
第147話「ビジネスがわかってない?」
私は、継続して購入してくれる顧客がいる会社が好きだ。
理由は簡単で、そこには再現性があるからだ。
一度きりの勝負で終わる商売ではなく、二度目、三度目と関係が続いていく。その構造を持っているだけで、そのビジネスはずっと健全に見える。
新規顧客を獲得するのは過酷な仕事だ。これは精神論ではなく、構造の話である。初対面の相手に説明し、警戒を解き、信用を獲得し、財布を開いてもらうまでには、想像以上のコストがかかる。だから私は、「新規顧客獲得ほど過酷な仕事はないよ」と、半ば諦観したように言える会社に心から同調する。
新規顧客を呼び込むために使った100円が、将来200円、300円、1000円に化けて返ってくる。この考え方が、私は好きだ。
正確に言えば、その100円が“消えていない”感じが好きなのだ。
だからその100円を惜しむべきではない。
その100円を使わなければ、1000円として戻ってくることは決してない。
既存顧客に二回目の売り込みをするのは、最初に新規顧客として獲得したときより、はるかに簡単だ。それは顧客が楽をしているからではない。
既に一度、信頼のコストを支払っているからだ。
顧客に再度購入してもらえるビジネスは、それだけで大きなポテンシャルを秘めている。フロントエンドで得た利益の100%以上を、さらに顧客獲得へ再投資できる。儲かるのは当然である。
──という話を、私は以前の上司にしようとしたことがある。
そこには、話が折り合わないと
「緑皮君は、ビジネスがわかってないな」とか、
「私はパチンコ屋のオーナーで経営のことはよく知っている」
という文句を決め台詞にする上司がいた。
おいおい、パチンコ屋は関係ないだろ。猿でもわかる。
彼にとってビジネスとは、市場で勝つことではなかった。
会議室という閉じた空間で、誰よりも大きな声を出すこと。
それが彼の競技だった。
協議ではなく競技になってしまっては、思考速度が遅く、屁理屈を跳ね返す瞬発力もない私にはとても不利な戦いだ。
自分の感覚だけは絶対に正しい。
ちなみに、その感覚が数字で検証されたことは一度もない。
というか、一度も成功したことがない。
では、その自信はどこから来るのか。最後までわからなかった。
ブロックチェーンが登場して二、三年が経ったころ、
社内にその技術を理解できる人間が誰もいないにもかかわらず、
彼は突然こう言い出した。
「これからはブロックチェーンだ」
方向だけは合っている。但し、見通す先の距離がゼロだ。
一歩先すら見えていないのに、未来について断定的に語る。
そういう発言だった。
そして、その調査を命じられたのが私だった。
二人とも、世間一般に出回っている概要解説以上の理解はなく、
当然、技術的な中身に踏み込めるはずもなかった。
世の中で先行している技術が、門外漢が簡単に習得できるわけがない。
てっとり早くやるなら、専門家を引っ張るほかない。
コストをけちって自前でやって何が得られる。
よって私は形式的な報告にとどめた。
自分たちが得意とする技術は何か。
どの分野に、どの視点で、どの方法で適用すれば価値が出るのか。
顧客の声をどう拾い、どう検証するのか。
そうした発想は、彼の関心の外にあった。
彼がやっていたのは戦略ではない。
流行語を拾い、それを大声で読み上げる作業だった。
トレンドに乗る。確かにそれは大事だろう。
だが、ど真ん中の本流に乗る必要はない。鶴嘴とシャベル戦略でもいい。
「喋る戦略」になってはいけない。
バックエンドセールスは、そういう人には向いていない。
派手さの対極にある仕事だからだ。既存顧客の履歴を読み、反応を確かめ、少しずつ商品と関係性を磨いていく。そこに声量の出番はない。
十分な利ざやがあれば、疎遠になる顧客がいることを織り込んでも、
アクティブな顧客基盤は維持できる。
顧客基盤が大きくなるにつれて、バックエンドの売上は自然に増えていく。いいバックエンド商品が一つあれば、全体が活気づく。
二つ、三つと増えれば、反応率も収益も上がる。
これは理論というより、経験則だ。
やがて、その上司は会社を去ることになった。解任だ。
理由について詳しく語る必要はない。結果だけ見れば十分だ。
そして私は自分の本領を発揮できる新たな環境を求めて模索した。
今、私は新しい上司のもとで、バックエンド商品に磨きをかけ、
複数の新しいサービスを開発している。上司の期待も大きい。
既存顧客の反応を見ながら、数字で検証し、改善する。
これが、本来私に課せられるべき仕事だったのだと思う。
結局のところ、ビジネスがわかっているかどうかは、
声の大きさでは決まらない。
市場が、顧客が、静かに答えを出す。
「ビジネスがわかってない」
その言葉を返すにはまだ早いかも知れない。結果を出すまでは。