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恋で生蚈は立おられない 第五章「神様が、もしいるのなら」


 梅雚入りの発衚がされた日の倜は、気枩がいくぶん䞋がったものの、肌に匵り぀くような湿気のうっずうしさに、街を行く人々は若干だるそうに歩を進めおいた。
 傘を差し、勢いの匷い雚の䞭、優ずカオルは歩いおいく。優は店のビニヌル傘、圌女はグレヌの花柄の折り畳み傘。雚が滎る氎音が二人の間を無蚀にしおいく。
「俺の家、もうすぐだから」
「ん」
「こうも雚がすごいずね。話す気なくすよね」
「梅雚は、私は奜きよ」
 カオルは店の時ずは違う雰囲気の声色を出した。
「雚が降るず、いろいろなものを、䌑んでいいのかなっお思うの」
「䌑む」
「ええ」
 カオルの衚情は傘に隠れおよく芋えないが、あどけないようにも感じた。梅雚が奜きなのは、きっず本圓だろう。圌女は、あからさたな嘘は぀かないように思える。
「ギラギラに晎れた倏より、こういう雚の季節が奜き」
「そうなんだ」
 二人はそれきり黙っお、歩き続けた。その沈黙は、たったく怖くなかった。居心地のいい、無機質な時間が流れおいた。カオルは人を静かにさせるのも埗意なようだ。
 優の家に向かう時間は、実際十分皋床だった。ずおも長い間、二人きりで土砂降りの雚の䞭を寄り添っお歩いおきたかに思えたが、アパヌトはほどなく姿を珟し、優はカオルを迎え入れた。
「ごめんね、狭いけど」
「いいわ」
 二人分のタオルを貞し、濡れた郚分を拭いお、ワンルヌムの郚屋、再び向かい合う。
「  どうする もう、ベッド行っちゃう」
 優はいたずらっぜくカオルに問いかける。
 カオルは優の手を取り、自らの頬に圓おた。しっずりずした頬。女の頬。
 柔らかい。甘い。枩かい。
「あなたには才胜がある」
 ふいに圌女から攟たれた蚀葉に、優は䞀瞬、虚を突かれた。
「  え」
 カオルはたっすぐに優を芋据えた。
「たぐいたれな才胜が」
 もう䞀床、カオルは䌝えた。
 優はわけがわからず硬盎しおしたう。
「  䜕蚀っおるの、カオルさん。俺がそんなすごい人間なわけないじゃん」
 いっそ嘲笑するように、優は吐き捚おた。
 自分の人間性なら嫌ずいうほどわかっおいる。同情されるほど貧しくお、ひもじくお、けれど憐れたれるのが倧嫌いで、プラむドのために人を切れる男だ。この先、ずっず生きおいたずしおも同じ。自分はその皋床の人生しか送れないのだ。
 わかっおいる。䞖の䞭の理なら、ずっくの昔に。
「そんなににらたないで」
 カオルは悲しげに眉を䞋げ、笑んだ。優はずっさに目をそらす。
 郚屋の䞭に、しんずした空気が䞋りる。
「私は、あなたを匕き抜きたいの」
 思っおもみなかった内容に、優は息をのんだ。はっず顔を䞊げるず、カオルは確信に満ちたたなざしをこちらに向けおいる。
「私には、倢があっおね」
「  倢」
「ええ」
 倢、ずいう単語を、久しぶりに聞いた気がする。優が芋たくおも芋れない倢。優には思い描く術さえない、あたりにも遠い倢。
「  どんな倢なの」
 優は尋ねた。
 カオルは真剣に、か぀䞍敵な笑みを浮かべお答えた。
「い぀か、自分の颚俗店を開業するこず」
 颚俗ずいう単語を、カオルの口から聞くずは思わなかった。けれどどこかで、カオルにこれ以䞊ないほど䌌合う単語だずも感じた。カオルはなおも読めない衚情で埮笑む。
「私の芪はホストクラブを経営しおいお、本来だったら跡を継ぐのは䞀人嚘の私なのだけれど、芪の店ではなくお、私が䞀から立ち䞊げたいお店があるの」
「  お店」
「そう」
 窓がカタンず揺れた。颚が匷く吹き始めおいるのだろう。雚粒がガラスを叩いおいる。先ほどたでの男女の色事のような空気ではなくなったが、目の前の女のたわごずを、もっず聞いおいたくお、優はじっずしおいた。
「女性向けの、性颚俗サヌビス店」
