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第18話 「電網対戦」

    インターネットは直訳すると相互網。これでは頂けないので電子相互網。それでも全然駄目なので縮めて電網である。電網の発達には目覚しいものがある。ほんの数年前は文書を閲覧するだけでゲイムなんぞは出来なかったくせに、今では世界中の相手と対戦出来るほどの有り様である。だが、注意せねばならないのは、電子メイル、電子掲示板、電子対戦、電子対話など、電網世界の諸々の出来事は虚構だという事である。

    ここで電子対話とはキイボードが頼りの所謂チャットの事であるが、最近ではヴォイスチャットというのもあるらしい。元来チャットというのは音声を介した行為であるところ、態態ヴォイスと説明せねばならないのはかなり痛い。漢字表記しようものなら説明的に「電子」を冠せねばならず、電子声対話ではちょっと間抜けなので「電子声話」となり、短縮すれば「電話」である。一体、電話とどう違うんだ。無差別に相手を選べるという気軽さがいいのかも知れぬが、それとて電話帳を開いて無差別ダイアル攻撃をするのと根本的な違いがないのである。相手にチャットの同意を得る手間が凄く面倒臭いけれども。

    何だか電子対話をやらない言い訳の様に聞こえるが全くその通りである。実は、焼肉屋に行っても箸の進まないネパール人のシェンカーが最近、電子対話を執拗に勧めてくるので辟易しているところなのである。いくら焼肉屋でのストレスが相当溜っているからといって、私に勧めるのは止めてくれ給え。私としては其んなモノは疾っくに厭きているのだ。え?いや、焼肉は飽きてないってば。所詮は虚構。相互の真実など何も判りはしないのであり、判ったところで唯悪戯に時間を浪費するだけであり、私にとってはこうして駄文を書き散らす方が余程生産的である。そういう訳で、すまぬ。ヒンドゥー教徒で牛が食えないシェンカー。

    ところで、電網ではお馴染みの「何時でも何処でも気軽に世界中の相手と何何できる」という紋切り型の謳文句であるが、私にはどうも欺瞞に滿ちた文句に思えてならない。迂闊に「世界中の相手と何何しよう」などと言おうものなら物凄い事になって仕舞うのはちょっと考えてみれば解ることである。例えば、
    「世界中の相手と対戦する」
    なんと愚直な言葉であろうか。考えても戴きたい。毎日一人と対戦しても、一年でたったの三百六十五人としか対戦出来ないのである。これでは世界中の人と対戦が完了する迄に一体何年かかるというのか。更に対戦している間にも続々と新たな命が誕生しているのである。丸で倒しても倒しても立ち上がってくるゾンビの様である。一体、一日に何人と試合を消化せねばならぬか。

    概算してみる。一日の対戦人数をNとする。全ての人と対戦が完了するまでにY年かかるとすると、全部で365×N×Y人と対戦する事になる。現在の世界人口は凡そ六十億人である。二十年前は四十億人だったから、毎年一億づつ増加している勘定である。という事は対戦が完了するY年後には(60+Y)億人になっている筈だから、365NY =(60+Y)×10^8 という式が成り立つ。Nを適当に代入してYを求めてみると、22年で対戦を完了するには一日100万人と対戦せねばならない。ちょっと多いかなと思って、手を抜いて一日30万人のペースにしようものなら、630年掛かかって仕舞うのである。

    而も問題はそれだけではない。電網対戦に特有の問題が幾つか存在するのである。私も eroero とか MI6 とかいう名前で西欧在住時に電網対戦将棋を楽しんだ事がある。対戦相手とチャットを楽しみながらプレイするという対話機能もあり中々の優れものであったのだが、その時に遭遇した問題点を斟酌してみよう。

    まず、対局が流れてしまう事が往々にしてある。回線が混雑していると接続が切れてしまったり、「待った」を数回するとプログラムが正常に動かなかったりで、対局のやり直しを余儀なくされる場合もある。一日100万人と対戦すれば回線は混雑し、もう落ちまくって仕方がない。そういう訳で「待った」はしない方が良い。

    又、指し手の待ち時間=考慮時間+通信時間なのであり、回線速度の違いを忘れてはならない。相手は地球の裏側にいるかもしれないし、回線が混雑していると通信時間は平常よりも長くなる。無闇に早く指せなどと思慮の足らない要求は厳禁である。かといってお互いが待っていたりする場合もあって、「もう指しました?」「ええ、だいぶん前に」などという間抜けな会話を交してしまう事もある。それを見越して余分にもう一手指そうものなら、途端に接続が切れてしまって一貫の終りである。当り前だが一度に二手も指してはいけないのである。

    更に、辞書は一通り揃えておいた方が良い。

    一日100万人との対戦ともなればチャットは極力しない方が良いのだが、そういう訳にも行かぬのが現実である。チャットの機能は相手に教示を乞う機能でもあり、ルールのよく解らぬ初心者も参加している事情を鑑みれば、初心者を無視するのは了簡が狭く、丁寧に説明してあげるのが国際交流というものである。なにしろ世界中が相手なのだから様々な言語が飛び交うのは必定で、各国の辞書は手放せない。忙しいのでこの際、文法無視で行くとして、獨逸語、仏蘭西語、西班牙語などの見慣れた文字なら兎も角も、そうでない希臘語、魯西亜語、韓国語、スワヒリ語だったりすると、辞書を引くのにも時間がかかって仕方がない。亜剌比亜の楔文字、サンスクリット語の悉曇文字や梵字ともなると、もうお手あげである。そういう訳で対戦を始める前に語学の鍛練は必須である。

    そして、体力増強を図るべきである。

    100万人との対戦速度を計算すると、地球が1°回転する四分間に2777人。1分当り694人。1秒当り12人。と辞書を片手に対局を成し遂げねばならないのだから、辞書を引く速度も尋常ではない。両手両足を使っても一本当り1秒3人、三箇国語の辞書を引くのである。支那虎のスペシャルローリングサンダーを上まる速度と芸が要求されるので、高速回転する刃の向こうにある的めがけて拳を繰り出す訓練は必須であり、満身創痍で病院送りは確実である。

    それでも貴方は世界中の相手と対戦しますか。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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