40代最後の1年が始まる
今月、49歳になる。
メガネが3つある。スマホ用、PC用、運転用。どれをかけても、何かが見えない。
正直に言うと、老眼がここまで進むとは思っていなかった。2ヶ月で15kg太ったこともある。階段で息が上がる。夜、眠れなくなった。体ばかりが、僕の意思を無視して、着実に49歳になろうとしている。
40代最後の1年が、始まる。独白を、書いてみようと思います。
4月生まれの僕は、毎年この時期になると「また一つ歳を取るのか」と感じます。でも今年は少し違う。
40歳の頃の僕は、フリーランスでした。
子どもがまだ小さかったこともあって、家のことにも多くの時間を割いていた。仕事はITサポートの顧問業で、身近な人たちのITまわりを便利にしていく。それだけで十分に幸せだったんですよね。このままの延長線上で、ずっと続けていくのだろうと思っていました。
オフィスと自宅の間にドラッグストアがあって、毎日のように寄り道しては、お菓子とジュースを買い込んでいました。月のお菓子代が、実は1万から2万円。何かあったらまず食べる。それが僕の日課であり、ストレス解消法であり、いちばんの楽しみだった。我ながらすごい額だなと思うのですが、それくらい毎日のように通っていたんです。
現状にとても満足していました。幸せだった。
もう一歩何かできないだろうかと思うことはあったけれど、日々のサイクルに追われて手いっぱいで、先のことまで考える余裕がなかった。
まさか法人化するとは思っていなかった。
しかも、株主が複数いるような体制で会社を作ることになるとは。ITサポートだけで手いっぱいだったのに、マーケティングの代行を始めることになるとは。採用の強化やブランディングまで手がけて、圧倒的な数字の実績を残せるようになるとは。
全部、「まさか」の連続でした。
2003年に26歳でフリーランスを始めて、2020年に42歳で法人化した。今年で創業から23年目になります。
40歳の頃に信じていた「この延長線上の人生」は、まったく別の場所にたどり着きました。
やっていなかっただけで、やれば結構できることがあるということを、40代の9年間で知りました。
ものすごく不思議なんですよね。幸せを感じていた40歳の頃よりも、はるかに忙しくなった今のほうが充実しているし、幸せをより感じている。時間管理もうまくなった気がします。前よりもずっと多くのことを抱えているのに、前よりも自分の手の中にあるという感覚がある。
でも、体はそうはいかないんです。
2年ほど前に、仕事上で思いもよらないことが起きました。
詳しくは書けないのですが、人を雇うということの難しさを、痛すぎるほど痛感した出来事でした。法人化してから人の採用に取り組んできましたが、トラブルが続いた。時間の面でも、お金の面でも、ロスが大きかった。出ていた利益が、自社の問題解決のためにどんどん流れていってしまう時期がありました。
ある出来事が起きたとき、世の中ではよく聞く話だけれど、自分の身に降りかかるとは思いもよらなかった。
正直に言うと、その衝撃を、僕はうまく処理することができなかったんです。
全部、食べることで解消しようとしてしまった。何かあったらまず食べる。それは昔からの癖なんですが、今回は止められなかった。
たった2ヶ月で、15kg太りました。
あれから2年。ジムには通っています。でも、体重はほとんど落ちていない。基礎代謝が落ちてしまったのか、何をやっても数字が動かないんですよね。
食べ放題が、人生の至福の時間でした。元を取るほど食べることに、ちょっとした誇りすら感じていた。でも最近は、がんばって食べると翌日までお腹が苦しい。元を取るどころか、代償を払っている。食べ放題で元が取れなくなった日が、本当の意味で歳を取った日なのかもしれません。
老眼は、同世代と比べても僕はだいぶひどいほうだと思います。去年奮発して買った13万円の軽量ノートPC。どこにでも持っていけるようにと思って選んだのに、画面がにじんでほとんど使わなくなってしまった。高い買い物だったのに・・・。スマホはメガネをずらして裸眼で見る。PC用は度数を上げた。運転用はさらに強いものを別で用意している。どれをかけても、何かが見えにくいんですよね。
夜遅くまで仕事をしていると、以前のようにすっと眠れなくなりました。翌日まで疲労を持ち越してしまう。白髪がちらほら見えてきて、ときどき毛染めでごまかしています。
それから・・・最近、ネガティブなことを考えてしまうことが増えたような気がします。「この件はもうダメかも」とか、以前の自分なら考えなかったようなことが、ふと頭をよぎる。
