第95話 「バージョン・アップ」
私の名は安浦一之助。山手中央署に勤務する窓際刑亊だ。三年前に不審な猫人間にもらった刑事板の御蔭で、難事件も次々と解決、今じゃ課長に昇進。と、言いたいところだが、あの嫌味な課長にちゃっかり手柄を横取りされて、相変わらずの窓際刑事さ。配置転換を願い出てもあの野郎ときたらどういう訳か却下と来やがる。
まあ然し、厄介なご時勢ときたもんだ。近頃はウィルスメールが多いし、感染するといけねえから刑事板も程程といったところだ。それに、あんまり活躍したんじゃあ、怪しまれるしな。さてと、給料入ったことだし、溜ったツケを清算して今夜は「さくら」で一杯といくか。おっとその前に、今回の事件の報告書を書かなきゃあいけねえな。
先ずは外車の名前。ポルシェ 924-3187 内線 557…、なーんちゃって誰も聞いてねえってえの。ガイシャの名前は「中嶋しげる」っと。犯行現場、円山町マンション栄 305 号室。で、此処と此処を埋めてっと。お次は、犯人の遺留品。えっと何だっけ。どうにも最近はもの忘れが酷くていけねえ。だが私だって莫迦じゃねえ。こんなこともあろうかと刑事板の過去ログはとってありますからね。えーつと、ここをダブルクリックしてっと。カチッ。ん、どうもいけねえな。ダブルクリックってえ奴は。指が動かねえ。もう一度、カチカチッ。スクロールしてっと。おお、これだこれ。いやー、過去ログをとっといて正解ですな。なにしろ事件が解決した途端、「中村さんへ。プライバシーの侵害にあたるので関連書き込みは全て削除しました」と、きやがるからな。わたしゃ中村じゃないってえの。
然しなんだ、折角「なんでかフラメンコ」調の謎謎にも慣れてきたってえのに、どうも最近は言葉が乱れてて、調子が狂っていけねえ。「犯人の遺留品はなんですか」と、書き込んだら、返信は、
「きょおも退屈、きのおも退屈、田尾も退屈、フットワークの足取りがヘビーで重たいんだけど、それはなんでかわかるかなー。なーんでかっ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。ジャンジャカ、ジャンジャカ、ジャカジャカ。なーんでかっ」
まあ、答えは「重たい靴」だったんだが、まさかホシが現場であるガイシャの家に鉛の入った靴を残していくとは盲点だったな。現場にゃ、鉄亜鈴だのダンベルだのが転がってたから、てっきりガイシャの遺留品だと思ってたよ。ん、鉄亜鈴もダンベルも一緒じゃねえか。いかんいかん。こっちまでおかしくなってきやがるぜ。全く。
それから、ええと次はなんだ。凶器か。凶器、凶器…と。あった、これだ。「凶器はなんですか」の返信はっと、
「ゆうべ女将が、ささ、早くして、それ食べると閉めるわよ、と言ったので、鯖を食って店を出たんだけどそのあと財布を落しちゃって魚偏にブルーなんだけどわかるかなー。なーんでかっ。ジャカジャンジャンジャン、なーんでかっ」
と、きたもんだ。「魚偏にブルー」たあ確か、鰯雲を見ていた長嶋が、どういう訳か鯖を連想して言った言葉だよな。財布を落しゃあ誰だってブルーになるし、これの一体どこが謎謎なんだか。これには散々苦労したぜ。答えは「ベルト絞める」で、ベルトによる絞殺。いやあ、見事な考察。うっしっしっつって誰も聞いてないって。
「どうしたの、安浦さん。独りでぶつぶつ言ってニヤニヤしちゃって」
「んあ? 保険なら間に合ってるよ。今忙しいんだ。明日にしとくれ」
「何言ってんの。おっさん。ぼく、ドラエムン〜」
「おおっと、なんだあ。おまえさんかい。びっくりしたぜ。随分と御無沙汰じゃねえか。また野火太とかいう野郎に追い出されたのかい」
「違うよ。さっき、猫人間って言ってたでしょ」
「あん、言ってねーよ。それより今日は何の用だい」
「え、少ないけど5万円で勘弁してくれだって?」
「この野郎、また金ふんだくる気だな。猫人間だなんて言ってません」
「素直じゃないね。折角、親切でいい人の僕が耳寄りな情報を持ってきてやったのに。じゃ、さよなら。スタタタ〜」
「あ、待って。言ったよ言いました。私が悪かったです。
払やいいんでしょ、全く」
「毎度あり。で、今日はヴァージョン・アップのお知らせにきたんだ」
「ヴァージン・アップル? 何下らねえ事言ってやがんだ。
逮捕するぞ。こら」
「違うってば。バージョン・あっぷ」
「なんでえ、バージョン・アップかい。んん。ってえことは、長嶋語はバージョン・アップだったってえ訳かい。いやはや納得」
「全然、違うよ。それ、感染しちゃってるね」
「え、マジ?」
「エロサイトばかり徘徊してっからだよ」
「してません。それより感染はどうすればいいんだい」
「ま、これインストールすれば大丈夫だから。
まだベータ版で改良中だけど」
「忝い」
「でね、今回は、不評だったなんでかフラメンコ形式を、
十回クイズ形式に変更してみたんだ」
「おいおい、それって
『ひざって十回言ってみて』
『ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ、ひざ』
『じゃ、ここは』(肘を指して)
『ひざ〜』
『ぶぶー』
とかいうやつだろ。末っ子のミカがまだ小さい頃、よくやってたよ」
「へえー、そうなんだ。でも、一回多かったよ。ところで、おっさん。鹿って十回言ってみてくれる」
「なんでえ。鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、鹿、歯科、詩歌っとぉ。
どうでい」
「そんな力まなくってもいいから。もう三回、楽ぅに言ってみよう」
「ああわかったよ。しか、しか、しか。で、鹿がどうしたってんでえ」
「サンタクロースが乗ってくるのは?」
「トナカイに決まってんだろうが」
「相変わらずだね。おっさん」
「なにがだよ」
「ま、そういう感じだから。素直に引っかかってれば大丈夫」
「そういうもんかね」
「あ、それから今度は高速処理だから、何度でも書き込んでいいよ」
「ようし。では早速、試してみるか。昨夜の三丁目の強盗の犯人は誰ですか。カチッ」
「ヒマラヤって十回言ってみるムン」
「ヒマラヤ、ヒマラヤ、ヒマラヤヒマラヤ、ヒヤッマラ、ヒャマラ、ヒヤマラ、ヒラマヤ、ヒラマヤ、そうか中山か。中中ストレートでいいな」
「違うだろ。おっさん。平山だよ」
「ははは。冗談だよ。ようし、もういっちょ。犯人の指紋はどこにありますか。カチッ」
「手術って十回言ってみるムン」
「手術、手術、死術、しじゅつ、しうつ、しーつ、しーづ、しゅうつ、シューズ、そうかシューズか」
「なんか調子いいじゃん」
「じゃ、凶器は何ですか、っと。カチッ」
「今日昨日って十回言ってみるムン」
「今日昨日、今日昨日、きょう昨日、きょうきのう、きょうきのう、凶器のう、凶器のう…そうじゃのうって、どう仕様もねえな」
「うーん、ちょっとマッチング処理が甘かったかも。試用なので大目に見てあげること」
「仕様がねえなあ。勿論、次回までに改善しよう、ってえ腹積もりでしような」
「うん。そうしよう。至要の課題だね。じゃ、今日はこのへんで、しようなら〜」
「いい加減にしろ」
ボコ(効果音)
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