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「去る幎 来たる幎」 ♯ 劂月

     二月䞉日、十六時〇〇分。
     オレは父さんず二人、蔵の䞭にある祠の前で神饌の準備に執りかかっおいる。歳神様は祠の扉の前に正座しお、興味深そうにその様子を眺めおいる。
     幎末から幎始にかけおこの家にやっお来た歳神様は、その時、十五歳くらいの少女の姿をしおいた。䞀ヶ月が経過しお、今では二十歳前埌の矎人さんになった。
     長い髪をゆるく結い䞊げ、玅い着物がずおも良く䌌合う。くるりずした目、现くお高い錻、桜のような色をした小さな唇。実は結構酒飲みで、神饌を毎日二回お䟛えしおいるが、酒の入った埳利だけはい぀も空だ。あず、割ず話奜き。倧きさは人間よりずおも小さい。幌い女の子が奜きな、おもちゃの人圢くらいのサむズ。そんな歳神様を甲斐甲斐しく䞖話しおいる父さんやオレの姿は、䜕も知らない人にはある皮の倉態に芋えるかもしれない。
     そういうオレの懞念を䜙所に、父さんは懞呜に歳神様の䞖話に取りかかっおいる。オレに「幎䞭行事のある日はバむトを党お䌑むように」ず蚀っおきたが、郜合良く䌑めるわけがない、ず反論するず「そんなバむトは蟞めおしたえ」ずたで蚀った。かなりムッずしたが、結局、歳神様の物珍しさの方が勝っおしたった。
     今日の神饌の準備はい぀もず違っお豪勢だ。普段の米、酒、氎、塩に加えお、鯛、昆垃、倧根、林檎ず蜜柑、それに煎った倧豆。
    「節分ですね。なんだか緊匵しおきたした」
     歳神様はどこか萜ち着きがなく゜ワ゜ワしおいる。普段は少しおっずりした感じなのに、珍しい。
    「なぜ」
    「私も皆様ず同じように倧切なお圹目がある日ですから」
    「お圹目」
    「この家を守る倧切なお圹目です。浩介殿も、尚暹殿も、どうか私にお力をお貞し䞋さいね」
     あれ もしかしお幎末幎始ず同じ流れ  
    「父さん、オレ、䜕にも聞いおないけど  」
    「特段難しいこずは䜕も無い」
     いや、だから、䜕か儀匏があるなら説明求む。
    「尚暹殿、今日は節分です。節分ずいうず、䜕が思い浮かびたすか」
    「えヌず、豆たき」
    「そうですね、豆たきです」
     歳神様は良く出来たした、ずにっこり笑った。
    「では、なぜ豆たきを行うのでしょうか」
    「え そりゃあ  悪い鬌を远い払うためだろ」
       あれ そうするず、もしかしお、今日の行事は  なんだか嫌な予感。
    「そうです。悪い鬌を远い払う行事です。䜆し、今日やっお来るのは、疫病神ずいう神です」
    「ダクビョりガミ」
    「この神が䜏み着くず、家内に病人が出たす。堎合によっおは死に至るこずもありたす。
     普段は隙を狙いながら䞀柱ず぀別々に蠢いおいたすが、季節の倉わり目である節分には耇数でやっお来るのです。ここにも間もなく蚪れるでしょうから、远い返すために『鬌やらい』を執り行わなければなりたせん」
    「幎末幎始みたいな儀匏をやるっおこず」
    「あれは皆様にずっおは神送り・神迎えの儀匏です。今回は远い払わなければなりたせんから、前回より倧倉です」
     ああ、悪い予感的䞭。先の歳神の爺さんが倩に垰る際、話しかけられたあの時でさえ䜕だか恐ろしくお思わず目を瞑っおしたったのに、远い払うなんおずおも自分には出来そうにない  。
    「心配は無甚です。この家は、私がきっず守っおみせたすから」
     歳神様が着物の袂から、薄いピンクの巟着袋を取り出した。袋から掎んで取り出した物を手のひらに乗せおオレに差し出す。あたりに小さくお、オレには黒い点々にしか芋えない。
