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第178話 「ブラッシュアップ三択4」

    真っ白な空間だった。
    病院の待合室っぽいが、区役所のロビーにも似ている。
    目を覚ました瞬間、安藤瞬(あんどう しゅん・21歳)は「あ、死んだな」と理解した。理由は簡単だ。
    時計は最後に見た時刻14時59分で止まっていて、サルバドール・ダリの絵画宛ら壁からぐにゃっと垂れ下がっている。
    異次元ワールドを直感させるに十分であった。

    「時空が歪んでいるのか…」

    時計に目を奪われたまま歩を進めると足が何かにぶつかり、瞬は歩を止めた。
    「おっと。これは失礼。君は…」
    正面には、黒髪の女が椅子に座っていた。背筋は異様なほどまっすぐで、感情をアプリごとアンインストールしたような雰囲気が漂う。

    「安藤瞬さん。あなたは亡くなりました」
    声は平坦。説明動画のナレーションより感情がない。

    「どうやらそのようだね」
    「あなたには三つの選択肢があります」
    慰めゼロ。死後の世界にしては、あまりにも事務処理すぎる空気だった。
    だが、幾つもの修羅場を潜り抜けて来た瞬はそんなことでは動じない。

    「第一の選択肢。人生を医学生としてやり直す。但し、初試験は毎回落ちます」
    「それはちょっと勘弁して欲しいな…」

    「第二の選択肢。温泉入り放題の極楽浄土。但し、カピバラです」
    「わーい、温泉入り放題。嬉しいな。て、カピバラですか!」

    「第三の選択肢。ゴールド聖闘士。但し、必殺技は光速の“早口言葉”です」
    「よし。これでアテナの護衛はバッチリだ。て、どうやって敵を倒せばいいんだー」
    「戦いを好まない性格のあなたにとって、最適な技を選びました」
    「ありがとう。じゃなくて」
    「コスモを究極の3倍まで高められれば、きっと倒せるはずです」
    「3倍ですか!」

    その瞬間、横のドアが勢いよく開いた。
    「やっほー! 案内役補助のどらエムんでーす!」
    青くて丸い三頭身。しかしどう見ても顔は狸。声も微妙に違う。
    しかしそんなことは、動顛した瞬には関係なかった。

    「一体どうやったら、究極の3倍にまで高めることができるんだ…」
    「もしもし」
    瞬の肩をぽんと叩くどらエムん。
    「え、誰?」
    「誰って。どらエムんだよ。聞いてなかったの?」
    「ごめんなさい。でもサンクチュアリに戻らなきゃ」
    「そんなことだろうと思って、コスモを3倍まで高める一撃アイテムを持って来たよ」
    「ありがとう! どうやって使うんだい。これ」
    「まだあげるとは言ってないよ」

    どらエムんはホワイトボードを取り出し、勢いよく書いた。

    【一撃アイテム:海王拳ナックル!】
    注意
    ・コスモが究極まで高まっていないと、威力はただの牛革ナックル
    ・最大で10倍まで高めることが可能
    ・但し一回使うと、効力回復まで3日かかる

    「どう? 使ってみる?」
    「自信ないなあ」
    「じゃ、特訓したほうがよさそだね」
    「でも一体何をすれば?」
    「地獄の特訓になるけど、覚悟はいい?」
    「…うん。やってみるよ」
    「早口言葉はね、TikTokでバズり放題なんだよ。
    早口言葉系インフルエンサーって今めっちゃ熱いから」

    女「バズりません」
    瞬「あなたは黙ってて。それで?」

    どらエムんがタブレットを取り出す。来世丸見えTVだ。

    「じゃあ見てみよっか。第三の選択肢…」

    映ったのは、早口言葉を高速で言い続ける瞬(来世)。
    視聴者:0
    コメント:なし
    配信時間:127時間42分
    背景:無人ライブ配信の部屋
    全身脱水症状で目元は窪み、口元は乾燥で裂けている。
    それでも得意技だけあって、掠れた声で狂ったように言い続ける。

    「うわあー! 厭だこんな地獄」
    「地獄の特訓に耐えるんじゃなかったの」
    「ぐすん」
    「じゃあ、ゴールド聖闘士は諦めるんだね。カピバラの来世も見てみる?」

    映ったのは、温泉に浸かりながらスマホを落として絶望するカピバラ。

    瞬「スマホ使うんですか!」
    女「使えません。演出です」
    瞬「演出って何」
    映像がズームすると、温泉の隅で黒いスーツの男がカピバラを撮影しているのが見える。
    瞬「誰だよあれ」

    すると……、後ろから聞き覚えのある声が答えた。
    「あれは俺だ、瞬」
    「その声は! 兄さん!」
    瞬が振り返ると、待ち構えたように意外な人物が立っていた。

    声の主は言った。
    「最黒服三でございます。温泉はスマホの天敵でございます。
    それではご機嫌よう。ひょーっ、ひょーっ、ひょ」
    「うわあああ。なんなんだこの世界は」
    瞬は狂ったように叫ぶ。
    「もういい。いいから早く。早く、第一で!」

    「試験落ちで苦しみますよ」
    「試験落ちなんかどうでもいい。早く!」
    女は即座に頷いた。
    「では、お行きなさい」

    瞬は光に包まれて、消えていった。

    どらエムんがぽつりと言う。
    「ゼミ落ちループ、地味にキツいんだけどね〜」
    「これでコスモが磨かれることでしょう」
    そう言うと女は、黄金の杖を手にして白い廊下の奥へと消えていった。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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