
第167話 「沈黙は金」
あれは10年前のことだった。ゲチ社長は、大の議論好きだ。
正確に言うと、自分が勝つ議論が好きだ。もっと正確に言うと、相手が黙るまで圧をかけ続ける行為を議論だと思っている。
こちらの発言がちょっと気に障ると、
「ビジネスがわかってない」
「経営経験があるのか」
「俺は社長でお前は部下だ」
と、肩書きの札束で殴ってくる。
丸で自分の考えが正しいことを確認するためのサンドバッグである。
私はもう慣れたが、初見の社員は大抵吃驚する。
そして、暫くして辞めていく。辞めるときは静かだ。
入社時にあれほど持ち上げられ、甘言で誘われた優秀な人材が、
数ヶ月後には無言で荷物をまとめている。なんとも虚しい限りだが、
会社の空気は、そういう静かな退職に慣れすぎていた。
私はこれまで何度も、社長の“圧”に巻き込まれてきた。
辞表を武器に抵抗したこともあるし、休職で逃げたこともある。
病に侵されて相応の代償は払ってきた。
だが、多くの社員はそこまで戦わない。
戦う前に心が折れるか、面倒になって辞めていく。
それでいい。それが普通だ。苦しければ手を抜けばいい。猫かぶりの面従腹背でいい。そうでもしなければ精神は崩壊する。
私がそこまで踏ん張る理由は唯一つ。
唆されて出資した金を回収するまでは、敗北は許されないのだ。
社長は辞めていく人材を見てこう言う。
「根性がない」
「裏切者は許さない」
「代わりはいくらでもいる」
だが実際には、代わりなどいない。
好き好んでわざわざサンドバッグを志願してくる者などいない。
腹を空かせたライオンの檻の中に入ってくる者などいない。
だから、私のようにしぶとく仕える者は重宝される。
要は自分の周りを固める子飼いが欲しいだけなのだ。
所詮はその程度の実力なのだ。
ある日の会話劇。結論ありきの議論。
私「ブレストとして聞いてもらえないんですか」
社長「聞いてどうする。俺の言うことが間違っているというのか」
私「そうじゃなくて、選択肢の話です」
社長「選択肢は一択だ」
私「メリデメの確認をしなくていいんですか」
社長「要らん。俺が決める」
議論の“形”だけが残り、中身は最初から決まっている。
これを議論と呼ぶのは、さすがに無理がある。
権力の確認である。
また或る日。ズレた論理と断言口調が冴えわたる。
私「そのアプローチには問題があります。こうしたほうが良いと思います」
社長「ほう。経営のことをよくご存じのようで」
嫌な予感しかしない。
社長「僕は他にも3社経営してるけど、緑皮さんは何か経営してるんですか?」
私「いいえ」(だったら副業禁止にすんなよ。推奨しろ)
社長「なら素人は口出ししないほうがいいですね」
“経営しているかどうか”が議論の資格らしい。この理屈でいくと、社員は全員黙るしかない。
私「経験の話をするんなら、あなただって素人だ」
社長「なんだと」
私「だって社員は誰一人として専門誌に論文を出してないですよね。
論文も出せないのに研究研究と売り込まないでいただきたい。恥ずかしい」
社長「喧嘩売ってんのか、こら。今はビジネスの話してるんでしょ」
私「すみません」(はいはい、大根の品種研究でもしますかね)
この瞬間、社長の顔は真っ赤になり、周囲の空気は一気に冷えた。
会議室の時計の秒針だけが、やけに大きく響いていた。
更に別の日。
私「同じ人間同士、対等に意見を述べ合うのが議論じゃないんですか」
社長「対等じゃない。俺は社長、お前は部下だ。背負ってるものが違う」
私「いいですけど、これは計画ではなく願望ですね」
社長「じゃあどうすればいいんだ」
私(それ考えるのがあんたの仕事だよ。競馬なんかに精だしてる場合か)
背負っているものが違うのは確かだ。
だが、この社長が背負っているのは“責任”ではなく、ただのプライドに見える。それとも競馬で負けた借金か?
そして本題はいつもズレている。
社長「ところで緑皮さん、例の資料できた?」
私「……一週間後じゃ?」
社長「予定が変わった。今日中に出して」
私「いくらなんでも、そりゃないっすよ」
社長「上場に向けてギヤチェンジだよ。スピード感上げて」
私「いいですけど、どこ目指すんですか」
社長「ナスダックだ」
私「ナスですか。なんか燃えてきますね」(別な意味だけど)
社員の闘志だけでなく、投資家まで失望させて炎上しても、
茄子鴨のバーベキューが焦げてカリカリになって仕舞っても、当局は一切関知しないのでそのつもりで。
一体どれだけ人を泣かせれば気が済むんだか。
せめて北京ダックにしときなさい。
まるで炎上をエンジョイしてる暴君のようである。
泣かぬなら、泣かせて見せようホトトギス。
そして、今日もまたどこかで、競馬で摩って啼いていることだろう。