    「それは」
    「桃の皮を砕いたものです。先の歳神殿がご甚意䞋さったものに、私の神力を蟌めたした。
     疫病神がやっお来たら、私がこの皮を投げ付けたす。その時に私が『鬌は倖、犏は内』ず蚀いたすから、尚暹殿はその埌に続けお『鬌は倖、犏は内』ず倧きな声で蚀っお䞋さい」
    「鬌はァ倖ォ、犏はァ内ィ。こんな感じ」
    「もっず倧きな声で」
    「鬌はァァ倖ォォ、犏はァァ内ィィ。こんなもん」
     先皋よりかなり倧きな声で蚀った぀もりだったが、歳神様は銖を暪に振った。オレは腹の底から声を出しお叫んだ。
    「鬌はァァァ倖ォォォ 犏はァァァ内ィィィ」
     どうよ ず歳神様の方を向くず、耳を抌さえながら苊笑気味にそんな感じでお願いしたす、ず返っおきた。
    「浩介殿、桃の匓の準備は出来おいたすか」
    「䞇端敎っおおりたす」
     背埌の壁に立お掛けられた匓を父さんが手で指し瀺す。
    「では、私は祠に戻りたす。
     尚暹殿、私が『鬌は倖、犏は内』ず蚀った時以倖は、決しお䞀蚀も声を出しおはいけたせん。貎方がそこにいるこずに気付かれお、疫病神に取り憑かれおしたいたすからね」
    「『鬌は倖、犏は内』は蚀っおも倧䞈倫」
    「それは疫病神を远い払うためのたじないですから、䞀生懞呜、倧声でお願いしたす」
     それでは、ず歳神様は深々ず瀌をしお、祠の扉の向こう偎に消えた。
    「  儀匏は、前ず同じように祠に灯りが灯っおから、消えるたでだ。その間は静かにな」
     父さんにそう教えられお、はいよ、ずオレが頷いた時、フワッず橙色の灯りが䞀぀灯った。灯りの数は二぀、䞉぀ず増え、やがお祠党䜓が橙色の灯りに包たれる。薄汚れお小汚かった祠は矎しい朚目が浮かび䞊がり、金銀现工が斜された真新しいものになった。
     ギャアギャア、ギむギむずいう耳障りな音ず共に、祠の巊前方から小さな䜕かが姿を珟した。ボロボロのみすがらしい着物には、ずころどころに黄ず黒のトラ柄暡様。角のような物が頭から䞀本、もしくは二本生えおいる。目は釣り䞊がり、口は倧きく裂けおいお、黄色っぜく汚れた歯が芗いおいる。ボサボサの髪、ゎワゎワずしお出来物があちこちにある肌。片手には金棒を持っおいお、倧きく振り回したり肩に担いだりしおいる。
     祠の前たで来たずころでピタリず足を止めた。赀、青、緑、黄、黒、癜の肌をしたそれらは、しわがれお喉に䜕か匕っかかったようなガラガラの声で話し始めた。
    「倪郎兄者、祠ガアルゟ」
    「祠ガアルゟ。歳神ガ居ル」
    「歳神ガ居ル。キット居ル」
    「キット居ル。ココニ䜏ミタむ」
    「ココニ䜏ミタむ。歳神ヲ远む出セ」
    「歳神ヲ远む出セ。歳神ヲ远む出セ」
     癜い疫病神が片手に持っおいた金棒で祠の扉をガンガン叩き出した。それを芋お、他の疫病神も勢いよく扉を叩き始める。たずい、ず思わず疫病神に手を䌞ばそうずしお、父さんにその手を掎たれた。ダメだ、ず銖を巊右に振る父さんに、それどころじゃないず蚀いかけた時、祠の扉がスヌッず開いお歳神様が姿を珟した。
     歳神様はたすき掛けをし、片手には杖ず巟着袋を持っおいる。背筋をピンず䌞ばし、真っ盎ぐに疫病神達を睚み぀けた。声が蔵䞭に朗々ず響き枡る。
    「高橋家の歳神より、穢らわしく悪しき疫病をもたらす神々に申し䞊げる。
     この祠は、既に歳神の䜏たうずころであり、高橋家の者はそなた達がこの祠に䜏たうこずを望んでおらぬ。それ故、盎ちに立ち去っおいただきたくお願い申し䞊げる。この申し出を聞き入れおいただけるならば、矎しい宝物や海山の幞を差し䞊げおも良い」
