
RE:CODE-歴史修復機関- #024
金色の光が完全に消える。
オペレーションルームに静寂が戻った。
ほんの数秒前まで、そこにいた大知の姿はもうない。
コウはしばらくの間、転送された場所を見つめていた。
手の中には、伊達政宗のキーホルダー。
ぎゅっと握り締める。
「……行っちゃった」
どこか寂しそうに呟く。
その様子を見ながら――。
「コウ」
イヨが、口を開く。
「あんぽんたん」
「へっ⁉」
突然、毒を吐かれ、コウは面食らう。
「え⁉ なんで⁉
俺、なんかした⁉」
「お前な……」
成瀬の口から、大きなため息が漏れる。
「あいつ、歴史好きだっただろう」
「はい」
「そもそも、伊達政宗を語りだしたら止まらなかっただろう」
「はい」
「そんな奴に、伊達政宗の弟だと明かすか?
転送直前に」
成瀬は頭を抱える。
コウはきょとんとしていたが……。
「それはそれは。
帰還先でパニックを起こしているでしょうねぇ」
おかしそうに、九郎が付け足す。
その言葉で、ようやく理解した。
「あ……」
次第に、顔が引きつっていった。
「まずかった……、ですか?」
成瀬を見上げ、問う。
けれども彼はそれに答えず、再び、大きくため息をつく。
コウの額から、だらだらと汗が流れた。
「しかし」
九郎がため息交じりに口を開く。
「兄のキーホルダーなんて、もらってうれしいものですか?」
コウの近くまで歩み寄る。
握り締められたキーホルダーを、九郎はまじまじとのぞき込んだ。
「僕なら速攻で突き返しますけど」
「えぇ⁉」
九郎の言葉に、コウは目を丸くした。
「俺も同意だな」
すると、今度はノブがキーホルダーをのぞき込んでくる。
「弟が自分の土産物なんぞ持ってたら、速攻で叩き切る」
「なんで⁉」
「気色悪ぃ」
「だからなんで⁉」
「ブラコン」
「なんだかわからないけど酷い!」
ぽつりと、イヨも口を出す。
コウはむきになって、一人一人に言い返していた。
成瀬はそんなやり取りを、ため息交じりに眺めていたが……。
『ナルちゃんお疲れー!』
唐突に、イヤーカフに通信が入った。
寅晴だった。
「……統括官」
成瀬の表情が、険しくなる。
『いやぁ。てっきり討伐案件だと思ってたけど、見事回収してくれてありがとうね』
「いえ……」
寅晴の軽い口調。
褒められているのだが、喜べない。
『ま!この調子で、引き続きノイズ対応よろしく頼むよ!
皆のこと、上手いこと取りまとめて対応してねー』
「は?」
どこか他人事のその言葉。
成瀬の眉間に、深いしわが刻まれた。
『だってこの面々だよー。
ナルちゃんがまとめないと収集つかないでしょ?』
成瀬は周囲を見渡した。
「兄上は凄いんです!」
「俺に言わせりゃ、ただの欧州の若造だ」
「急にガトリングぶちかます奴が何言ってんだよ!」
「あ? ありゃ討伐案件だったろうが?」
「まだ回収案件だった!
てか撃つにしても周りを気にしろよ!
死ぬかと思った!!」
「避けない方が悪い」
「コウ、この馬鹿にもっと言ってやってください」
コウを中心に、いつまでも騒がしい。
「無理です」
『またまたー』
「無理です」
『できるできる!』
「無理です」
寅晴は笑うばかりだ。
成瀬は、しばらく黙りこんだ。
「統括官」
『んー?』
「源九郎義経と」
言って、九郎を見る。
視線に気づいたのか、九郎も成瀬を見た。
「織田信長ですよ」
言って、ノブを見た。
こちらも成瀬の視線に気づく。
『そうだねー』
「無理です!」
今までより強く、言い切る。
なのに、やはり盛大な笑い声だけが聞こえてきた。
「今、僕たちの話をしていました?」
にこりと九郎が笑う。
「おう? なんだ、やりあうか?」
ノブが、肩を回す。
この二人に同時に見られたら、正直生きた心地がしない。
成瀬の顔が引きつった。
『ガハハハハ!』
耳元では、寅晴の笑い声。
頭が痛い……。
成瀬は無言で通信を切りたくなった。
「ナル」
頭を抱えていた、その時。
いつの間にか近くまで来ていたイヨが、成瀬の袖を引いた。
「任務完了」
じっと、彼女は成瀬を見上げる。
「あぁ」
「ストリートファイター6」
相変わらず、表情は動かない。
なのに、頬は紅潮していた。
「ストリートファイター6」
また、繰り返す。
キラキラと、瞳を輝かせながら。
「約束、守れ」
掴んだ袖は離さない。
「邪馬台国女王命令」
「……」
伊達政道。
源九郎義経。
織田信長。
そして最後は――。
目の前でゲームを申し込んでくる邪馬台国女王――壱与。
錚々たる面々が集まる部屋を見渡し、
思わず、天井を仰いだ。
「……荷が重い」
心の底から、成瀬はそう思った。
◇
保護区画にある診療所。
建物の外から聞こえる、子供たちの声。
その声に耳を傾けながら、ケイは傍らで眠る海斗を見ていた。
海斗は、まだ目覚めない。
静かな寝息だけが、延々と聞こえてくるようだった。
「ケイ―!」
その一室に、無邪気な声が響く。
声のほうへ視線を向ける。
3、4歳ほどの少女と、
12歳前後の少女。
保護区画にいた、子供たちだった。
小さな少女は、勢いのまま駆け寄ると、ケイに抱きつく。
ぎゅっと抱きついたまま、顔をうずめた。
「おやおや。どうしました?」
「ごめんなさい。ケイのところに行くって、聞かなくて」
「あぁ。大丈夫ですよ」
付き添ってきた少女は、申し訳なさそうに頭を下げた。
ケイをつかんで離さないその子の背中を、ケイはそっと撫でた。
「ケイ――」
やがて、その子は小さな口を開く。
「このまえのおにいちゃん、かえっちゃったの?」
幼い声が、震えていた。
その言葉に、ケイは大きく目を見開く。
けれど、すぐに目を細めた。
「えぇ」
「わたしは?」
言って、顔を上げる。
「わたしは、まだ、かえれないの?」
幼い少女の目から、大粒の涙がこぼれていた。
傍らの少女も、唇を噛みしめて顔を伏せる。
握り締めた拳が、震えていた。
そんな少女にも、ケイはそっと手を伸ばす。
「大丈夫ですよ」
二人を抱き寄せる。
「今、ナルたちが探してくれています。
貴方たちの帰る場所を――」
ケイは震える背中を、優しく撫でた。
少女たちは、ぎゅっとケイに抱きつく。
「だから大丈夫です」
ケイは静かに、目を伏せた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
視線の先。
木製ベッドの上では、海斗が静かに眠っていた。
誰もいない時空の狭間を漂い続けた少年。
ようやく辿り着いた安息の場所。
失われた右腕。
10歳のまま止まった身体。
それでも――。
海斗は生きている。
ケイはそっと微笑んだ。
「皆、帰れます」
穏やかな声が、静かな部屋に響く。
「いつの日か、
自分の歴史の中へ――」
――第一章 完――