建設コンサルで男性育休を取った結果、キャリアはどうなったのか — 正解かどうかは今も分からない話 —
男性育休を取ったことで、キャリアは終わったのか。
結論から言えば、終わってはいない。
ただ、少し歪んだ。
【2026年3月 無料公開にあたって】
プロフィールを「父親を、言語化する」に更新しました。
この記事は、かつて有料で公開していた私のキャリアと家庭の転換点の記録です。
建設業界で「前例がない」と言われながら育休を取り、その後転職した私を、成功者だと思う人もいるかもしれません。
でも、内実はそんなに格好いいものではありませんでした。
今、仕事と家庭の板挟みで、何を選んでも何かが削れる感覚の中にいる方へ。
同じ泥沼を歩いた一人の男の足跡を、ここに残しています。
はじめに
育休取得から1年後、建設コンサルタントから、ゼネコンの不動産開発部門に転職した。
年収は増加、残業は激減、家族との時間は増えた。
数字だけ見れば「うまくいった」ように見える。
それでも、「勝った」という感覚はない。
お世話になった上司の顔が、今もふとした瞬間に浮かぶ。
忙しい時期に抜けたこと。最後まで責任を持てなかった案件。
「自分だけが降りた」という感覚は、今も消えていない。
これは、格好いい話ではない。
守りたかった立ち位置と、崩壊しそうな家族の間で迷い、逃げるように道を選んだ一人の男の足跡である。
1.取るつもりはなかった育休
こう書くと妻に怒られるかもしれないが、最初から、育休を取るつもりはなかった。制度は知っていたが、自分が使う未来は現実味がなかった。
政府が「男性育休の取得率向上」を掲げ始めた時期であったが、それはどこか遠い世界のように思えた。
建設コンサルの仕事は、常に締切と隣り合わせだ。
発注者がいて、年度があり、成果品がある。
途中で抜けるという発想自体が、どこか無責任に感じられた。
結婚した翌年に係長に昇進した。32歳の時だった。
ようやく案件を任されるようになり、
さらに「上」を意識し始めたタイミングだった。
ここで評価を落とすわけにはいかない。
そう思うのは自然なことだと、自分に言い聞かせて仕事に邁進した。
33歳の時、妻の妊娠が分かった。
嬉しさと同時に浮かんだのは「どうやって仕事を回すか」だった。
父親になるという実感は、すぐには湧かなかった。
妻を支えるという意識がなかったわけではないが、それは「仕事を頑張って経済的に支えること」と同義だった。
嬉しいはずなのに、どこか遠い。
自分の生活の延長線上にある出来事として、
まだ結びついていない感じがあった。
2.「前例がない」と言われた日のこと
妊娠が分かってからしばらくして妻から
「育休取れないの?」と聞かれた。
「取るつもりはないけど……一応、確認してみるよ」と軽く返事をした。この時の私の返事をいまだに妻から責められることがある。
「他人事に聞こえて、本当に辛かった」と。
上司に相談したとき、
「制度はあるけど、うちでは前例がない」
と事実のみを言われた。責められたわけではない。
ただ、その言葉のあとに流れた沈黙が重かった。
「前例がない」ーーそれはつまり、取るとなると自分が基準になる。
怖さを感じると同時に、少し安心もした。「やっぱり難しいですよね」と言える空気があったからだ。
当時の私は、本気で取る気があったわけではなかった。
3.当時の自分が守ろうとしていたもの
評価が下がるかもしれない
昇進が遅れるかもしれない
案件から外れるかもしれない
そうやって合理的な不安を並べていた。
だが本当に守りたかったのは、
「仕事中心でいる自分」だった気がする。
「忙しい」と言えば、家庭の問題から距離を取れる。
会社で成果を出していれば、自分の価値は明確だ。
家庭を優先するということは、そのレールから降りることだった。
自分が何者か分からなくなることが怖かったのだと思う。
結局、私は育休を取らなかった。
4.家庭側で起きていた変化
出産後、現実は一気に変わった。
母乳は上手に飲めず吐き戻す
哺乳瓶が嫌いでミルクは飲まない
足りなくなるロンパース
夜は細切れに起き、寝るまで抱っこで1時間
最初は「大丈夫、頑張れるよ」と言っていた妻。
次第に言葉数が減り、笑顔が消え、些細なことでイライラしたり涙ぐむことが増えた。
産後10ヶ月頃、妻は育児ノイローゼだった。
だが、当時の私はそれを正面から受け止めきれなかった。
「みんな通る道だろう」と、どこかで軽く見ていた。
ある夜、仕事からヘトヘトで帰宅した私が見たのはーー
泣き止まない子ども
散乱したおもちゃ
破れた壁紙
床に飛び散った離乳食
シンクの中で割れたお皿…
別室では、言葉にならない声で泣いている妻。
床には、自分で抜いたであろう妻の髪の毛が落ちていた。
今でも鮮明に覚えている。
少し落ち着いた妻から出た言葉はーー
「子どもが可愛いと思えない」
「このままでは子どもに手を出してしまいそうで怖い」
「そんな私が嫌いで消えてしまいたい」
