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Photo bynyakopan

子どもを作る覚悟も作らない覚悟もできなかった私が、作ろうと決心した話

    いもはず

    このマガジンは結婚して5年、妊娠に至るまでの私の、私たち夫婦の葛藤や心境の変化について書いています。
    今回は、「子どもを作ろうと決心した話」について書いていきたいとも思います。

    結婚してから私は頭の中ではぼんやりと「子どもが欲しい」と思っていたけれど、
    様々なリスクを考えれば考えるほど「子どもをわざわざ作るメリットってないよね」と思い知らされてしまった。

    そして基本的に心配性な私はこれらのマイナスな要因について委縮し、欲しい気持ちはあるけれど怖いし不安、となかなか子どもを作る決心ができなくなっていた。

    私はリスクや不安を頭の中で何十周とし、何年も悩んで、「今はまだ時期じゃない、もう少し後でにしよう」と先延ばしにしてきた。
    作るか、作らないかの選択を後回しにしたいけれど、出産へのタイムリミットは刻一刻と迫っている。

    私は子どもを作る覚悟ができなかった。
    けれど、子どもを持たない覚悟もできなかった。

    子どものことを考えなくて良いように仕事にも趣味にも全力投球をしていた。
    当時の私は何も検査をしておらず、自身が望めば子どもは出来ると勘違いをしていた。
    いや、不妊治療のことは調べていたし、知り合いにも不妊治療を頑張っていた夫婦を知っているので不妊という可能性を考えたことはあったけれど、何故か自分は大丈夫だろうと上から目線で生きていた。
    本当、当時の自分を殴ってやりたい。

    なので私は一丁前に、
    いっその事、子どもができない身体だったらいいのに。と思ったことも多々あった。
    自分で決められないのなら、強制的に子を成せない身体だったらいいのに、と。

    このころの私の日記にはよく書いていた歌詞がある。

    ♪女の《出産適齢期きせつ》は 短い《一瞬の季節なつ》
    瞬く合間に通り過ぎる
    刹那の《価値観きじゅん》に 弄ばれ
    狭い《然れど本質的な同調圧力とりかご》で 《生涯せい》を縛る……
    その檻の中から 抜け出して 自分の意思で羽撃はばたける
    そんな《女性にとって自由な時じだい》が何時か来るのでしょうか?♪
    Sound Horizon「忘れな月夜」より

    そもそもここまで子どもを作ることに真剣に難しく考えている人も少数派なのかもしれない。
    他の人はもっと気楽に、「結婚したから子どもは欲しいよね」って感覚なのだろう。
    世間の子持ちへの冷たさや、子どもの発達障害のリスク、夫婦関係の破綻、自分自身のメンタルへの心配、お金や時間の自由が奪われるなど、そういうことは考えたことすらないのかもしれない。

     
     
     
    何者かになれない私が、書くことで整える暮らし。 手帳とライフログで、心をゆるく整えています。 手帳のある暮らしや手帳の使い方を綴っています。 1995 | 夫と息子とクサガメと | 田舎暮らし Amazonアソシエイトに参加中です。

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