第85話 「ドライブ・スルー」
いっけねー。寝坊しちゃったよ。こりゃ、ゆっくりしてらんないよ。ドライブスルーにすっか。ぶおーん。
「あ、マクドナルトめっけ」
「いらっしゃいませ。何に致しましょう」
「マックチキン1個下さい」
「畏まりました。私、本日が初仕事でございます。頑張りますので宜しく御願い致します」
「はいどうも」
「お客様、御名前は」
「へっ」
「お客様の御名前を伺っているのです」
「ええと、小林です」
「小林様。今、忙しいですか?」
「ゑっ。忙しいも何も、これから会社に行くところです」
「実は、小林様だけにお教えするんですが、本日は忙しい方の為に特別サーヴィスメニューがあるんです」
「へえ。なんですか」
「全商品半額にてご奉仕させて頂きます」
「ほほう。そりゃまた太腹ですな」
「隣町の駅前店の話なんですけどね。私も今朝そこで済まして来たんですよ」
「関係ねーじゃん」
「で、お客様、何になさいますか」
「マックチキンですって」
「あ、そうでしたね。でも、本当にそれでいいんですか奥さん元気ですか」
「いいです。抛っといて下さい」
「はいはい。では、マックチキン、四つー」
「おいおい。増やすなって」
「えー、男ならどーんと行きましょうよ。四つセットだとサラダとナゲットもついて一個当たり五百円お得ですけど」
「そりゃまた、えらいお得な」
「ええ。こっちの得なんですけど」
「おい」
「冗談ですってば。これもサーヴィスのうちですから」
「そんなサーヴィス要らんから、早くして。もう」
「そんな冷くしないで下さいよ。小林様は私の初めてのお客様なんですから。私にいい思い出を下さい」
「そんな事言ったって、一個食べれば充分だって」
「だったらシェークは如何でしょう」
「なら小さいの頂戴」
「うわあ。有難うございます。うるうるうる」
「なんだなんだ」
「感謝の気持ちです。ハイ」
「だから何だよ、その手は」
「だからー、手を出して下さいよ。にぎにぎ」
「握手かい」
「いい思い出を下さい」
「うわ。両手を出すなって。なんか気持ち悪いなあ」
「え、小林様、御体が悪いのですか?」
「違うっちゅうねん」
「でも、そう言えば、今日は顔色が勝れない御様子ですが」
「今日はって、初対面だろ」
「何を仰いますの益川様」
「名前変わってるって」
「私はこの日の為に秘密の特訓を受けて来たのです。でも、余りに酷い掟に我慢出来ず、遂に抜け出した次第なのです。今も追っ手が其処まで迫っているやも知れません」
「忍者かい」
「いえ、本社の新人教育係です」
「もう、そんな事より早くして。もう出来てるんじゃないのか」
「勿論ですとも。何時でも準備は整っております」
「だったら早く」
「ですが小林様の準備は万端でいらっしゃいますか?」
「準備も何も、いいに決まってるだろ」
「そうですか。ではいきます。マックチキンですね」
「ああそうだよ」
「さーあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。ここに取り出したる一個のケース。中には3匹の雛がござい。出口は何処にもございません。赤いベールを被せてワン・ツー・スリー。バサッ。はい、中から見事に成長した鶏が登場です。拍手喝采あれい」
「なな何だよ」
「幕チキンにございます」
「頂きます。って、違うだろ。手品なんかどうでもいいんだよ。早く食べ物出せよ。急いでんだよ。ほんとにもう」
「お気に召しませんでしたでしょうか」
「そういう問題じゃないって」
「然様ですか。では。準備はいいですか?」
「いいからいいから」
「ほーれ、ほれほれ。ぐるぐる捲いて縛って簀巻にしてやるぞ。クェーココココ」
「ちょっと、あんた何やってんだよ」
「え、捲くチキンですよね」
「そうだけど。いや、違うってば。何で俺が縛られてんだよ」
「御所望かと」
「御所望じゃないって。しっかりしてや。もう」
「御意に。では本日のイヴェントも佳境に入ってきたところで、三つ目のマックチキンへ参りたいと思います」
「イヴェントって」
「黙らっしゃい。マックチキンが欲しければ、はっ。追っ手の気配が。ううむ、三人か。ササササ…」
「おい。待てよ。何処行くんだよ」
「追いて参られい。ダダダダ」
「しょうがねーな、全く」
「キーン。バサ。グサ。キュイン。ダダダダ。ドス。フーッ。なんとか撒いた様だな」
「ぜえぜえ。い、一体全体何だよ。全く」
「抜け忍は常に命を狙われているのです。でも、もう大丈夫。刺客の二人は飯綱落しと変移抜刀霞斬りで倒し、残る一人は変り身の術で躱しておきました。かなり体術に長けた奴だった…」
「で、マックチキンは」
「御覧に入れたとうりです」
「へ?」
「撒くチキンです」
「し、刺客って、じゃあ…」
「其処に横たわっている鶏です。手強い相手だった…。今日も復、太陽は昇り川は流れる。忍の世界には何人も冒す事の出来ない掟がある。其の掟を破る者には唯『死』あるのみ…」
「おい。何ぶつぶつ言ってんだよ。さっさと渡せよ」
「御意に。では四つ目のマックチキンをお受け取り下さい」
「う。なんか厭な予感」
「そんな事ありませんよ。到って普通です。以上、四個セットで伍阡円になります」
「全然普通じゃないって」
「太陽の煌きも、月光の蒼明も一瞬。死の伴奏と変わるその定めを、自ら選び貫いてゆく者…」
「あんたも普通じゃねーよ。もういい。帰る」
「あ、小林様。シェークをお忘れです」
「要らん要らん。あんたにやるよ。記念にとっときな」
「そんな事言わずに、折角ですから受け取って下さい。準備はいいですか」
「また妙なもん見せられたんじゃ敵わねーよ。じゃ、さいなら」
「ではいきます。サーブ。ビシュッ」
「レシーヴ。って、何すんだよ。あーあ、ウインドウ汚しちゃったよ」
「撒くシェークですから」
「ええ加減にせえ」
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