
Femme aux pieds nus・裸足の彼女 第1話 (バニラフレーバーに救われて)
夏も終わりに近づくと、波の立つ日が増えた。
この日も、朝から丁度良い波が入っていた。
彼は海に出ていた。
吉田 武(よしだ たけし)、20歳。大学3年生だった。
誰が見ても好青年、それが彼のイメージで、がっつり体育会系でもなければ、極めて文化系でもない。サークル男子系の、可愛い若者だった。
彼は、シーガルを着て、トライフィンのボードで海に。
昼過ぎ、何度目かのセットが終わり、やがて彼はビーチに上がった。
シーガルの上半身を脱いで、大きなボトルに入れた水を飲みながら沖を眺めつつ、
「今日は、ここで上がろう」
そう思った。
ボードを抱え、駐車場への階段を登った。
晩夏の日差しの中、叔父から借り受けている、古いフォルクスワーゲン シロッコGTE 彼の相棒の一台が停まっているところまで歩く
シャワーは家に戻り、ガレージのホースで済ませようと決めた。
ボードをルーフに載せた。
ウエットスーツを脱いで、身体を拭う。
車のシートにタオルを敷く。
後席のプラケースにウエットを置いて、パーカーを羽織る。下は、スイミングトランクスだけだ。
サングラスをかけて、エンジンもかけた。
塩で汚れたフロントガラス。
ウォッシャーを出して、ワンアームのワイパーがそれを拭う。
車を出そうとした、その時だった。
彼はギヤをニュートラルに戻した。
サイドブレーキを引き、ドアを開けて車の前へ、急いで出た。
「裕子、おまえ何やってんだ?」
彼は、そう叫んだ。
そこには、彼の小学校からの同級生であり、幼馴染の小池 裕子(こいけ ゆうこ)が立っていた。
彼が、彼女に会うのは何年ぶりだろうか。
久しぶりに会った彼女は、麻混のブラウスに、シアサッカーのスカート姿。不安そうな顔で立ち――そして何故か、彼女は裸足だった。
彼女は、とても勉強ができる優等生タイプ。けれどそれが鼻につかない、おとなしくて目立たないタイプだった。いつもちゃんとしているタイプの彼女が、今ここに、こんな姿で現れたことに彼は驚いた。
裕子は彼を見るなり、眼に涙を湛え、それは間もなく溢れ出した。
泣き顔のまま彼に近づいて、息がかかるくらいの距離まで来ると、はっと思ったように彼の眼の前で止まった。
多分、抱きつきたかったに違いない。
けれど、二人は過去に、お互いに触れ合った記憶すらないことを、今、彼女は思い出したのだ。
彼もまた、彼女が胸に泣きながら飛び込んでくる、そう自然に思ったけれど、彼女が止まったことを受け、自分の抱き抱えようとしていた手を降ろした。
二人は、すぐ近くに寄り添いながらも、お互いに触れることはなく、不自然な両手をお互いにもてあましていた。
「さあ……とにかく」
と言いながら、彼は車からビーチサンダルを取ってきて彼女に履かせた。
そして、助手席のドアを開けて彼女を座らせながら、後席のバッグから、コーヒーの入ったポットを取ると、蓋に注いで彼女に手渡した。
彼女は黙ったまま、それを受け取ると、力なくそれを両手で持った。
そこまでの仕草を彼はとてもきちんとこなし、その姿は、彼女にはとても頼もしく感じられていた。けれど、まだ涙が溢れてきてしまう。
彼は、まだ使っていないタオルを彼女の腰にかけた。
「ありがとう」
彼女が彼にそう言ったのが、彼が聞いた、彼女の久しぶりの声だった。
彼はやり場無く、フロントガラス越しの海を見ながら声をかけた。
「良ければコーヒーを。飲みたくなければカップを受け取るから。急がないでいいからね」
彼女が頷いたのが、横目で見えた。とても今、彼女を直視できないでいた。
そして彼は、これ以上何も聞けないでいる自分を、許すしかないと思っている。
彼女は、久しぶりに出会った彼が居てくれる安心感に包まれながらも、「何を話したらいいか」「話すこと自体が、関係の無い彼に迷惑になるのではないか」と考えると、もう何も言えずにいた。
コーヒーを、口にする。
香りの良い、少しだけバニラのフレーバーがするコーヒーだった。
彼女は、このコーヒーに救われた気がした。
彼に、
「このコーヒー、凄く美味しいわ」
と言うと、また、涙が出た。けれど、その涙は、安堵の涙だった。
「おかわりもあるから、ゆっくり飲んでね」
彼はエアコンのルーバーを動かし、彼女に直接風が当たらないようにした。
二人を乗せた車は、昼下がりの海辺の駐車場に、少しの間、停まったままでいた。
=第2話につづく=


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【小物の紹介】
物語に登場するのは初代 ジウジアーロデザインのシロッコです
これは、第2世代で、シロッコは16バルブまで登場します
僕が大好きなのは、昔 恵比寿にあった、ハワイアンワッフルの店のコナコーヒー バニラマカダミアンナッツフレーバ が大好きだった
大好きな先生の本
先生のサーフィン作品といえば 巨大な
◻️画像はAI生成です
◻️物語は完全なフィクションです