッとしている自分に気づく。

    「私は桜庭(さくらば)華香(はこ)。大学二年です」 「湊辺海斗。俺も大学二年」 「やっぱり。なんかそんな気がしたんだよね。海斗くん、でいい?」

    初対面とは思えないほど距離の詰め方が自然で、海斗は少し気圧されながらも「いいですよ」と頷いた。

    「華香さんは、一人旅?」 「うん。ちょっとね、突発的に。東京の空気が急に重たくなっちゃって、気がついたら仙台行きの新幹線に乗ってたの。で、どうせなら一番遠いところまで行っちゃえ、って」

    楽しそうに語る彼女の瞳は、しかし、どこか寂しげな色を孕んでいるように見えた。 衝動的な一人旅。日常から逃げ出してきたという点では、自分と同じなのかもしれない。

    「海斗くんは? 北海道に何しに行くの?」 「俺は……」

    海斗はポケットの中の、祖母のノートに触れた。 ばあちゃんの忘れられない人に会いに行く。そんな青臭い理由を正直に話すのが、少しだけ気恥ずかしかった。

    「ちょっと、人探しに」 「人探し?」

    華香は目を丸くした。

    「うん」 「へえ、探偵みたい。誰を探してるの?」 「……亡くなったばあちゃんの、昔の知人。手紙に『人生で一人だけ、どうしても忘れられない人がいるから代わりに会いに行ってくれ』って書いてあってさ。ノートに住所だけ遺されてたんだ」

    初対面の相手だからこそ、かえって素直に話せてしまう瞬間がある。日常の電波が届かないフェリーの夜というシチュエーションが、海斗の口を軽くさせていた。

    華香はしばらくの間、テーブルの上のスマートフォンを見つめていたが、やがて小さく息をついた。

    「忘れられない、人……」

    その声は、驚くほど静かで、どこか遠いところを見つめているようだった。

    「素敵な遺言だね。そのおばあちゃんにとって、その人はきっと、人生の宝物だったんだよ」 「宝物?」 「うん。何十年経っても、もう会えなくても、思い出すだけで心が温かくなるような……そういう人。私にも、そんな人ができるのかな」

    華香はそう言って、自嘲気味に笑った。 それから、何かを振り払うように小さく首を振る。

    「……いや、違うか」 「違う?」 「ううん。なんでもない」

    彼女はすぐにいつもの柔らかい笑顔に戻ったが、その一瞬の翳りが、海斗の胸に小さなトゲのように残った。 クレーンゲームの電子音が、二人の間に流れる不思議な沈黙を埋めるように、寂しく響いている。

    日常の境界線を越えた先、誰もいないゲームコーナーの片隅。 二人の長い夜は、まだ始まったばかりだった。


    第2章:フェリー(後編)

    「でも、人探しなんて言っても、手がかりは古いノートの一行だけ。北海道に着いてからどう動けばいいかも決めてないんだ。我ながら無計画だと思う」 「いいじゃない、無計画。私も同じようなものだし。それにさ……」

    華香は悪戯っぽく微笑み、身を乗り出した。

    「船に乗ってわざわざ探しに行くなんて、それだけでちょっとロマンがあるよ。飛行機だったら一瞬で着いちゃうのに、こうやって一晩かけてじわじわ目的地に近づいていく感じ。探偵っていうより、冒険者みたい」 「冒険者、ね。そんな大層なものじゃないよ」

    口ではそう応じながらも、海斗の胸の奥で、澱んでいた何かが少しだけ軽くなるのを感じた。 東京の空気が重たくなったと言っていた華香。彼女が抱えている事情が何なのかは分からない。けれど、互いに何かから逃げるようにしてこの船を選んだのだという奇妙な連帯感が、二人の間の空気を緩やかに変えていく。

    「あ、そろそろ私、部屋に戻るね。荷物も置きっぱなしだし」 「あ、うん。そうだね」

    華香がトートバッグを引き寄せ、ゆっくりと立ち上がる。 海斗もそれに合わせて腰を浮かせかけた、そのときだった。

    華香は足を止め、何かを躊躇うように、少しだけ視線を落とした。 二人の間に、一瞬の静寂が流れる。クレーンゲームの電子音が、妙に大きく聞こえた。

    「……海斗くん」

    「ん?」

    「案内板に書いてあったんだけど、今日の夜、津軽海峡を抜けるあたりで星がすごく綺麗に見えるんだって」
    華香はスマホを見せながら笑った。

    「しかも今夜、ペルセウス座流星群が見頃らしいの」

    「へえ」

    「船の上だと街の灯りもないし、遮るものもないから、かなり見えるみたい」
    そう言って窓の外の海を見たあと、華香は少しだけ照れたように笑った。

    「電波も繋がらないし、テレビも映らないしさ。この船、本当にやることないでしょ?」
    海斗は思わず吹き出した。

    「それは否定できないな」

    「でしょ?」
    華香は悪戯っぽく目を細める。

    そして少しだけ間を置いてから言った。

    「もし起きてたら──」
    その瞳が真っ直ぐ海斗を見た。

    「一緒に、星見に行こ?」

    真っ直ぐなその問いに、海斗は一瞬、言葉を詰まらせた。 東京に残してきた彼女の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。しかし、華香の誘いには下心も打算もなく、ただ「長い夜を、もう少しだけ共有したい」という純粋な響きがあった。

    「……そうだね。部屋にいても寝るだけだし、行こうか」 「良かった。じゃあ、夜がもう少し深くなったら甲板でね。ちなみに海斗くんの寝台、どのへん?」 「B寝台の前の方だよ」 「あ、近いかも。私はその隣のブロック。じゃあ、また後で」

    今度は迷いのない笑みを残して、華香はゲームコーナーを去っていった。 彼女がいなくなった休憩スペースは、また元の静けさに戻り、クレーンゲームの電子音だけが虚しく響いている。

    海斗は小さく息を吐き、自分のスマートフォンを見た。 画面の最上部には、完全に『圏外』の二文字が浮かんでいる。

    ここから先は、誰からの連絡も届かない。そして、自分の行動も誰に知られることはない。 彼女も、大学も、就職活動も、重苦しい日常のすべてが、あの引き波の彼方へと置き去りにされていく。

    海斗は自分の寝台へ向かいながら、ふと通路の小窓から外を見た。 夜の海は真っ黒で、今はまだ何も見えない。 あの吸い込まれそうな闇の向こうに、本当に星なんて見えるのだろうか。 そんなことを考えながら、海斗は静かに歩き出した。

    第二章 (完)

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    PuNi

     
     
    おはこんばんにちわ『PuNi』です 『なりたい自分になる』をモットーに、現場監督を兼任しながらVTuberをしています。 YouTubeでの配信や、経験した事をこれからの人に【note】で伝えていきたいなと思っています。 どうぞよろしくお願いいたします。

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