
第175話 「半導体製造装置」
半田製作所が極秘に開発中の新型半導体製造装置には、ある特殊鉱物が不可欠であった。だがその特殊鉱物は日本で手に入れることは不可能で、人工的に造ることは技術的に可能ではあったが製造コストが莫大にかかるため、輸入に頼るほかなかった。その特殊鉱物は関係者の間では鉱物Xと呼ばれており、世界でも既存の鉱床は生産量が減少傾向にあり、年々価格は上昇を続けていた。
そんな中、アフリカ草地(サバンナ)の地下に鉱物Xの鉱脈が発見されたのは朗報であり、半田製作所の研究開発陣に大きな希望を齎した。現地の鉱山開発会社から採掘権の買取交渉を行うことが決定され、交渉チームの責任者には北川が任命された。
北川は鉱物Xなくして次世代の製造装置は成り立たないと国際会議の場で発表してきた開発陣の中心人物であり、鉱物学の博士号を持つレアメタルの専門家でもあった。鉱物Xのもつ反動耐性という極めて特殊な性質が、新装置にはどうしても必要だったのだが、これは北川が長年にわたり専門に研究してきたテーマであった。
半田製作所の切り札とも言える人物を交渉チームに据えたことは秘密であったが、学会では当然視されていたため秘密は形骸化しており、社運を賭した緊迫感が社内には漂っていた。そんな中、第1回の交渉作戦会議が開かれ、北川が鉱物Xに関するブリーフィングを始めた。
「反動耐性とは何か。知っとるかね、南君」
「反発係数かなにかですか」
「うーん、いい線いっとるが、違う。見たまえ」
「パペット人形ですか」
「そうじゃ。こうやって口をパクパク動かして歌うのじゃ。君もやってみたまえ」
「え、いいっすよ。それより反動耐性って何ですか」
「いいからやってみたまえ。ほれ」
「厭ですよ。なんか意味あるんですか、博士」
「あるある。大いにある。知りたくないかね」
「そりゃ知りたいですけど、なんか胡散臭いなー」
「つべこべ言わずにやらんかい」
「わかりましたよ。やればいいんでしょ。人形嵌めてっと。やりましたよ。さあ、教えてください」
「まだじゃ」
「え、どうして」
「クチパクさせて腹話術で歌いなさい」
「えー、クチパクで腹話術は流石に無理っしょ」
「馬鹿もん。クチパクはパペットのほうじゃ」
「そ、そうすね。でもなんか照れるな」
「ささ、ハンド歌いせえ」
「ハンド歌い?」
「そう。ハンドで歌うんじゃ。ハンド歌いせえ」
「なんか怪しいな。ハンド歌い……せえ。はんどうたい…せえ。あ、反動耐性」
「さてと。仕事も終わったし帰ろうかな」
「こら待てや、おっさん」
「痛いなあ。なにも叩かんでもよかろうに」
「反動耐性の説明が終わってないです」
「わかっとる。ちょっと息抜きに帰ろうと思っただけじゃて」
「勤務中に帰らないで下さいよ」
「え、儂は今日は有給休暇じゃて。悪いが勤務中はお主の方じゃ」
「そんなこと言わずに教えてくださいよ」
「じゃあ、1回5,000円」
「カネ取るんですか!」
「厭ならいいんじゃ。無理にとは言わんで。では帰らせて貰おうかの」
「わかりましたよ、払えばいいんでしょ。はい、5,000円」
「何か忘れとらんかの、南君」
「え、何ですか?」
「さっき、腹話術とハンド歌い教えたから全部で15,000円じゃ」
「そんなー、悪徳だ。強欲じいさん」
「そんな事を言っていいのかのう、南君。先日立て替えておいたいかがわしい喫茶の代金いくらじゃったかのう」
「脅しですか」
「あ、そう。南君がごねて作戦会議は終了っと議事録に頼むね、東君」
東「御意」
「わかりましたよ。払えばいいんでしょ、払えば」
「毎度。確かに頂戴した。立替金とは関係ないからよろしく」
「もう好きにしてください」
東「では、解説お願いします、博士」
「うむ。折り曲げた金属板はバネの様に反発することから緩衝材料として用いられるが、何度も衝撃を加えると金属疲労を起こして割れてしまう。どれだけ耐えられるかを表すのが反動耐性である。
なかなか見事な反動耐性であったぞ、南君」
南「ぐすん」
東「それで、装置とどう関係があるんですか」
「うむ。装置の中でレーザー光線による高熱、高電流という厳しい環境に曝される部分には、反動耐性の高い材料が必要なのじゃ。鉱物Xは、通常の部材の数倍も高い数値を示す画期的な材料なんじゃ」
東「よくわかりました。皆さん、これにて散会とします」
1月後、現地調査のシーン。
「博士、ホントにこんなところに鉱脈なんかあるんですかね」
「資料によるとこの辺りなんじゃが…」
「博士、あの茂みに妙な光が」
「あ、あれは正しく鉱物Xの輝く光だ。ラッキー。取って来なさい、南君」
「取って来ました。ダイヤも転がってたので序でに拾ってきました」
「ではトンカチで叩いてみよう。ダイヤは割れる。金は潰れる。だが鉱物Xは…、ほれこの通り大丈夫。流石に反動耐性が優れておる」
そこへ現地案内人のムサが近寄ってきた。
「ドクター、足元をご覧あるね」
「なんじゃ、この糞は」
「象だね。この辺り、今の季節は群れが盛んに現れるよ。今日は引き返した方がいいね」
「怯えることはない。この鉱物Xの反動耐性を見よ。象の一頭や二頭、どうということはない」
「やな予感するね…」
「却下じゃ。採掘を続けなさい、南君」
ムサは何か言いかけて、口を閉じた。南は小声で東に耳打ちした。
「あの、大丈夫ですかね」
「どうしろというんだ」
その時である。突如として象が現れた。
次々と象が現れて、鉱石は象に踏まれて草地にめり込んでいく。
鉱石の行方を目で追う一同。
「象が踏んでも壊れないぞう」
と叫びながら、慌てて鉱石を確保に行く北川。
なんとか鉱石を確保できたが、不覚にも巨象に踏まれて仕舞う。
「象に踏まれて壊れ内臓」
と余裕を見せるも、押し寄せる象の大群に巻き込まれる北川。
反動態勢を維持して防御を続け、なんとか持ち堪えたがもう限界。最後の力を振り絞って言った。
「これがホントの反動耐性象草地、がは」
力尽きた北川の手には、ハンド歌いのパペットが握りしめられていた。