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第42話 「反対運動」

    我が中学では流石に三年生も二学期になると、受験に専念する様にと教師から御達しが下り、部活から引退するのが宇宙開闢以来より伝わる中国四千五百万年の風習となっていた。然し、勉強よりも部活を好む歳頃であるからして、引退したからといって突如勉強する様にはならないのが世の常というもの。未だまだ遊んでいたいのが人情である。一方で私はというと、一年生の時は悪戯ばかりして遊んでいたお蔭でこうして馬鹿な事を書くようになり、え、いやいやそうじゃなくて、二年生から幽霊部員の道を選択し猛勉強を余儀なくされていたため勉学の息抜きが必要であった。斯くして、放課後の暇を持て余していた級友達に私が悪戯を指南する事と相なった訳だが、今回の悪戯は穏やかなものでなければならぬ。何せ受験前であるから余り騒ぎが大きくなるとヤバイのである。本人達が楽しんで、それでいて悪戯だと覚られない様にせねばならない。

    悪戯には小道具が欠かせない。何か使える物はないものかと言うと、皆は一斉に教室内の発掘作業に乗り始めた。皆が私の指示を聞く理由はもう一つあって、それは私が所謂級長とか学級委員とか呼ばれるところの存在であったからである。そして私の足らない脳味噌を蔭で補完していたのは生徒会役員の大暮であった。いつも私を嗾してクラスの政を動かしていたのは何を隠そう彼なのである。即ち、私は傀儡である。くう。だが私にも自尊心というものがある。成績では劣るものの悪戯に関しては讓る訳にはゆかぬ。後に町医者になり下るのだが成績優秀なこの男の「何か刺激的な遊びはないかのう。はるちゃ」という一言に、後に海外を点々として困窮した生活を送る羽目になるとは露とも知らぬ男は、その屈折したプライドを架けて一計を案じるのであった。

    掻き集められた戦利品を見渡せば、美術の時間の残骸物と思しき、画用紙、糊、鋏、マジック、セロファンテープ、カラーセロファンなどがある。残りの品々は様々で、一学期に作製したインターホンとラジオ、縄跳びの紐、習字道具、クラッカー、かつら、弁当箱、っておいおい「誰やー、こげーなもん持ってきたんは」「いや、腹が減ったもんじゃけえ、つい」「ついって、中身のーなっとるで。ほいで何でかつらなんか持っとるんじゃ」という様な遣り取りが間間あって、最後に週番の腕章が目に留まる。週番とはクラスの些細な雑用をこなす週間の当番制度である。中々面白い物が出て来た。加えて演劇部、放送部、書道部、美術部などのエキスパートが揃っている。即座に独りブレーンストーミングを開始し、数十秒後「下校時間見回り反対運動だけどその実ジョークだよビヨヨヨ〜ン」計画の発令である。

    先ずは受付台を作らねばならぬ。机を教室入口付近に並べ、教室の窓に垂れさがる白いカーテンを外して机の上に敷く。更に画用紙で製作した「受付」の立札を机上に置き、インターホンを設置する。インターホンの本来の用途は壁やドアなどの障害物を隔てた二者が会話をする事にあるが、ここではロッカーの中に放送部員一名を配備し、シュプレヒコールの音頭をとらせる事とする。然しこれではまだ反対運動か遊びなのか何なのか、一瞥で覚らせるには不充分なので書道部員に半紙に「受付」と認めてもらい、駄目押しに机の前から垂らしておく。これで受付台は完璧である。

    次に受付要員の配備である。受付といえば受付孃。だが、こんな阿呆な事に付き合う女子などいる筈もなく、既にそそくさと帰ってしまっている。我等は途方に暮れた。然し、天は我等に味方する。かつらがあるではないか。おお。と謂う訳で、演劇部員扮する受付孃約一名及び男子三名を着席させ、任務感を持たせるために週番の腕章を装着させる。だが、週番の腕章と校内巡視員の腕章とではかなり格が違う。天と地、月とスッポンである。対峙した時に圧倒されて怯んではいけないので、迎撃部隊を配備し、コーラス部隊で精神的に支援する体制を整えておく。だが迎撃用ウエポンはクラッカー一個だけというのもちょっと心許ないので、ここは美術部という強力な工作部隊を活用して、画用紙で作製したくす玉を縄跳びの先に繋いで天井から吊しておく。これで準備は整った。あとは後方配置したコーラス部隊に景気付けの軍歌を歌わせて満を持す。

    いよいよ実戦の時がやって来た。巡視員が教室に入って来るや否や、第一弾攻撃を仕掛ける。クラッカーが鳴り響き、くす玉が割れ、中から「祝、百人め」の垂幕と紙吹雪が舞う。敵が一瞬怯んだその隙に第二弾攻撃を開始する。音量を最大にしたインターホンから「見巡り反対〜、只今署名運動展開中!」の声を合図に、皆でショッカー戦闘員の如く躍り出て「反対!」「反対!」「反対!」「反対!」のシュプレヒコールをあげる。駄目押しにコーラス部隊が「見回り〜」「反対〜」「見回り〜」「反対〜」の輪唱で後方から支援する。唖然とした巡視員は、腰を抜かして「ひい」という言葉を残してその場を退いて行くのみ。大成功である。

    翌日、担任教師から激しく叱られるかと思いきや「日教組の真似をして示威行為をするのではなくて、正当な要求だと思うのならば生活委員会に議題として上げる様にしなさい」と窘められる程度で済んだのには聊か吃驚したが、今考えると、あの時の教師の苦笑する表情の奥底では「厄介な事しよって。でもおもろいな。うへへ」と感情が錯綜していたであろう事は想像に難くない。でも内申書に書かれなくて本当に良かった。というか、関西人の教師で助かった。

    若しこれが二年次担任の曳地教諭だったならばこうは行かなかったであろう。柔道一直線のあの峻しい顔付きの登場人物にクリソツで実際にも柔道の鬼である体育教師によって「腕立伏せ五十回、校庭十周の上、電気バリカンで五厘刈りの丸坊主。更に一週間は柔道部預かりの身となり、名目上は部員と一緒に稽古だが実態は藁人形の如く一方的に投げられ放題」という刑罰が用意されていたからである。勿論、稽古への参加をサボれば、廊下で曳地教諭直々に大内刈りを掛けて頂けるという素晴しい指導が待っているのであり、ドスをきかせた恐しい声で蜿蜒と説教された挙句の果てに「人生は厳しいのじゃ」と言い乍ら内申書に「素行悪し。要注意人物」と記すという念の入りようである。逆える者は誰一人としていなかった。五輪刈りでなくて本当に良かった。ああ恐かった。

    え、「儂はそこまで鬼じゃない」だって。じゃあ、今回は極秘記事という事にしましょうか。秘記事先生。

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    142話までは「パブロフの屁」(ぱりぱり噛めん:Parikame) のテキスト復刻版です。見出し形式「第○○話」がテキスト本編、「no.○○」が対応するダイジェスト図解版です。ご贔屓いただけると新作公開の励みになりますのでよろしくお願いいたします。え?頑張らなくていい……ですか

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