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メイドの飛脚③

    山根あきら | 哲学者


    前話はこちら(↓)



    メイドの飛脚③


     メイドさんが目をキラキラとさせている中で、私は手紙の封を切った。

    「メイドさんにも聞いてもらおうかな。ゆっくりと声に出して読んでみるね」

    「えっ!読んでくださるのですか、ご主人様。とっても嬉しく思います。私、一生懸命にお聞きしますね」


    第二章

     メイドさんが届けてくれたあなたの第一章は、たいへん素晴らしいお話でした。とても心を動かされました。本当に心がこもっていて、思わず涙が出てきてしまいました。
     今さらなのですが、私はあなたに謝らなければなりません。

     私は年とともに握力が低下した上に、緑内障が進み、あなたのお手紙を直接読むことができません。また、この手紙も、私の手で書いているわけではありません。私が口述したものを、私の筆跡を真似てメイドさんに書いていただいているのです。

     あなたに私からの手紙を運んでくれる「メイドの飛脚」さんは、たいへん優秀な方です。
     私の様子を見て、元気なときには生き生きとした文字で手紙を綴り、体調の良くないときには、若干、弱々しい文字で手紙を書いてくださいます。
     もし、私が私自身の手で手紙を書けるならば、きっとメイドさんの書く文字のようになるでしょう。

     もちろん手紙の内容そのものは、私が考えたものです。しかし、私の文字だと思って読んでくださっていたあなたには、たいへん申し訳ないという気持ちもあります。

     明るいお話をあなたの後に続けることができず、申し訳ありません。詳しいことは、メイドさんからお聞きください。
     私としましては、これまで通り、あなたとお便りのやり取りをしたいと思っております。

    草々


     読み終わったあと、私はなんとも言えない気持ちになった。もし、ここに書いてあることが本当だとしたら?
     驚きながらも、私には相手の方のお気持ちが伝わってきた。メイドさんの文字であろうが、それは瑣末なことだ。こうやってお互いに心を通わせているのだから。

    「メイドさん、この手紙に書いてあることは本当なのでしょうか?本当であっても、小説であったとしても、私はこれまで通り、この方と文通しつづけたいのです」

     メイドさんを見ると、相変わらずニコニコしていた。

    「守秘義務があるので、なんとも申し上げられません。ただ…」
     メイドさんはそう言って、いたずらっぽく目を細めた。
    「ただ、ご主人様のお気持ちがそのようにお相手の方と繋がっているのであれば、私の飛脚の仕事も、ますますやりがいを感じます。手紙は、文字を書く手が誰のものであっても、心を運ぶもの。ご主人様の心も、きっとお相手の方に届いておりますよ」

     私は封筒を手に、しばらく考え込んだ。文通相手の言葉には、どこか切なさが滲んでいる。それでも、手紙を続ける意志を感じるその一文に、胸が温かくなった。メイドさんの言う通り、文字が誰の手によるものであっても、心がそこにあるなら、それが本当の意味だ。

    「メイドさん、君の言う通りだね。手紙は心を運ぶものだ。だったら、私もこの物語の続きを書いて、相手の方に届けてもらおうと思う。第三章だ」
     私は便箋を取り出し、ペンを手に握った。

    「まあ、ご主人様! 第三章ですか!」
     メイドさんは手を軽く叩き、まるで舞台の観客のようなワクワクした表情を見せた。
    「どんな物語になるのでしょう? 霧の町の飛脚の少女は、どんな冒険に出るのですか?」

    「ふふ、君もこの物語の共演者なんだから、ちょっとくらいネタバレしてもいいよね」
     私は笑いながら、頭に浮かんだアイデアを口にした。
    「霧の町の少女が、差出人不明の手紙の謎を追ううちに、町の外れにある古い図書館にたどり着くんだ。そこで、彼女は一冊の不思議な本を見つける。その本には、町の住人たちの心が書かれた手紙が綴じられていて」

    「なんて素敵なお話でしょう!」
     メイドさんが目を輝かせて言った。
    「その本、なんだか私たちの手紙みたいですね。ご主人様の物語が、まるで本物の魔法のようですわ」

    「魔法か…。そうだね、君が届けてくれる手紙も、どこか魔法みたいなものだよ」
     私はふと思いついて、彼女に尋ねた。「ねえ、メイドさん。君が届ける手紙の中で、印象に残っているものはある? さっきの話の続きでもいいし、なんでもいいよ。どんな物語を運んでいるんだい?」

     メイドさんは少し考えて、柔らかい笑みを浮かべた。
    「そうですね…。ご主人様のお手紙も含めて、たくさんの物語を運んでおりますが、一つだけ。ある日、町の小さな女の子から、遠くのおばあさまへ宛てた手紙をお預かりしました。そこには、絵と一緒に、たった一言、『だいすき』と書かれていました。届けたとき、おばあさまが涙を流しながら、その手紙を胸に抱きしめておられたんです。あの瞬間、私、飛脚の仕事って、ただ走るだけじゃないんだなって思いました」

    「それは…本当に素敵な話だ」
     私は思わず目を閉じて、その場面を想像した。メイドさんが走り、汗をかきながら届けた手紙が、誰かの心を温める。その姿が、私の書いた「飛脚の少女」と重なった。

    「メイドさん、ありがとう。君の話、第三章にちょっとヒントをもらったよ。」私はペンを手に、便箋に向き直った。「この物語の少女も、誰かの『だいすき』を届けるために、走り続けるんだ。どんな困難があっても、彼女の手紙は、誰かの心に届く」

    「ふふ、ご主人様の物語、ますます楽しみです!」
     メイドさんはそう言うと、軽くお辞儀をした。
    「では、ご主人様が第三章を書き終える頃に、またお伺いいたします。次の配達も、心を込めて走ってまいります!」

     彼女が玄関を飛び出していくのを見送りながら、私はペンを走らせ始めた。霧の町の少女が、図書館で見つけた本には、町の住人たちの「心の手紙」が詰まっていた。少女は、その中の一通を手に取る。そこには、誰かの「だいすき」が、震える文字で書かれていた…。

     書きながら、私はふと思った。この物語は、ただの空想じゃない。メイドさんが届けてくれる手紙、文通相手の心、そして私の書く文字。それらが全部繋がって、大きな物語のページを刻んでいるんだ。第三章の最後には、また相手の方にバトンを渡そう。そして、どんな第四章が返ってくるのか、楽しみに待とう。

     夕陽が部屋をオレンジ色に染める中、私は物語を書き進めた。メイドさんの足音が、遠くまで軽やかに響いていった。


    …つづく



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    初投稿2021/08/08。毎日投稿。2023年から個人企画「青ブラ文学部」。英語、ことば、文学、哲学、数学、時々noteのことなどを書いています。 『星空の恋の方程式』で創作大賞2025中間選考通過。『算数の時間 | 分数を理解しよう!』で「今日の注目記事」に選出。

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