
🦋場を受け渡す三つの所作①〜画面の向こうにも、椅子を引く〜
画面がつながった。
相手はまだ入室していない。
そこには、自分だけが映っていた。
私は思わず髪を直した。

その時だった。
「誰に会おうとしておる。」
後ろから仙人の声がした。
「えっ……今日のクライアントの……」
「映る自分しか見ておらんではないか」

仙人は静かに言った。
「おとめよ。家に客を迎える前、人は何をする。」
「えっと、玄関を掃除したり……?」


「そうじゃ。これから始まる『時間』に敬意を払うためにな。」

仙人は私のパソコンを指差した。
「相手と共に心地よく過ごすための、無言の約束。オンラインも同じじゃ。部屋を整える者は、画面も整える。服のシワを伸ばすように、画面にも『心のアイロン』をかけるのじゃ。」

私はもう一度、画面を見た。
部屋の隅に、脱ぎっぱなしの上着が映っていた。
「でも仙人、オンラインだとどうしても会話が被ってしまって、空気が読めないというか……」
「ラグを恐れるな。それは『間』じゃ」
「間?」
「相手が話し終えてから、一呼吸待つ。すぐには返さない。その静かな秒数が、相手の言葉を深く受け止めたという、最も確かな返事になる。……三秒前じゃ。」
私は返事をする前に、一度だけ息を吸った。


「ポーン」という音が鳴り、「ホストが入室しました」と文字が出た。

私はカメラを見た。
私は、画面の向こうの相手に、静かに椅子を引いた。