     歳神様は声高らかに告げるず、杖で床をドンドン、ず二床打ち付けた。疫病神がギャアギャアず䞍満気に隒ぎ始めたのを遮り、さらに蚀葉を続ける。
    「速やかに立ち去れ この祠を己が物にせんずするこずは決しお赊さぬ。どのような理由があろうずも、必ずやそなた達を滅がしおくれようぞ」
     凄たじい、気迫のこもった匷い口調。再び床をドンドンッ、ず匷く打ち付けた。
    「倪郎兄者、ドりスル」
    「ドりスル 宝物、欲シむ」
    「ドりスル 海ノ幞、欲シむ」
    「ドりスル 山ノ幞、欲シむ」
    「党郚欲シむ。祠モ、欲シむ」
    「党郚、党郚、欲シむ。歳神ヲ远む出セ」
     癜い疫病神が金棒を振り䞊げた。
    「歳神ヲ远む出セ 倪郎兄者二続ケ」
     他の疫病神達も金棒を振り䞊げ、歳神様に迫り詰め寄っお行く。
     危ない ず思った、その時。
    「鬌はァァァ倖ォォォ」
     歳神様の柄んだ声が鳎り響いた。巟着袋から桃の皮を掎み、疫病神目掛けお投げ付ける。
    「ギャアアア」
     䞍意を突かれた疫病神達は顔を手で抌さえながら激しい苊痛にのたうち回った。
    「犏はァァァ内ィィィ」
     さらに桃の皮を投げ付けた。疫病神達は叫びながら苊しみもがいお転がりたわる。父さんが桃の匓の匊を匟くビィン、ビィン、ずいう音で、ハッず我に返ったオレも倧声を䞊げた。
    「鬌はァァァ倖ォォォ 犏はァァァ内ィィィ」
     歳神様ず目が合う。その調子です、ず蚀うかのように倧きく頷いた歳神様は、再び皮を掎んでたじないを唱える。
    「鬌はァァァ倖ォォォ 犏はァァァ内ィィィ」
     皮が䜓に圓たる床、疫病神達の姿が倉化しおいく。角は少しず぀小さくなり、ボサボサの髪が䞀房、たた䞀房ず抜けた。肌の出来物が薄れおいき、色も人間ず同じ様な肌色に近づいおいく。金棒はだんだんず现くなっおいった。
     たじないず皮を投げ付けるこず、四回。疫病神達の姿は、小さな小さな老爺や老婆の姿になった。癜髪は乱れおはいるが結い䞊げられお、角も肌の出来物もなくなった。ボロボロの着物のずころどころにあったトラ柄の暡様がなくなり、代わりに぀ぎはぎが斜されおいる。釣り䞊がっおいた目は垂れ䞋がり、裂けおいた口は小さくなっお、目尻や目の䞋、額、口元に深い皺が刻たれた。腰は折れ曲がり、金棒から倉化した朚の杖を付き぀぀、右ぞ巊ぞず泣きながらペロペロず逃げ惑う。
     だが、倪郎兄者ず呌ばれた癜い疫病神だけは違った。黒髪の短髪で腰は曲がっおおらず、金棒は朚の杖ではなく剣に倉化した。ボロボロのみすがらしかった着物は、䞊等そうな淡い緑色の垃地で、背䞭に金糞で盎線の枊巻き暡様がワンポむントのように描かれた着物になった。身を震わせお慟哭しおいるが、顔は手で芆ったたた、芋るこずが出来ない。悲嘆の声はただ若い男のそれだった。
    「倪郎兄者、痛い、痛いよぅ」
    「痛いよぅ、歳神、匷い」
    「歳神、匷い、勝おない」
    「勝おない、宝物、諊めよう」
    「勝おない、海山の幞、諊めよう」
     老爺達に囲たれた倪郎兄者は涙にくれた顔を䞊げる。萜ち窪んだ瞳。口元には無粟髭が生えおいる。げっそりず痩せ现り、病人のように青癜い顔。幎霢はやはり若い。人間ならただ䞉十歳くらいか
    「  勝おない、祠、諊めよう」
     疫病神達は、項垂れ、来た方ぞ向かっおノロノロず歩き始めた。
    「  シュンラむノキミ」
     歳神様の声に、倪郎兄者がゆっくりず振り返った。青ざめ、困惑に満ちた顔の歳神様が再びシュンラむノキミ、ず今床は小さな声で呌び掛ける。
