第33話 「虹のカレー」
消費税25%の国、デンマークの物価は高い。私のいた当時は 1 Dkr(Denmark クローネ略してクロ)が約20円。硬貨は1、2、5、10、20クロとあって、補助単位オーレが100集まると1クロである。映画、ハンバーガー、ピザが凡そ40クロ。普通のレストランの定食が80クロ。日本食レストランでカツ丼100クロ。寿司定食200クロ。ナンパの食事代プライスレス…。高過ぎ新作である。
スーパーに行くと価格表示には 11.98 だの 3.58 だのとあって精算時には必ず端数が出る筈なのだが、何と吃驚する事に四捨五入して25オーレ単位で処理されるのだ。買物の度に得をしたり損をしたりと一喜一憂のドラマがあるのだが、無頓着な私は一年もの間このドラマのに気付かないで勿体ない事をした。四捨五入の怪の背景には、実はオーレ硬貨は25と50の二種類しかないという事実があるのだが、昔はちゃんと1オーレ硬貨も存在していて稀に公園で1オーレ硬貨や5オーレ硬貨を拾う事もあり、日本で壱銭玉を拾った時の驚きを擬似体験できたりもする。壱銭玉を拾う方がもっと凄いけれど。
値段が高いので自炊に励む訳だが、加工食品や調味料の殆んどはゲルマン人好みの味付なので、矢張り日本の味が恋しくなる。日本食材店というのもあるが矢つ張り高いので二の足を踏む。貧乏な私は精々スーパーで醤油を買うにとどめるのだが、それでもちょっとずつ使う。そんな風だから自炊といってもイタリア米で寿司やおにぎりは無理だし、スキヤキを夏にやるのもあれだし、味噌汁は出しが必要だし、結局、安易なカレーに走って仕舞うのだが先ずは食材調達である。
スーパーは平日午後七時に閉店し、土曜は正午迄で日曜は休みである。土曜日の午前中に起床して買物に出掛けるのは面倒臭いし一度に沢山持つのは重たいので、仕事を六時に切上げて毎日ちょっとずつ買い溜めしてゆくと楽である。買い駄目、じゃなくて買い溜めをしておけば、クリスマスや復活祭などの大型連休前に慌てふためく事もないし、病床に伏した時や核シェルターで過ごす時にも安心である。
ところで西欧では買物袋持参が常識で、ゴミを出さないという姿勢が徹底している。日本も高度成長時代には買物篭を下げていた筈なのだが。丁抹人のエコ自慢はリサイクルシステム、原発不使用、有機農法の三点セットで、どれをとっても日本は脱帽するしかないのだが、例えば有機農法の定着度。八百屋やスーパーには形が変だったり割れていたり泥が付着した侭だったりの野菜が平気で並んでいる。人参を手にして友人のカイ・アンダーセン曰く「皮を剥いで洗って火を通せば同じ事だ。見た目が綺麗な方が売れるんだったら、金箔でも塗ればいい。御前の好みだろう。ガリ」である。好みじゃないんだけど。て、それ腐ってるよ。おい。
扨、備蓄の材料はというと、馬鈴薯、人参、玉葱、大蒜、トメェト、ブロッコリである。あとは牛肉を調達すれば七つの具のレインボカリーの完成だが、名前を付けて完成した気分になって浮かれていてはいけない。肉が要る。スーパーへ赴き、BOF と書かれた肉塊パックを発見する。英語の BEEF から連想するとこれが牛肉に違いない。然しそれにしても何故丁抹にはハンバーグ形状の牛肉しかないのか。どれもこれもミンチ状態である。と思ったら何とボーフとはハンバーグの事であり、これに気付くのに一年半かかってしまった。またしても不覚である。
今回は牛肉の代替品として肉団子を用いることにするが、この団子は「フリカデラ」とか「フリカデレ」とかいう名前で、素材が魚か肉かで呼び分けるのだから紛らわしい。残る問題はカレールウの調達である。思案の挙句、調味料のカレー粉+小麦粉でどうにかならぬかと試みた事もあるが、どう頑張ってもカレー味のスープにしかならぬ。かといって日本食材店で四千円のルウを買わされるのも癪である。緊急事態発生である。どうやら最終兵器を投入する時がやってきた。
サンダーバードのテーマ曲を口遊み乍ら、サンダーバード2号格納庫と命名された戸棚を開けば、ズラリと並ぶは時遅しと出撃を待ち構える秘蔵の兵器群。味醂、ポン酢、煮干、鰹出しの素、山葵、味噌、お好みソース、味付け海苔、海苔佃煮、お茶漬の素、ふりかけ、カレールウ、緑茶、拉麺、蕎麦などなど、スーツケース一満杯に詰め込んで重量制限超過になりながら密輸した貴重な日本食材である。
本日の出番は勿論、超魅了の調味料、カレールウである。存分にその威力を発揮してもらいたい処であるが、何しろ量に限りがあるので一箱全部を一気に使うのは勿体ない。一度に消費するとまた欲しくなるに決まっているので、ここはカレー公式「カレーの濃度」×「楽しい回数」=「一定」の仰せに従う事にして回数を優先する。一破片ずつ十回に分けて使用すれば、激薄だが十回楽しめる。黄金の光を放つルウを頭上に掲げて、「ああ、神様有り難う。大切に戴きます」と、感謝の念を捧げつつ黙祷してから鍋に投入する。漂ってくる懐しい匂い、これぞ正しく僥倖へと誘なうカレーの匂いである。これをカレーと言わずして何と言おうか。是迄、調味料不足に悩まされ、味醂を入れない玉子丼、出しを入れない味噌汁など数々の苦渋を嘗めてきが、今度は正真証明のカレーである。
味見は入念に行った。凛として気高き趣を溢れんばかりに発散する崇高な香。出来上がりの鍋から後光が射す、正に虹のカレー。感涙に噎び乍ら盛付作業を完了し、一人で御相伴に与る事にする。ワインで乾杯してから口に運ぶ。どーれ。
当然の如く期待されて然る可き味…。とはちょっと違う絶妙感が漂うのが計算外ではあるが、なあに大した事はない。カレーの味がしないだけである。野菜の出しが効いて旨味は十分だが、如何せん、液状激薄カレーの問題点が露呈する。御飯に掛けるとスープは下へと滲透して、唯でさえ味が薄い上に長粒米独特の味が勝ってしまって、カレー味が掻き消されてしまうのは至極当然の帰結である。むう。日本米も密輸すべきだったか。ポケットに忍ばせれば一食分くらいはどうにかなったろう。
止む無くカレー粉とソースで強引な味付をしてから食すが、最早、カレーとは言い難い別な食べ物になってしまった。残りは玉子を落して野菜スープとして始末しよう。斯くして私のカレー海外初体験は涙に終るのであった。
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