誤解してほしくないのですが、心が折れているわけではないんです。
でも、朝になるとジムに向かっている自分がいる。それだけは止めていない。体が重くても、気持ちが沈んでいても、靴を履いて出かけている。たぶん、それが今の僕にとっての「まだ大丈夫」のサインなのだと思います。
創業したときの想いは、23年間ずっと変わっていません。より多くの人や組織が、テクノロジーを使って便利な働き方を手に入れられるように。その想いはずっと同じなのに、やり方はいまだに手探りです。
想いだけは23年分ある。でも、やり方はまったくダメだなって、感じてしまう瞬間がある。
何度もやり直してきました。人の採用も、お金の使い方も、時間の配分も。気持ちばかりが先走って、実態が伴わない。
「うっ」と感じる日々だけれど、それでも、少しずつ前に進んでいるのだと、自分に言い聞かせています。
40代で分かったことを、いくつか書いてみようと思います。
「残りの人生はこの延長線上にある」と信じていたけれど、違いました。延長線の先に人生があるのではなくて、横道に逸れたところに、思いもよらない景色があった。40歳の僕が想像もしなかった場所に、49歳の僕は立っています。
リスクが取れるようになりました。フリーランスの頃は、手元のお金の範囲で、小さくチャレンジして、少しでもリターンを大きくする方法ばかり考えていた。法人化して融資を受けてからは、借りたお金も含めて、その資金をどれだけ最大限に活かせるかが会社の価値なのだと考えるようになった。先行投資をして、後から回収する。中長期で計画を立てる。40歳の自分には、たぶんできなかったことです。
やりたい想いはフリーランスの頃からずっと同じだったのに、想いをもっと大きくしてみたら、取り組みもだんだん大きくなっていきました。小さく賢くやるよりも、大きく背負うほうが面白い。この9年間で、それを知りました。
それから、いつまでも子どもの頃のまま、大人に成りきれない感覚。これは・・・消えないものなのかもしれません。49歳になっても、どこかで20代の延長にいるような気がする。年齢ばかりが上がっていくのに、中身が追いつかない。
でも、最近になって思うんですよね。それは悪いことではないのかもしれない、と。大人に成りきれない自分を引きずりながらでも、前に進むことはできる。たぶん。
中学生になった息子がいます。まっすぐ育っている。彼の背が伸びていく姿を見ると、ああ、時間は確かに進んでいるのだなと感じます。
6年以上、変わらず支え続けてくれている株主がいます。先日の臨時株主総会で「あなたのやりたいことをやればいいよ」と言ってくれた人たちです。近くで支えてくれている人もいる。
ありがたいことに、一人ではないんです。
こんなに多くを背負ってチャレンジすることは、人生で初めてのことです。
体力も、気力も、資金も、サポートしてくれる人たちも。こんなに充実した環境でチャレンジできること自体が、もう成功のようなもんだと思っています。
もし失敗したら。
それもまた、次のエピソードにしてしまえばいい。
50歳になるまでに、どうしてもやりたいことが一つあります。
15kgの負債を、この1年で返済したい。
以前、このブログで「健康寿命をのばす」ために始めたことを書きました。あれから時間が経って、正直なところ・・・進捗はあまりよくないです。ジムには通っているけれど、減量はイメージした通りにはいかない。
でも、目標は変わっていません。
50歳の年に、マラソンを走りたい。完走したい。
15kgの負債。老眼。階段で上がる息。ときどき顔を出すネガティブな思考。
全部、40代最後の1年に持ち越してしまった宿題です。
でも、宿題があるということは、まだ提出期限が来ていないということでもある。
40代最後の1年が始まります。
走り出そう。
この1年のことを、ときどき書いていこうと思います。
15kgの負債がどうなったか、気になる方はフォローして見届けてください。
この文章は、以下の2つの記事に背中を押されて書きました。
20代最後の一週間を生きるエンジニア、あるいは30歳の扉の前でうろたえる男の独白
https://syu-m-5151.hatenablog.com/entry/2025/05/02/04593220代最後の日を生きるハヤカワ五味の独白
https://note.com/hayakawagomi/n/n13f161641b45

スキしてもらえると励みになります。
株式会社ススムワーク → https://www.susumuwork.com/