その情景とその言葉で、私が守ろうとしていた
「キャリアの正解」は音を立てて崩れていった。
5.迷った末に出した結論
覚悟というより、選択肢が狭まった結果だった。
「取らない」という選択肢が、現実的ではなくなった。
今抜けたら、チームに負担がかかる。
評価はどうなるのか。
復帰後の居場所はあるのか。
それでも迷いは消えなかった。
「ファーストペンギン」なんて格好いいものではない。
ただ、そうしないと家族がバラバラになってしまうという、切羽詰まった末の選択だった。
私は、必要に迫られて、育休を取る決断をした。逃げだったのかもしれない。だが、あの時はそれしかなかった。
6.会社で言われてしんどかった言葉
私は会社に無理を言って、保育園入園までの2ヶ月、育休と言う形で休職した。
「正直、現場はきつくなる」
「係長になったばかりで、これからという時に」
上司のその言葉が堪えた。
事実だ。自分が負担の原因になることを突きつけられた。
「育休を取って男が何をするんだ」
誰に言われたかは覚えていないが、この一言が今も忘れられない。返答に困って、何も言えなかった。
今ならば言えるのに。
「授乳以外を全部です」と。
7.育休中に感じた「現実」
育休は、感動的な時間ではなかった。
睡眠不足。終わらない家事。
子どもの泣き声から逃げる場所はない。
妻の情緒も安定せず、何度も衝突した。
「仕事のほうが楽だ」と思う瞬間が、何度もあった。
それでも、「当事者」としてそこにいるしかなかった。「協力者」ではなく、「子どもの父親」としての当事者として。
たった2ヶ月の期間であったが、育児だけの戦場で戦ったことで妻との絆は深まった。夫婦というより、戦友として。
妻の笑顔が増え、保育園の入園が決まった頃、夫婦で復職することになった。
職場への復帰が近づくにつれ、仕事の第一線から一歩退いたような焦燥感に襲われることがあった。
8.復帰後の違和感
復帰後、職場の空気は微妙に変わっていた。
露骨な扱いの変化はない。
だが、重要案件は別の担当に回っていた。
家庭の事情を考慮したのだと理解はできる。
ただ、少し具体的に言うと——
昇進の話が遠のいた感覚があった。
育休前は「次の評価で」という空気があったが、復帰後にその話が出ることはなかった。
露骨に降格したわけではない。
ただ、「次を期待されている人」の列から、静かに外れた気がした。
だが、それ以上に自分の感覚が変わっていた。
以前のように、夜遅くまで戦う気力が戻らない。
家庭の事情を言い訳にしている自分もいた。
1年後、転職を決めた。
理由はワークライフバランス、と説明した。
だが本音は、業界特有のハードワークに疲れていたからだ。
育休がきっかけで、一度立ち止まった。止まったことで、無理に走っていた自分に気づいた。
9.罪悪感と解放感
建設コンサルタントでの経験を活かして、
ゼネコンの不動産開発部門に転職した。
転職後、生活は変わった。
帰宅時間は早まり、休日出勤も減り、家庭も安定した。
だが、「勝った」という感覚はなかった。
転職して半年が経った頃、前職の同僚と食事をした。
彼はあの後、私の案件を引継いで見事に完成まで持っていった。
「あの案件、業界内でも注目されてるよ」と嬉しそうに話す彼を見ながら、自分の中に何かが刺さった。
羨ましい、という感情だったと思う。
それと同時に、「でも俺はあの時そこに戻れなかった」という言い訳のような感情も。
楽になったことと、誇れることは、同じではない。
ふと前職の上司の顔が浮かぶ。
忙しい時期に抜けたこと。最後まで責任を負えなかった案件。あの時、チームのみんなはどう思っていたのか。
今でも分からない。聞けなかった。
罪悪感は、時間が経てば薄れると思っていた。
だが今も、完全には消えていない。
解放感と罪悪感が、いまも同時にある。
これが「育休を取った男のキャリア」の正直な後味である。
10.「後悔はしていない」
育休を取ったこと、転職したこと、それが正解だったのかどうかは、いまも分からない。
キャリアのレールが少し歪んでしまった感覚は、
今も消えずに残っている。
逃げだった部分もある。
保身だった部分も否定できない。
それでも、あの時何も選ばなかった自分を想像すると、息が詰まる。
私は強かったわけでも、立派だったわけでもない。
どちらを選んでも何かが削れるような感覚の中で、
ただ、「選んだ」だけである。
正解かどうかはまだ分からないが、後悔はしていない。
おわりに
あの夜のことを、今も時々思い出す。
割れたお皿、床に落ちた妻の髪の毛、彼女の悲痛な言葉ーー
あの場面に戻るたびに思う。あそこで「でも仕事があるから」と言い続けた自分を、今の自分は好きになれただろうか、と。
答えは出ている。
育休を取るかどうか迷っている人の背中は押さない。
私自身、まだ正解が分からないのだから。
ただ、あの夜だけは、選ばなくてよかったと思っている。
やなぎのすけ
2回目の育休を取ったときの景色について書いた記事です👇️
