
潮が引くように|第六話 動かなかった心
宮崎と、ごはんを食べた。
楽しい夜だったと思う。
店は宮崎が選んでくれた。
私の好きそうなものが、
ちゃんと並んでいた。
苦手なものは、
ひとつもなかった。
会話も途切れなかった。
私が話せば、宮崎は笑った。
宮崎が話せば、
私はちゃんと聞けた。
変な冗談は、
何ひとつ言わなかった。
やはりいい人だな、
と思った。
本当に、そう思った。
会計のとき、
宮崎は当たり前みたいに払った。
私が財布を出すより、少し早く。
嫌な出し方ではなかった。
恩着せがましくもなかった。
ただ、自然だった。
「ありがとう」
と私は言った。
店を出て、駅まで歩いた。
夜の風が、少し冷たかった。
宮崎は車道側を歩いた。
わざとらしくなく、
体が覚えているみたいに。
きっと、
いつも誰にでもこうなんだろう。
そう思える人だった。
なのに。
何か、違う。
そう思った瞬間が、
確かにあった。
どこで、
と聞かれても答えられない。
宮崎は、紳士的だった。
優しかった。
安らぎさえあった。
欠点が、
見当たらなかった。
なのに、
私の心は動かなかった。
ぴくりとも。
好きになれない、
というのとは違う。
嫌いになる理由も、
ひとつもない。
ただ、動かない。
凪いだ海みたいに、
動かない。
自分でも、
意味が分からなかった。
これだけ条件が揃っていて。
これだけ、いい人で。
それなのに、なぜ。
駅で、宮崎と別れた。
「またご飯いかない?」
と宮崎は言った。
「うん」と私は答えた。
嘘ではなかった。
でも次はいつ、
とは言わなかった。
改札を抜けて、
ホームで電車を待つ。
鞄の中で、スマホが震えた。
岡田だった。
「今日、渋谷いた?
なんか似た人見た気がして」
また唐突なLINE。
私は渋谷になんかいなかった。
指が、勝手に動いていた。
「いないよ。人違い」
「まじか。オーラ似てた!」
「オーラってなに?」
どうでもいい話だった。
それなのに、
私は笑ってしまっていた。
中身なんて、何もない。
でも、こっちは動いた。
宮崎との、
あんなに完璧な夜には
動かなかった心が。
岡田の、
こんなにくだらない
LINE一通で、動いた。
電車が来た。
私は乗り込んで、
まだ返信を打っていた。
宮崎のことは、
もう考えていなかった。
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