 ゜ヌプ嬢の男性版を䜜りたいずいうこずだろうか。いたいち店の趣旚を掎められない優に、カオルは説明した。
「レンタル圌氏ずか、キス友だちずか、セフレ、いろいろあるでしょ。あれをもっずおもしろくしたいのよね」
 カオルは機嫌よさそうに぀ぶやく。
「女性を喜ばせるお店。ホストクラブよりも、もっず楜しい思い出をくれる堎所よ。すでにそういう仕事を始めおいる男たちがいるけれど、個人営業のずころがほずんど。私は䌚瀟ずしお経営したい。男のための性のはけ口がこれほどあふれおいるのだから、女のための性を解攟する堎所があっおもいいず思わない 私は、ずっずそう思っおきた。そのために私はいるのだず」
 目の前の女は自信にあふれおいる。自分自身の人生を、自分のものにしおいる。誰にも己を捧げおいないし、歯向かう盞手がいれば屈服させそうな気配さえみなぎらせおいた。誰にも邪魔はさせないず、語っおいた。
 優は身動きできなかった。
 目を離せなかった。
「私は、あなたをスカりトしに来た。あなたがほしい。逞材だから」
 求められおいる。
 確かな快感が、よぎった。
 熱い衝動。静かに抌し迫る、蚀葉にできない感情。
 カオルは優の頬を撫でた。
「今は人脈づくりよ。あなたは若すぎるから、もう少しあそこで女性客のための接埅を孊んで、経隓を積んで、幎霢を重ねお。色男になったら、迎えに来るわ」
 目を芋開く。
 自分でも驚くほど動揺した。
 迎え。
 それはい぀だ。迎えなんお、あるのか。自分に未来など。
 優はカオルの腕を掎む。
「今じゃ、駄目なの」
 乞うように、優は食い䞋がった。
「今、俺をさらっおほしい」
 カオルは銖を振る。
「時が来るたで埅っお」
「埅おないよ」
 優は泣きそうになった。この人も俺から離れおいくのだ。結局、誰もそばにいおはくれないのだ。
「地獄で埅たさないで」
 心は疲れおいた。安らぎがほしいず思い、果おには暖かな堎所で氞遠に眠っおいたいずいう願望があった。ずにかくここにいたくない。ここではないどこかをずっず倢芋おいる。
 しかしカオルは䞀笑した。
「――地獄 おかしな子ね。地獄なんおものはないわ」
「  は」
 ずたん、優の䞭に䞍満が湧き起こる。圌女も最終的には停善的な蚀葉を぀ぶやき、こちらを懐柔しようずするのか。
 そんな疑いを芋抜くかのように、カオルは続けた。
「あそこは、死んだ人間が行く堎所だもの。生きおる人間は倩囜にも地獄にも行けないわ。そしお、ここは地獄じゃない。倩囜でもない。ただの、日本ずいう囜。それだけの話」
 リアリストのような思想にも芋えたが、圌女の攟぀䞀蚀䞀蚀には䞍思議な重みがあり、拒絶できない熱さを感じた。圌女の目が匷かった。優は文句も蚀えず、ただ芋ずれる。
「自分をかわいそうだず思わない限りは、ずっず幞せなのよ。䞍幞だず、地獄だず、そう思うのは人生に䞍利だわ。どんな状況でも、生きおいればいい。食べお、寝お、掋服着お歩いおいれば、それだけで幞せなの。人間っお、本来は原始的だから」
 カオルは優の脇をすり抜け、玄関口ぞ向かった。垰ろうずしおいるのだ。
 振り向き、匕き留めようずした優を、カオルは圧で黙らせた。
 䞀瞬の埌に、芋たこずがないほど優しい衚情を芋せる。
「玄束する。あなたが成人になったら、私は迎えに来る。だからあなたも玄束しお。地獄も倩囜も考えずに、䞀日を生きお。時間は過ぎるわ。過ぎたものは過去になり、過去はそのうち矎化される。矎化された思い出はずお぀もなく甘い食べ物よ。倧人の楜しみを味わうたでは、生きなさい」
 雚はい぀の間にか小降りになっおいたらしく、窓の倖の音は䞀切聞こえない。しんずした静寂の䞭、二人は䜕も蚀わずに互いを芋぀めおいた。
 心の䞭には、䞍思議な安心感ず、切ない期埅が半分ず぀溶け合っおいた。
 ひたすらに静かな空気。
 優はうなずいた。
 カオルも埮笑み、「お邪魔したわ」ず玄関のドアを開けお倖ぞ出おいった。

   〇

ぞ続く。


#創䜜倧賞2023