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443 リベラルの反省 その退潮に関する科学的考察

     はじめに

    「どうしてこうなった?」
     これから科学でそれを論じ、いくつかの仮説を提案したいと思います。「それ」とは、

    「21世紀は民主主義、リベラルの世紀になるのではなかったか?」
    「何故国家による暴力がはびこり、人類は退化してしまったのか?」

    です。
     しかし科学でこの現状を説くことは論理的矛盾であり、現在の難局を乗り切るには人文知、という反論が可能です。何故ならリベラルの思想的な礎は啓蒙主義と合理主義であり、それは科学的合理主義に拠っているからです。つまり現在の混迷は元をたどれば科学の敗北であり、ならば現状を科学で解明することはできない。だから人間による野蛮を徹底批判するには人文知が最強だと。
     しかし科学的合理主義は19世紀までの科学の思想です。そもそも論の科学の一分野では20世紀に入って人間の常識に反する現象を扱い、その帰結として科学は新しい思想を獲得することになったのです。その思想を方程式と捉えて人間社会に適用すると、かなり厳しい解が出てきたのです。
     つまり人類の平和という命題に対して最先端の科学は否定的に解決、否という解を出したのです。それを目指すのは必要であり人間としての義務と私も思うけど、それは原理的に無理なのです。しかしそれには長い論理展開が必要です。だからこの第一報ではアインシュタインの相対性理論から論じたいと思います。

     1.特殊相対性理論

     「運動物体の電気力学」、それがアルベルト・アインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論に関する論文のタイトルです。当初はただの相対性理論と呼ばれ、後に研究した一般相対性理論と区別するため、この最初の相対性理論を特殊相対性理論と呼ぶようになりました。
     それは光の速度が秒速30万kmを前提、つまり理論の原理としました。当時、19世紀末まで物理学は今の日本で普通言われる力学(ニュートン力学)と光の科学(電磁気学)に別れていたのですが、すでに光速度を精確に測れる技術を獲得していました。だから光源(照明器具)を動かして光の速度の変化の研究も実施されましたが、その試みはすべて失敗、つまり測定誤差の範囲内で光速度は全て同じ値を取ったのです。
     つまり、

     c \textit{c } + v \textit{v } = c\textit{c}

    ということです。cは光の速度、v は光速に加算される速度なのですが、光は光源を動かしても観測装置と一体にしても、いかなる場合でも同じ値を測定したのです。それがどれだけ常識外れかおわかりいただけたと思いますが、観測事実は絶対です。だからアインシュタインは光速度30万km/sとして特殊相対性理論を構築したのです。しかし常識外れを前提とすると、別の常識外れが結論になることは論理的帰結です。特殊相対性理論の場合、まず時間の絶対性が崩れることでした。
     宇宙空間で銀河鉄道がまっすぐ走っています。全体の長さは先頭の機関車を除いて1万km。速度は3万km/sです。そこで客車のあいだのドアをすべて開けてもらい、中心に照明を置いて照らします。車両全体が動いているので、銀河鉄道全体が地球の海を航海する船と見なせます。ですからそこでの物理法則は外(銀河鉄道なら宇宙、船なら地球)と同じです。だから中心から出た光は同時に先端と後端に到着します。
     しかし地球から3万km/sで横切るとき、照明の光はどう観測されるか? あらためて、照明の位置をlightのL、先端をfrontのF、後端をbackのBと名付けます。つまりF、L、Bの点の並びが右から左に移動していく図です。地球からでも光の速度は30万km/s。しかしFは先端だから光は目にも止まらない速さでも時間がかかるので、地球から観測するとゴールポストが遠ざかる状態になっていることがわかると思います。つまり地球から観測するとFの光の到着時間は、銀河鉄道での観測より遅いと測定されるのです。因みに後端への到着時間は、地球からの観測の方が速い。
     つまり現地では同時と言っているのに、相対速度がある別の場所からは同時でないと判断される。不条理で摩訶不思議で不合理ですが、正に実験/観測事実に合致しているのです。
     頭が混乱したでしょうが言わんとすることはおわかりいただけたと思います。しかしまだ驚くことがあります。速度の上限は30万km/sです。今度は物に力を加えてどんどん速度を上げていきます。日常的な重さでは光速まで走らせることは現実的でないため、現代の加速器を前提に考えます。陽子でも電子でも中性子でも、円形加速器のリングの中をぐるぐる回ります。そして光速近くになってどれだけエネルギーを注いでも加速が鈍くなり、最終的には光速の99.9…%と9がならぶ状態になります。
     光速が上限と定義したから、現象としてもそうなっているから当然の帰結ですが、物理にはエネルギー保存の法則がある。だから当然の疑問として、日常の速さでは素直に加速に貢献していたエネルギーは光速近くになってどこに消えたかという問題が出てくる。そこを解決しないと特殊相対性理論は破綻するのですが、アインシュタインは加速される物体の質量に求めたのです。つまり加速すればするほど、その物体は重くなる。日常生活では問題にならなかったエネルギーの質量への転換、光速度に近づくに従ってほとんどのエネルギーが質量の増加に寄与するとアインシュタインは論文で予言したのです。
     これこそがあの有名な式、

