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父のこと ーあなたのことは嫌いです。ー

    HONJO11



    あなたのことは嫌いです。

    世の中で一番嫌いです。

    母を傷つけたから。

    私たちを捨てたから。

    覚醒剤で逮捕されたから。

    そして何度も裏切ったからです。





    最後に話したのは、もう10年以上前だったと思う。
    いつだったかも、もう覚えていない。
    知らない番号から電話がかかってきた。
    電話に出ると父の声だった。

    「お前、元気なんか?」

    私は何も言わず電話を切った。

    それが最後だった。

    ⸻

    私が9歳の時、父と母は離婚した。



    原因は父の覚醒剤だった。


    母は気づいていた。

    だから最後に父に聞いたらしい。


    「私たちと一緒に頑張る気はないの?」


    父は即答した。


    「ない」


    母は離婚を決めた。


    ⸻



    父は大工だった。
    腕は良かったらしい。
    頭の回転も速く、口も達者だった。


    でも私が覚えている父は違う。

    奈良での仕事で不当たりを出した父は
    仕事をしなくなり、祖母の家で布団に潜り込んでいる父だった。

    毎日訳の分からないことを話していた。
    祖母に手を上げることもあった。


    ある日、新聞を広げていた父が私を呼んだ。
    隣に座らせる。
    そして新聞には書いていない記事を読み始めた。


    「日本は戦争に勝ってるんや」


    「こいつらは全部スパイや」


    そう言いながら新聞を丸めた。

    その目を今でも覚えている。


    黒く見開いた目。


    獣みたいな目だった。
    私は怖かった。

    ただ怖かった。

    ⸻

    父を通報したのは母だった。

    父の友人だった 刑事さんが母に言ったらしい。

    「もうええやろ。
    助けたらんと、俺も辛いけど・・・」

    母は決心した。


    離婚後、
    父は力の限り暴れまわり
    何台ものパトカーが集まるなか

    父は逮捕された。

    ⸻

    この事実を知ったのは18歳になってからだった。
    それまでは父は遠くで働いていると聞かされていた。
    信じていた。

    父から届く手紙に押された「検」という印鑑。

    それを見つけて母に聞いた。
    そこで初めて知った。

    ⸻

    20年以上会わなかった父と再会したのは、自分の離婚だった。

    父は横浜で工務店を経営していた。

    成功しているように見えた。

    父は言った。

    「うちで勉強したらええ
    資格取って帰ればええ
    20年苦労させたから 力になるよ」

    私は信じた。

    離婚して、自分で生きていける力が欲しかったから。

    ⸻

    横浜へ行って2年。

    父の会社は倒産した。

    負債は6億円だった。

    弁護士からのFAX一枚で知った。

    父はいなかった。

    逃げていた。

    私は弟と倒産処理をした。

    ひたすら処理した。

    一か月ほどして父は戻ってきた。


    「すまんな」


    それだけだった。

    ⸻

    父の住んでいた家は銀行の差し押さえになり
    新しいアパートを借りて
    父と後妻の娘 つまり 腹違いの妹と住む家を用意した

    後妻はとっくに男を作って逃げていた

    半年もしないうちに妹から電話があった


    「お姉ちゃん・・・お父さんが変なの」


    嫌な予感がした。


    いや、違う。


    分かっていた。


    まただ。


    また薬だ。

    ⸻
    先に着いた弟から電話が来た。

    泣いていた。

    「姉ちゃん、俺どうしたらいい?
    警察に言った方がええんかな」

    弟は優しい。

    優しすぎた。

    父を警察に渡したくなかったんだと思う。

    「私がするよ」

    そう言った。

    でも弟は答えた。

    「いや、俺がする」

    私を守ろうとしてくれたんだと思う。

    ⸻

    父はまた逮捕された。

    48時間後、面会に行った。

    父は私を見るなり叫んだ。

    「お前のせいや!」

    「お前が!」

    「お前が!!!」

    ⸻



    人生であれほどの怒りを覚えたことは

    後にも先にもなかった


    父は逃げた。

    薬をやった。

    借金を作った。

    私たちは必死で生きている。

    それなのに。

    何を言ってるんだ。

    何を。

    ⸻

    私は椅子を持ち上げた。

    面会室のアクリル板に投げつけようとした。

    その時だった。

    「お姉ちゃん!」

    妹の声だった。

    我に返った。


    何も言わず

    私は帰った。



    ⸻

    執行猶予三年。

    それが判決だった。



    半年後。



    また同じことが起きた。

    ⸻

    二月の寒い日だった。

    首都高を走っていた。

    東京タワーが綺麗に見えていた。

    携帯が鳴った。

    ヘルパーさんからだった。

    「お父様と連絡が取れません」


    私は思った。


    シンデレバイイノニ。

    ⸻


    父の部屋へ向かった。

    先に着いたのは私だった。

    合鍵で開ける。

    ワンルームの奥。

    ベッドから足が見えた。

    動かない。

    ぴくりとも動かない。

    ⸻

    シンデレバイイノニ。

    ⸻

    「ねぇ」

    ⸻

    シンデレバイイノニ。

    ⸻

    「ねぇ」

    ⸻

    父が動いた。

    そして最初に言った。

    「足にはこの薬が効くんだよ」

    脳梗塞を患い、
    かつてあれほど狂暴だった面影はどこにもない。
    自由の利かない身体を、
    ベッドの上でただ重そうに揺らした。

    ⸻

    私は警察へ電話した。

    淡々としていた。

    驚くほど冷静だった。

    父は言った。


    「お前は親を売るんか」


    私は答えた。


    「そうだね」


    ⸻

    深夜。

    令状を持った警察官たちが来た。

    薬は見つかった。

    父は連れて行かれた。

    ⸻
    パトカーの赤いサイレンが、
    深夜の住宅街を静かに照らしていた。

    その光に浮かび上がったのは、
    弱々しい背中だった。


    よれよれのスウェット。


    タバコの匂い。


    薬で失禁した部屋の匂い。



    縄と手錠をかけられて歩く父。

    それが私の見た最後の父だった。

    ⸻

    出所後、電話があった。


    「お前、元気か?」


    私は電話を切った。


    それが最後だった。

    ⸻


    奈良の家。

    3歳。

    下手くそなポニーテール。

    父は慣れない手つきで髪を結んでいた。

    何度もやり直していた。

    「上手にでけんなぁ」

    困ったように笑っていた。

    私は嬉しくて言った。

    「お父さんがやってくれたから嬉しい!」

    ⸻

    あの頃の父は、確かに父だった。

    でも。

    もう帰ってこない。


     
     
     
    離婚・借金・倒産・父の逮捕。それでも今日も生きています。51歳、元シングルマザー。不幸話では終わらせない、と決めた私が、ひとりで頑張るあなたに書いています。 生きることは呼吸することぐらいで生きてる人

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