God Only Knows(神のみぞ知る)最終話
Extra track : Summer Of 69 - Bryan Adams
なんとか高校を卒業した僕は、本当なら得意科目だった英語を生かして外語大かどこかの英文科に行きたかったが、ほかの成績があまりにも悪いのと公立高校に比べれば格段に跳ね上がる学費を払えるほどの余裕がなく、諦めざるを得なかった。
就職でもすれば良かったのかもしれないけれど、僕は唯一興味のある音楽系の専門学校に進んだ。
相変わらず食堂のバイトは続けながら、あまりサイクルの変わらない生活を送っていた。
月日が過ぎて20歳になった頃、初めて彼女ができた。
同じ学校に通う、ちょっと変わった面白い女の子だった。なぜか僕と気が合って付き合うことになった。
ある日、学校帰りに彼女と梅田を歩いていた。
阪急百貨店から、阪急電車の梅田駅へ向かう通称「動く歩道」の上を2人して歩いていた時、
反対方向からトヨカワエリコが歩いてきた。
見た瞬間、すぐに分かった。
中2以来6年ぶりに見たトヨカワエリコは、ずいぶん大人びて綺麗になっていた。柄物のブラウンのワンピースが、相変わらずホッソリとした身体によく似合っていた。
僕よりも先に向こうは分かったみたいで、あの懐かしい柔らかい笑顔を見せた。口には出さないけれど「なんだ、ちゃんとやってるみたいだねー」と言ってるような笑顔だった。
こっちはさすがに彼女連れということもあって、声もかけられない状況の中、何も話しかけられずにすれ違っていった。
少しだけ後ろ姿を見送ったけど、トヨカワエリコは後ろを振り向かずそのまま行ってしまった。
彼女が隣で何か喋りかけてきたけど、まるで入ってこなかった。幸い生返事を返す僕の変化は分からなかったみたいだった。
あのままトヨカワエリコは恋人にでも会いに行ったのだろうか……
軽い足取りで去って行く後ろ姿を思い出して、少し胸が痛んだけど何か吹っ切れた自分がいるのにも気づいた。
ただ心から幸せであって欲しい、と願った。
専門学校を卒業する頃、その彼女とも別れた。価値観のズレが大きくなっていったからだ。
学校は出たけれど、音楽業界なんてそうそう就職先がある訳でもない。しばらくフリーターをしながら生活していた。
5年ほど、うだつの上がらない日々があっという間に過ぎていった。
何個目かのバイト先で出会った子と付き合い始めた時には、あと少しで30歳というところまで来ていた。
初めて将来のことを真剣に考え、知り合いのツテを頼ってとある会社に就職した。
仕事にも慣れた2年後、僕たちは結婚した。それから2人で頑張ってマンションを買い、地に足のついた安定した生活を送ることができるようになった。
今は子供には恵まれなかったけど、2人で幸せに暮らしている。
マンションに移る時に身の回りのものを整理していたら、引き出しの奥からあの年賀状が出てきた。もう字もかすれてしまって読みにくくなったその年賀状をしばらく眺めた。それからあの時のように額に一度押し当ててから、心の中で(もう僕は大丈夫)と呟いてその年賀状を捨てた。
ある時、近くに用事があったついでに、あの町に久しぶりに寄ってみた。駅前を歩いてみたけど、ずいぶん寂れてしまったらしい。人通りもあまりなかった。昔あったスーパーも潰れてしまっていた。
通っていた小学校は正門に柵がされて入れないようになっていた。調べてみると少子化と建物老朽化で廃校になったらしい。
歩いていても誰ともすれ違うことがない、なんとなくゴーストタウンのような町を眺めながら、中学校に着いた。
久しぶりに見た中学校は意外なほど小さく見えた。当時とても大きく感じたのは、ここが自分の世界のほぼ全てだったからかもしれない。
ちょうど下校時間にあたったらしく、たくさんの子が帰路に着いていた。制服は僕の時代から変わっていないらしい。懐かしいセーラー服で小走りに帰っていく女の子を見て、もう顔もボンヤリとしか思い出せなくなったトヨカワエリコの事を思った。そして、あの時の僕らのことも……
ずっとトヨカワエリコとはすれ違ってばかりだった。
中2での引っ越し、志望校の行き違い、そして梅田での彼女連れのタイミングの悪さ……
神様はやっぱり気まぐれなんだろうか。
「あんなにチャンス作ってやったのに、お前ダメだなー」って愛想を尽かしたのかもしれない。
そんなにイジワルしなくてもいいのに。
この歳になってもたまに考えてみることがある。
「もしあの時ちゃんと告白できてたら」
「もし彼女と同じ高校に進んでたら」
「もし梅田ですれ違ったあの時、僕が1人でいたら」
そのどれもが考えた通りになっていたとしても、多分何も変わってないんだろう。考えたところでどうしょうもない。それこそ「神のみぞ知る」だ。
いつか思った「僕じゃダメなんだよ」という気持ちは正しかった、と思う。
でも……
見上げた校舎の窓に、そろそろ傾きかけた西日が眩しく反射している。
その光のなかに男の子が立っている、ように見えた。
あれはあの時の僕なんだろうか?
向かい合った所に女の子がいる。顔はよく分からなかったけれど、間違いなくトヨカワエリコだと確信した。
14歳の僕は彼女の顔もまともに見られないで、しどろもどろになってる。
その横顔に僕は話しかけた。
「なぁヤマノ。お前はこれからあっちこっち駆けずり回りながら不器用な人生を送るけど、大丈夫だからな。思ったより立派な大人になれるぞ。」
下を向いて頭をかきながら、向かい合った子に、好きな女の子の名前を問い詰められてるのかもしれない。
「でもな、今度はその目の前の子の手を絶対離すんじゃないぞ。頼むな。」
窓の向こうの僕がこっちをチラっと見て、照れくさそうに笑った。