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母と盗まれた自転車と、生きるということ

    HONJO11


    過去の話③

    今から40年以上前の話。

    私が9歳の時、父と母は離婚した。

    父が逃げてしまったから。
    仕事がうまくいかなくなって、母名義の借金をたくさん作って、そのまま消えてしまった。
    前の記事に書いた
    裏切りの1回目がこれでした

    36歳の母は、それでも父のことが大好きだったと思う。
    でも母は、私たちを選んでくれた。

    それからの暮らしは、
    とにかく貧しかった。

    世の中はバブルで浮かれていたけど、私たちは大阪の田舎の長屋で、お風呂もない家で暮らし始めた。
    家具はほとんど貰い物か拾い物。

    今思えば、母はずいぶん思い切ったことをしたんだなあと思う。

    転校した小学校で、すぐにいじめられてしまった。

    転校生で、片親で、古くボロい長屋に住んでいて。
    おまけに私は肌が白く目が茶色かったから、蛇とかお化けとか言われていた。

    友達もなかなかできなくて。

    自転車もなかったから、
    友達の後をいつも走って追いかけていた。
    遊ばなきゃよかったのに、寂しくて、必死で追いかけていた。

    見かねた母が、自転車を買ってくれた。

    近所の自転車屋さんに頼み込んで、月1000円の分割で。

    ピンクで、女の子の絵が描いてあって。

    嬉しくて泣いてしまった。
    宝物だった。
    今でも目を閉じると思い出せるくらい、嬉しかった。

    それから1ヶ月ほどたった、
    9月の夜のこと。

    駅に夜店が出ていて、帰り道に駐輪場へ戻った時、
    宝物がなくなっていた。

    鍵もかけていたのに。

    泣き叫びながら探した。
    母は黙って、私が納得するまでそばで待っていてくれた。

    「後ろ乗って帰ろか」

    母のサビだらけの赤い自転車。貰い物のサビサビの自転車で、
    ギーギー音を立てながら走った。

    私はそれより大きな声で泣いていた。

    「こんなの嫌だ。もうこんなの嫌だ。みんな嫌いだ」

    その時、母が言った。

    「あの自転車、きっと大事にしてもらえるよ。
    だって取りたいぐらい欲しくて、きっと買えない人が、
    自分の子供のために鍵壊して持っていったんやもん。
    役に立てたね。
    その子、喜んでたらええなぁ」

    私は泣きやんでいた。

    そんなふうに思えなかった自分が、少し恥ずかしくなってしまった。

    「またええの買うわ。ちょっと待ってよ」

    母はそう言って、
    またギーギー漕ぎ出した。

    あれから40年以上が経った。

    色んな人と出会って、
    色んなことがあった。

    それでも私がどんな時も人と向き合えるのは、
    あの夜の母の言葉があったからだと思っている。

    盗まれた自転車を、誰かの幸せに変えてしまえる人。

    そんな母に育ててもらえて、
    よかったなあと思っている。

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    離婚・借金・倒産・父の逮捕。それでも今日も生きています。51歳、元シングルマザー。不幸話では終わらせない、と決めた私が、ひとりで頑張るあなたに書いています。 生きることは呼吸することぐらいで生きてる人

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