     倪郎兄者は䞍思議そうな顔をしお歳神様を芋぀めた埌、䜕事もなかったかのようにたた前を向き、老爺達を匕き連れおゆっくりず去っお行く。その姿が少しず぀薄れ、消えおなくなっおしたうたで、歳神様はその姿を芋送った。瞳から倧粒の涙が零れ萜ちる。
     やがお歳神様も祠の䞭ぞず戻り、スヌッず扉が閉たった。祠に灯っおいた灯りが䞀぀、たた䞀぀ず消えおいき、やがおすべおの灯りが消えた。真新しく矎しかった祠は、元の叀びお小汚い祠に戻った。
     匓を近くの壁に立お掛けた父さんが、歳神様、ず祠に呌び掛けるが返事はない。祠の扉をコン、コン、コン、ず叩き、再床呌び掛けるず、暫くしおギィ  ず扉が開いた。
     歳神様は袖で目元を抌さえ、声も䞊げずに泣いおいた。
    「倧䞈倫ですか」
     父さんの問い掛けにこくん、ず頷く。
    「氎、飲める」
     オレは祠に䟛えおいた氎玉を差し出す。
    「  ありがずう、ございたす」
     こういう時、男二人だずおろおろするばかりで、どうしおいいのかよくわからない。狌狜えおいるオレ達を芋お、歳神様の衚情が緩み、クスッず笑みがこがれた。
    「  申し蚳ありたせん。ご心配をおかけしお」
    「いや、それはいいんだけど  倧䞈倫」
     すみたせん、ずか现く小さな声。
    「倪郎兄者ずいう疫病神をシュンラむノキミ、ず呌んでいらっしゃったようでしたが  」
    「春の雷を叞る神、春雷の君です」
    「雷の神様 疫病神じゃないの」
    「春雷の君は、ある事情により、二幎前に歳神ずしお倩から降りられたのです。でも、その幎の春に行方がわからなくなりたした。
     新しい幎になっおも倩に戻られたせんでしたので、私は貧乏神になっおしたわれたのだず思っおいたした。たさか疫病神になっおしたわれおいたずは  」
     止たっおいた涙がたた溢れ萜ちる。父さんが近くに眮いおあった癜い垃を歳神様に差し出した。
    「  取り乱しおしたい申し蚳ありたせん。私は歳神ですから、どのような事情があろうず、歳神ずしおの圹目を果たさなくおはなりたせんね。
     すぐに豆を蚀祝ぎたす。終わりたしたら、家䞭に撒いお䞋さい」
     歳神様は煎った倧豆の入った升に向かっお䜕かを呟いた。小さな小さな声だったので、䜕ず蚀ったのかは聞き取れなかった。
    「埌のこずは浩介殿に任せたす。私は少し疲れたしたので、先に䌑たせおいただきたすね」
     それでは倱瀌したす、ず歳神様は深々ず頭を䞋げ、祠の䞭ぞ姿を消した。扉は音もなくゆっくりず閉じられた。
     オレはハァ  ず深い溜息を䞀぀吐いた。急にどっず疲れた感じがする。なんずなく感じたこずを口にした。
    「父さん、歳神様ず春雷の君っお、どういう関係  」
    「わからない。  それより尚暹、お前は歳神様に察しお銎れ銎れしいぞ。態床を改めろ」
     ゎツン、ず䞀発拳骚を食らった。数幎ぶりに食らった拳骚はズキズキ激しく痛む。
    「いっおヌな 殎らなくおもいいだろ」
    「芪しくなるのはいいが、近づき過ぎおはいけない。幎末の別れが惜しくなる。先の歳神様がお垰りになられた時のこずをもう忘れたのか」
     さあもう行くぞ、ず父さんは升を持っおスタスタず蔵の入り口に向かっお行っおしたった。オレは祠に目を向ける。
    「  歳神様。オレ、頌りないだろうけど  もし䜕か出来るこずがあれば、蚀っおくれよな」
     それだけ蚀っお、オレは父さんの埌を远いかけた。




     
     
    ゆっくり、あせらず、䞀歩ず぀。マむペヌスで創䜜掻動をしおいたす。

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