      e \textit{e } = mc\textit{mc}²

    の意味するところなのです。

     2.特殊相対性理論で法制度を論じる

     次に特殊相対性理論に関する光速度不変の原理と質量増加の関係を、法制度に応用してみたいと思います。例に出すのは労働者派遣法、男女雇用機会均等法、それに介護保険制度。
     労働者派遣法で光速度不変(c)に相当するのが所属と労働の分離。そして現状の、質量増加(m+)に対応する結果は労働者の分断。その間をつなぐ原因、理由は派遣法の対象を拡大したこと。
     次、男女雇用機会均等法でのc は、法律の名前そのまま。そしてm+に相当する現状は「少子化が止まらず」。何故かといえば、それまでの男性と同様の働きぶりを労働市場に新たに参入した女性労働者にも求めたこと。
     そして介護保険制度ですが、cは「介護の社会化」で、m+は介護事業の破綻。何故失敗したか、少なくとも失敗しつつあるかといえば、介護職のサラリーを低く抑えているから。
     つまり前提(原理)を打ち立てて、その結果として生じる現象を論理的に繋げるのが(特殊)相対性理論であり、それは論理的思考そのもので、社会問題にも(もちろん経済の分野でも)当然適用できるのです。

     3.一般相対性理論

     次は一般相対性理論です。今度は加速運動の定式化です。特殊相対性理論でも加速運動を扱っていると言われるかも知れませんが、実は加速した時の速度を問題にしていたため、特殊の式は加速という物理現象を方程式にしたわけではないのです。最初の相対性理論は光速度一定から考察しました。次の相対性理論、一般相対論は重力と加速度は同じ働きという発見から編み出しました。
     地球の重力は1Gです。では四方を塀に、天井からも床からも外の世界がわからない小部屋であなたは目が覚めます。その時、あなたは何処にいるでしょう? 地球? もしくは1Gで加速する宇宙船の中? 次に急に加速が無くなりました。エレベータのロープが切れたのでしょうか? もしくは宇宙船がエンジンを切り、慣性飛行に入ったためでしょうか? この重力と加速度の等価原理こそ、アインシュタインをして「わが生涯もっともすばらしい考え」と言わしめた発見でした。ここから重力の強さで時間の経ち方が違い、「光は曲がる」という帰結が出てきます。
     一般相対論の形成の物語はこれ以後、平面幾何学が通用しなくなって時間とともに空間が曲がる式を導出しなければならない段階に入ります。しかしここでは等価原理を詳細に検討します。等価原理とは「重力と加速度は同じ働き」だ、そして同じ加速度がつづくということは、同じ時間で同じ割合で速度が増えていくということ。例えば毎秒1.5倍とか2倍とか。そのことを頭において、外から入ってきた光を考察します。常識的な大きさでは測定不能なので、向こう側の壁まで5,000kmある宇宙船とします。観察するのは真横から入る光です。
     ここで問題にするのは入射光と宇宙船の相対速度です。入ってきた時は前提条件から相対速度はゼロです。しかしすぐ、宇宙船は加速し速度が増えます。すると光は後ろに置いて行かれます。しかし加速度の働きは重力と同じなので、進行方向の反対側が中の人間にとっては床になります。つまり並行に入射した光は、下にずれて5,000km向こうの壁につくのです。
