
デザインの鬼滅、泥臭い進撃。そして映画スラダンが発明した「観客席の視点」
足し算と引き算のデザイン力
今朝 『鬼滅の刃』を読み返し
デザインの力 がすごいなっ
キャラ立ち
髪の色 小道具 服装
刀の形 色 斬撃
個性の描き方
よく見ると瞳の中の光の入れ方まで 違う
こだわり
でも今朝 布団の中で読み返して気がついた
「引き算のデザイン」 の 素晴らしさ
モブを「アイコン化」する処理
刀鍛冶の人たちは全員「ひょっとこのお面」を被っている
結構な重要キャラでも
鱗滝さんはずっとお面
煉獄さんの家族は お父さんも 弟も
煉獄さんにそっくりなのはあえての処理
そうすることで「煉獄一家」ということが一目でわかる
産屋敷家のおかっぱあたまの子供達
超屋敷の3人娘
メインキャラクターを生かすために
サブキャラクターの情報をあえて さっぴいて
「この人たちは刀鍛冶のグループだよ」というアイコンにしている
顔を見せないことで、読者にとっての無駄な情報を省き
視認性を高める
役割を明確にして、ストーリーの軸と捉える
情報の「足し方」に加えて「除き方」
デザインだ
王道のアイコン と リアリティのドラマ
12人の強い鬼があっさりボス鬼の采配で数を調整されてしまったのも
作品全体のストーリーバランスを見た「デザイン」だった
情報の密度が高すぎると 読み手は疲れてしまう
『鬼滅の刃』は
「理詰め」の美しさ、アイコン化された美しさがある作品
炭治郎は精神的に完成されている
誰にでも優しく
触れ合う人を浄化していく
「道徳の教科書」のような 美しき象徴(アイコン)
対照的なのが『進撃の巨人』
ドキュメンタリーというか、泥臭いドラマを感じる
エレンは生々しい迷いや痛みを持っている
不器用に
誰かを守るために誰かをを傷つけてしまう
もがき苦しむ 力強いリアリティ
媒体が変わる時の「表現」の模索
漫画という媒体
『HUNTER×HUNTER』はすごい
一方で、映画の『THE FIRST SLAM DUNK』を観た時は
アニメーションの新しい可能性を感じた
漫画だと時間の引き延ばしが
自 由 自 在
で数秒のプレーが何ページもかけて描かれたりする
けれど、映画ではそれを
「リアルタイムのスポーツ観戦」として表現していた
バスケットの試合は40分。
映画ではその40分を、リアルな時間経過で表現している。
その切り口、とっても新しいと感じた。
試合開始直後のアリウープ、漫画で見るとたっぷりな時間感覚なのだけれど
リアルタイムな時間感覚で見ると
とても あっさり
そりゃそうだ、実際数十秒だろう
漫画では
主人公たちの目線で、あの物語に没入できた
映画館では
観客席の目線で、あの物語が現実にどんなふうに起きていかを体感した
「あの伝説の試合」を、観客席から目の当たりにしている感覚
純粋に「映像でしかできない表現」に特化したあの試合描写だけで、ファンとしては十分すぎるほどだった。
(漫画で描かれなかったドラマ部分の補完は、私からしたら不要だった)
映像作品だからこそできる表現方法
それに痺れる
『鬼滅の刃』のアニメ
雪道を歩く足元の描写
刀から出る水の表現
映像としてうまくハマったからこそ、あそこまでヒットしたんだろう
執筆データ 2026年5月1日 記録 場所:通勤中の車内(雨)