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メイドの飛脚④

    山根あきら | 哲学者


    前話はこちら(↓)



    メイドの飛脚④


     メイドさんの軽やかな足音が遠ざかるのを聞きながら、私は便箋に向き直った。
     霧の町の少女の物語は、私の頭の中でどんどん膨らんでいった。だが、書き進めていると、少女の姿がメイドさんの姿と重なってくる。
     メイドさんが汗を流しながら、笑顔で手紙を届ける姿。町を駆け抜ける軽やかな足取り。そしてあの「守秘義務」と言いながらのいたずらっぽく微笑みながら、優しく語りかける様子。
     まるで、霧の町の少女が、現実のメイドさんとして私の前に現れているかのように思えてくる。

     私はペンを握り、第三章を書き始めた。霧の町の少女は、図書館の古い本棚の奥で、不思議な本を見つける。ページをめくると、そこには町の住人たちの「心の手紙」が綴じられていた。
     恋の告白、家族への感謝、誰かへの「ありがとう」や「だいすき」。

     だが、その中に一通、特別な手紙があった。差出人も宛先も書かれていない、ただ「時を超えて、届けてほしい」とだけ記された手紙。
     少女は、その手紙を届けるために、霧の森を抜け、町の外れにある古い時計塔へと向かってゆく。

     書きながら、私はふと思った。この物語の少女は、ただ手紙を届けるだけじゃない。彼女は、過去の誰かの想いを、未来の誰かに繋いでいる。まるで、メイドさんが私の手紙を文通相手に届け、さらには町のあちこちで人々の心を結んでいるように。彼女は単なる飛脚じゃない。過去と現在、そしていつか未来までをつなぐ、物語の架け橋なんだ。


     どのくらい時間が経っただろう。夕日が部屋を茜色に染める頃に、玄関のチャイムが鳴った。メイドさんが戻ってきたのだろう。

    「ご主人様、ただいま戻りました!」
     彼女の声は、いつも通り明るく、どこか物語の続きを運んできたような響きがある。ドアを開けると、彼女は少し息を切らしながらも、いつもの笑顔で立っていた。メイド服の裾には、町の埃と、どこか遠くの風の香りが漂っているような気がした。

    「おかえりなさい、メイドさん。ちょうど第三章を書き終えたところだったんですよ」
     私は便箋の束を手に、彼女に微笑んだ。
    「せっかくだから、君に最初に読んでもらおうかな。実は、霧の町の少女、メイドさんのことを思いながら書いたんだ」

    「まあ、ご主人様!」
     メイドさんの目がキラリと光った。「私がモデルだなんて、光栄です。けど、ちょっと照れくさい感じもします。どんなお話になさったんですか?」

     私は便箋を彼女に手渡し、ソファに腰掛けるように促した。

    「では、私が声に出して読んでみるね。聞いていてくださいね」

     メイドさんは私の読む物語に耳を傾けてくれた。

    「ご主人様!まぁ、なんて素敵なお話でしょう。すみません。今度はご主人様の文字で、もう一度読ませていただきたいのですが…」

     私がメイドさんに手紙を手渡すと、いつもの丁寧な仕草で便箋を受け取り、ページをめくり始めた。彼女の目が文字を追い、時折小さく微笑んだり、眉を上げたりするのを見ていたら、私は少しドキドキしてしまった。まるで、物語のヒロイン自身に、自分の書いた台本を読んでもらっているような気分だった。

     読み終えたメイドさんは、ゆっくりと便箋を閉じ、ふっと息をついた。彼女の表情は、いつものニコニコした笑顔と、どこか遠くを見るような眼差しが混ざっていて、何を思っているのかわからない。

    「どうだった? 霧の町の少女、君に似てるかな?」
     私は少し緊張しながら尋ねた。
    「あの少女、まるで君みたいに、過去と現在をつなぐ手紙を届けているんだ。もしかして、君自身がそんな物語のヒロインだったりするのかな?」

     メイドさんはくすっと笑い、いつものように軽く首をかしげた。
    「ご主人様、素敵な物語でございます。霧の町の少女、確かに少し私に似ているかもしれませんね。手紙を届けるたびに、誰かと誰かの心が繋がるなんて…なんだか、私の飛脚の仕事そのものです」

     私は身を乗り出して、彼女の言葉を待った。
    「それで、君はこの少女と…やっぱりどこかで繋がってるのかい?」

     メイドさんは一瞬、目を細めて私を見た。まるで、物語の秘密を知っているかのような、ミステリアスな笑みだった。

    「ふふふ、ご主人様。飛脚の守秘義務がございますから、肯定も否定もいたしません。ただ…」
     彼女は便箋をそっと胸に当て、柔らかく続けた。
    「この物語、過去の誰かの想いを、未来の誰かに届けるなんて、なんて温かいお話なのでしょう。私、このような手紙を届けるのが、ますます楽しみになりました。とてもやりがいのあるお仕事です。メアドの飛脚って」

     その言葉に、私は思わず笑った。
    「メイドさんらしい答えだね。よし、じゃあこの第三章を、文通相手に届けてくれるかな? どんな第四章が返ってくるか、楽しみにしているよ」

    「かしこまりました、ご主人様!」
     メイドさんは封筒を受け取り、いつものように胸に抱いた。
    「この物語の続き、きっと素晴らしいものになりますよ。私、飛脚として、心を込めてお届けいたします!」

     彼女が夕暮れの町へと走り出すのを見送りながら、私はふと思った。メイドさんが届ける手紙は、ただの手紙じゃない。過去の誰かの「ありがとう」や「だいすき」を、未来の誰かに運ぶ、まるで魔法のようなものだ。メイドの飛脚とは、タイムマシーンのようなものかもしれない。霧の町の少女も、メイドさんも、きっとどこかで繋がっている。たとえそれが私の空想だったとしても、この物語は、私と文通相手とメイドさんで紡ぐ、一冊の本のページになる。

     部屋に静寂が戻る中、私は次の手紙を思い描き始めた。第四章は、どんな物語になるのだろう? そして、メイドさんが運ぶその手紙は、どんな心を繋いでくれるのだろう?
     第四章を読まないことには、第五章を書くことはできないが、私の心は次の第四章を飛び越えて、第五章を構想し始めていた。


    …つづく



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    初投稿2021/08/08。毎日投稿。2023年から個人企画「青ブラ文学部」。英語、ことば、文学、哲学、数学、時々noteのことなどを書いています。 『星空の恋の方程式』で創作大賞2025中間選考通過。『算数の時間 | 分数を理解しよう!』で「今日の注目記事」に選出。

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