     つまり、光は重力によって曲がる。光が曲がるなら物質同士も当然で、物質は本質的に引き寄せられるというのが一般相対論の帰結なのです。最終的には方程式の左辺は時空の曲がり具合、右辺は物質の運動量とエネルギーの総計として定式化されました。
     そして自分が発見した重力場の方程式、まずは水星の公転軌道にアインシュタイン自ら適用しました。太陽を回る地球を含む惑星の軌道はこの頃まで完全な円ではなく楕円で、その中でも一番内側を通る水星はニュートン力学では不明な点があったのです。太陽は楕円を作画するための二つの焦点の一つに位置しているのですが、水星が一番太陽に近づく位置が、完全には元に戻っていないことがわかっていたのです。遠くの場合は天王星のずれが海王星の発見、海王星のずれが冥王星発見につながったので、水星の内側に未知の惑星があるという想定もあったのです。しかしアインシュタインは自分で計算してみると一般相対論だけで未知の100年に対する43秒のずれが説明できたのです。
     次にアインシュタインが重力場の方程式で挑んだのが宇宙です。しかし、科学は宇宙に浮かぶ天体の動きの研究から始まったのではないのか? そうなのですが、この当時まで重力の働き方がわからなかったので、天体の動きを解析できても宇宙は天体の背景にとどまり、宇宙そのものを科学の対象にはできなかったのです。しかし重力は時空間のゆがみでありその伝わり方は光速と同じ。そうした性質と掴めたので、重力が力として支配する宇宙を科学的に考えられるようになったのです。
     しかし、二つ物質があれば必然的に引き寄せられるのが一般相対論の定理。ならば太陽を回っている地球もいずれ太陽に落ち込むはず。それは物理的に問題ないけど夜空には無数の星がある。何故それが今の今まで存在できているのか? そして一般相対論が完成した1915年当時、星の集まりの銀河はわれわれの銀河系(今の名称は天の川銀河)だけで、宇宙は不動のものと一線の研究者でさえ理解していました。
     そう、当時科学コミュニティで共有していた宇宙像と、アインシュタインが自分の理論で導き出す宇宙像に、明確な齟齬が生じたのです。そこでアインシュタインはどうしたか。(結果的に違っていた)科学コミュニティの認識に、自分の重力場の方程式を合せたのです。1917年、宇宙項や宇宙定数と呼ばれる項目を付け足すことで修正版の重力場の方程式を提案したのです。しかしこの付加項目、宇宙が収縮も拡散もしない状態を保持するために考えられたものですが、論理的に考えてかなり微妙な存在とおわかりいただけるでしょうか。
     つまりこの項目、少しでも大きくても小さくても(論理的に、方程式の解として)定常宇宙は実現できません。そして実際、アメリカの天文学者ハッブルがわれわれの銀河系のほかにも銀河があり、それらがわれわれ(地球、あるいは太陽系としても同じ)から遠ざかっていると報告したのです。1929年のことでした。だから1931年、アインシュタインが訪米してそれを確かめ、宇宙項を「人生最大の過ち」として撤回したのです。以後、最近になって宇宙の加速膨張の理由としてふたたび注目されていますが、重力レンズを含む光の曲やGPSの補正などで最初の形での重力場の方程式は大活躍しています。

