
父のこと ーあなたのことは嫌いです。ー
あなたのことは嫌いです。
世の中で一番嫌いです。
母を傷つけたから。
私たちを捨てたから。
覚醒剤で逮捕されたから。
そして何度も裏切ったからです。
最後に話したのは、もう10年以上前だったと思う。
いつだったかも、もう覚えていない。
知らない番号から電話がかかってきた。
電話に出ると父の声だった。
「お前、元気なんか?」
私は何も言わず電話を切った。
それが最後だった。
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私が9歳の時、父と母は離婚した。
原因は父の覚醒剤だった。
母は気づいていた。
だから最後に父に聞いたらしい。
「私たちと一緒に頑張る気はないの?」
父は即答した。
「ない」
母は離婚を決めた。
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父は大工だった。
腕は良かったらしい。
頭の回転も速く、口も達者だった。
でも私が覚えている父は違う。
奈良での仕事で不当たりを出した父は
仕事をしなくなり、祖母の家で布団に潜り込んでいる父だった。
毎日訳の分からないことを話していた。
祖母に手を上げることもあった。
ある日、新聞を広げていた父が私を呼んだ。
隣に座らせる。
そして新聞には書いていない記事を読み始めた。
「日本は戦争に勝ってるんや」
「こいつらは全部スパイや」
そう言いながら新聞を丸めた。
その目を今でも覚えている。
黒く見開いた目。
獣みたいな目だった。
私は怖かった。
ただ怖かった。
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父を通報したのは母だった。
父の友人だった 刑事さんが母に言ったらしい。
「もうええやろ。
助けたらんと、俺も辛いけど・・・」
母は決心した。
離婚後、
父は力の限り暴れまわり
何台ものパトカーが集まるなか
父は逮捕された。
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この事実を知ったのは18歳になってからだった。
それまでは父は遠くで働いていると聞かされていた。
信じていた。
父から届く手紙に押された「検」という印鑑。
それを見つけて母に聞いた。
そこで初めて知った。
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20年以上会わなかった父と再会したのは、自分の離婚だった。
父は横浜で工務店を経営していた。
成功しているように見えた。
父は言った。
「うちで勉強したらええ
資格取って帰ればええ
20年苦労させたから 力になるよ」
私は信じた。
離婚して、自分で生きていける力が欲しかったから。
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横浜へ行って2年。
父の会社は倒産した。
負債は6億円だった。
弁護士からのFAX一枚で知った。
父はいなかった。
逃げていた。
私は弟と倒産処理をした。
ひたすら処理した。
一か月ほどして父は戻ってきた。
「すまんな」
それだけだった。
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父の住んでいた家は銀行の差し押さえになり
新しいアパートを借りて
父と後妻の娘 つまり 腹違いの妹と住む家を用意した
後妻はとっくに男を作って逃げていた
半年もしないうちに妹から電話があった
「お姉ちゃん・・・お父さんが変なの」
嫌な予感がした。
いや、違う。
分かっていた。
まただ。
また薬だ。
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先に着いた弟から電話が来た。
泣いていた。
「姉ちゃん、俺どうしたらいい?
警察に言った方がええんかな」
弟は優しい。
優しすぎた。
父を警察に渡したくなかったんだと思う。
「私がするよ」
そう言った。
でも弟は答えた。
「いや、俺がする」
私を守ろうとしてくれたんだと思う。
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父はまた逮捕された。
48時間後、面会に行った。
父は私を見るなり叫んだ。
「お前のせいや!」
「お前が!」
「お前が!!!」
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人生であれほどの怒りを覚えたことは
後にも先にもなかった
父は逃げた。
薬をやった。
借金を作った。
私たちは必死で生きている。
それなのに。
何を言ってるんだ。
何を。
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私は椅子を持ち上げた。
面会室のアクリル板に投げつけようとした。
その時だった。
「お姉ちゃん!」
妹の声だった。
我に返った。
何も言わず
私は帰った。
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執行猶予三年。
それが判決だった。
半年後。
また同じことが起きた。
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二月の寒い日だった。
首都高を走っていた。
東京タワーが綺麗に見えていた。
携帯が鳴った。
ヘルパーさんからだった。
「お父様と連絡が取れません」
私は思った。
シンデレバイイノニ。
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父の部屋へ向かった。
先に着いたのは私だった。
合鍵で開ける。
ワンルームの奥。
ベッドから足が見えた。
動かない。
ぴくりとも動かない。
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シンデレバイイノニ。
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「ねぇ」
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シンデレバイイノニ。
⸻
「ねぇ」
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父が動いた。
そして最初に言った。
「足にはこの薬が効くんだよ」
脳梗塞を患い、
かつてあれほど狂暴だった面影はどこにもない。
自由の利かない身体を、
ベッドの上でただ重そうに揺らした。
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私は警察へ電話した。
淡々としていた。
驚くほど冷静だった。
父は言った。
「お前は親を売るんか」
私は答えた。
「そうだね」
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深夜。
令状を持った警察官たちが来た。
薬は見つかった。
父は連れて行かれた。
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パトカーの赤いサイレンが、
深夜の住宅街を静かに照らしていた。
その光に浮かび上がったのは、
弱々しい背中だった。
よれよれのスウェット。
タバコの匂い。
薬で失禁した部屋の匂い。
縄と手錠をかけられて歩く父。
それが私の見た最後の父だった。
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出所後、電話があった。
「お前、元気か?」
私は電話を切った。
それが最後だった。
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奈良の家。
3歳。
下手くそなポニーテール。
父は慣れない手つきで髪を結んでいた。
何度もやり直していた。
「上手にでけんなぁ」
困ったように笑っていた。
私は嬉しくて言った。
「お父さんがやってくれたから嬉しい!」
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あの頃の父は、確かに父だった。
でも。
もう帰ってこない。