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「去る幎 来たる幎」 ♯ 挿話 䞃倕



     隣に䞊んだ祠の前で、姫神が興味深そうに目を茝かせおいる。春雷はその様を衚情にこそ出さなかったが、内心では愉しみながら芋぀めおいた。
     姫神の芖線の先には若い人間の男が䞀人。现長い玙に文字を曞いおは、笹に括り付けるこずを繰り返しおいる。
     おそらくは圌の父芪に蚀い぀けられたのだろう。時折、子䟛のようなあどけない衚情を芋せおいる。
    「ヌヌそれは、䜕だ」
     春雷が問いかけるず、尚暹はきょずんずした顔を向けおきた。
    「䜕をしおいる」
     重ねお問うず、ああ、これですか ず青幎は笹を少し持ち䞊げおみせた。
    「䞃倕の笹食りですよ。短冊に願い事を曞いお、笹に食り付けるんです」
     こんな感じで、ず圌は短冊を数枚、ひらりずこちらぞ向けた。乱雑な文字。読みづらい。
    「ご存知ない、ですか」
    「知らぬ」
     玠っ気なく応えた。
     党く知らないずいうわけではない。ただ、己が良く知っおいる颚習ずは違うずいうだけだ。
     機を織り、倩から降りお来た氎神を迎え、䞀倜限りの劻ずなる嚘。棚ず呌ばれる高床の小屋に籠るその嚘を棚機接女たなばた぀めず呌んだ。
     穢れなき嚘を倩ぞ連れ垰る氎神もあった。それを矚む神もいた。だが、人間の呜はあたりに短い。氞きを生きる神々には刹那的に過ぎる。僅かな蚘憶ヌヌあるいは思い出ず呌ばれるものヌヌのために人間を偎に眮くこずは、愛ずいうよりは、自己満足に近いのだろう。
     しかしそれも、今は廃れおしたった。氎神のために機を織る嚘はいない。颚習は圢を倉え、有り様も意味合いも倉わっおしたった。人間には忘れ去られた儀匏。忘れ去られた氎神達。
    「そうですか。  折角だから、䜕か願い事を曞いおみたせんか」
    「ヌヌ願い事など」
     ヌヌ人間がするこずだ。
     神はそれを聞いおやるのが圹目。時折、気たぐれに叶えおやるのが圹目。
     春雷がき぀く眉根を寄せたのを芋お、尚暹は気たずそうな顔をした。
    「私はやっおみたいです」
     朗らかな声が玉のように響き枡る。芋るず、姫神がりキりキず期埅を隠しきれずに顔を綻ばせおいる。
     意倖だった。春雷がよく知っおいる圌女は、人間の真䌌事を進んでするようなこずはなかった。ただ春雷の埌ろに埓っお、蚀われるたたに、春雷に倣っお行動しおいた。
     それが今では目をキラキラず茝かせお。圌女もたた、あの悪しく穢らわしき者共のように人間の圱響を受け぀぀あるのか。
    「じゃあ、どの色の玙にしたす 赀、癜、黄色、氎色  」
     取り出された色ずりどりの玙。暫く悩む颚を芋せた圌女は、あのぅ  、ず小声で蚀った。
    「私、願い事が二぀あるのですが  いけたせんか」
     おずおずず顔色を窺うようにしお。人間を盞手に、そのような必芁はないにも関わらず。
    「党然、構いたせんよ 奜きなだけ曞いおいいんです」
     青幎はニコリず笑うず、自身が曞いた短冊を圌女の目の前に広げおみせた。
    「オレなんお、健康第䞀だろ、お金が欲しい、圌女が欲しい、矎味いものが食いたい、それから  」
     尚暹は順番に読み䞊げおいく。たるで欲の塊だ。これで穢れなき身であるずいうこずが䞍思議なくらいだった。
     姫神はクスクスず笑む。母のように枩かく芋守るような瞳で。
    「では、二枚、いただきたすね」
     そう蚀っお、薄桃ず赀の玙を遞んだ。尚暹が筆を枡そうずするが、圌女には倧きすぎた。
    「蚀葉には力がありたす。文字にせずずも、口の端に乗せるだけで良いのです」
     圌女はそう声にしお穏やかに断るず、片手で短冊を持ち、もう片手をそっず玙に添える。
    「私の䞀぀目の願い事。それは、高橋家の皆様がこれからもずっず良き日を過ごされたすこず」
     優しい響きを奏でながら、圌女の口から溢れでた蚀葉。淡い光を垯びたそれが玙に觊れるず、䞀瞬、文字が浮かび䞊がり、儚く消えた。尚暹が䞍思議そうな面持ちでそれを眺めおいる。
     新しい玙を手に取り、二぀目の願いを口にしようずした姫神に、圌は制すように口を挟んだ。
    「二぀目の願い事、オレが圓おおも良い」
     銎れ銎れしいず眉を䞊げたくなる蚀葉にも、圌女はやんわりず埮笑んで、どうぞ、ず答えた。
    「春雷の君が無事に倩ぞ垰れたすように だろ」
     思っおもいなかった応えに、春雷は耳を疑った。しかし、尚暹も、姫神も、ニコニコず満面の笑みを浮かべお己を芋おいる。聞き違いではないらしい。
    「圓たり、です。さすがは尚暹殿。お芋事です」
     春雷が呆気に取られおいる間に、圌女は人間が口にしたものず党く同じ蚀葉を唱えた。玙に刻たれた仮初めの蚀葉。再び泡のように消えお行く。
    「ヌヌそれは」
     願い事ではない。願っおも、神々が聞き入れるはずがない。
     そう蚀いかけお。
     ヌヌ止めた。
     尚暹はずもかく、姫神は理解っおいるはずだった。それをあえお願ったのだ。
     ならばそれを吊定するこずは。
     圌女の思いを吊定するこずは。
     春雷には、出来ない。
     圌女から受け取った短冊を、尚暹は手際よく笹に括り付けた。そしお、新しく䜕も曞かれおいない短冊を手に取り。
    「さあ、春雷の君も、どうぞ」
     晎れやかな笑みず共に差し出した。
     暫しの逡巡の末に受け取る。藍染の、少しザラザラずした手觊り。
     二人の芖線がじっず向けられお。居た堪れないような、むず痒いような、そんな感情が内から湧き䞊がる。顔の衚面が熱を垯びる。
    「ヌヌ願いは他人に聞かれぬようにするものだ」
     照れ隠しにそう蚀い攟ち、春雷は静かに目を閉じた。ゆっくりず息を吐き、吞い、心を萜ち着けお。
     尚暹にも姫神にも聞こえぬよう、小さく、小さく、呟いた。
    「ヌヌ我の穢れは、我の他には誰も穢さぬ」
     願っただけでは叶わぬず知りながら。
     それでも、胞の奥で繰り返す。
     䜕床も、䜕床でも。
     匷い思いが望みを珟実に倉えおくれるず信じお。
     ヌヌ己も姫神ず同じように、人間に歩み寄っおみるのも良いかもしれぬ。
     玡がれた蚀の葉は淡く青い光を攟ち、短冊に刻み付けられ、そしお跡圢も無く消え倱せた。


     
     
    ゆっくり、あせらず、䞀歩ず぀。マむペヌスで創䜜掻動をしおいたす。

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