     4.一般相対性理論から法制度を論じる

     今度は一般相対性理論と宇宙論の関係を前述の法制度に援用します。繰り返すとアインシュタインは自分が建設した一般相対性理論を宇宙に適用したのですが、一般相対論は動きを扱う理論なのに宇宙は当時泰然としている存在と研究者も理解していたので、齟齬が生じたのでした。
     まず労働者派遣法です。所属と労働の分離、それは労働者を一つの企業に閉じ込めないでいつでも他の転職できる状況を作ることで、労働者の価値があがっていくと想定したはずなのです。また法律を制定するにあたっては(情報化社会以前だから手間がかがっはずだけど)海外の先行事例をチェックして、労働者にかえって不利になる状況も想定できたはずなのです。
     しかし法律は立法府が制定して策定に関係した有識者の手から離れたあと、主に経済界、経営者に有利になるように改定されていきました。つまり対象となる業界と職種を拡大し、同時に業務も増やし、正社員を上回るほど人数が増加したのです。その結果、労働者の理想とは逆に正社員の方がむしろステイタスになりました。そうすると正社員と派遣社員の対立、派遣社員同士でもスーパー派遣とスキルなし派遣に分断され、労働運動が内ゲバになってしまったのです。
     何故こうなったのか。一度制定した法律はあとでいくらでも条件を変えることができることを、労働者側が忘れていたというしかありません。
     今度は男女雇用機会均等法について。これは男女の均等を雇用機会に限定したことが、男女ともに幸福な社会人、職業人人生を送れていないことの理由。女性は妊娠、出産の可能性があるから相応の制度を企業に求めてよかったはずなのに、雇用機会だけに法律制定の焦点が行き、女性労働者の人生設計を考慮に入れなかった。つまり法律を根拠に各会社で職場改革はできたものの、不十分だから改定していこうという政治の動きは、雇用機会均等という法律の立て付けからか、実現できずに今まで、出生率の低下を更新し続けているのです。
     そして介護保健制度。制定を考え出した当時でも少子化が進むのは確定だから、子どもを頼りにせずに介護を社会全体、国の事業として進めていこうというアイデアは素晴らしかった。しかし巨大な予算を伴うために腐敗や汚職が起こりやすく、そのバグを前提に制度設計をしなかったのが痛かった。巨大な予算があるのに何故現場の労働者のサラリーが低く、離職者が絶えないで事業所の閉鎖が続くのか? 介護事業の確立には法制度が施行してから、介護者と労働者がWin-Winになる継続した微調整が必要だったのに、むしろ予算が足りないことを理由に、労働者の生活と介護者のQOLを天秤にかける法制度にしている。
     以上からいえるのは立法事実を解決するために法案を作り法律を制定するのですが、法律によっては年月が経過すると腐るということです。特に細かい数値の条件が必要な場合、それを変更するだけで法律、制度の性格がまるで違ってくる。今回上げた労働者派遣法、男女雇用機会均等法、介護保健制度が国民のためになっていないのは、有権者が上に上げた法律や制度の恐ろしさをわかっていなかったためでした。
     この私たちの失敗は、アインシュタインが自分の重力場の方程式に余計な項目、宇宙項を付加した失敗に通ずると思うのです。

     おわりに 社会論としてのブラックホール

     最後にブラックホールの話題について。現在は巨大で短命な恒星の最後の姿として、銀河の中心にあって星を引きつける理論的根拠として、観測事実とともに存在が確認されているブラックホール。歴史的には理論が先行した「現象」でした。
     アインシュタインが一般相対性理論を完成した1915年、その年のうちにロシアに遠征中だったカール・シュヴァルツシルトは、故国のドイツに論文を送ったのです。それは物質の質量が同じまま、体積だけが小さくなるとどうなるかをテーマにしていました。当時は1911年にラザフォードの原子模型が発表された直後で、原子の大きさのほとんどは空っぽとわかった頃でした。つまり思考実験でも、物質を押しつぶせるようになったのです。
     その結果、体積当たりの重さ、比重が大きくなるとその物体の周りの時空のゆがみが、一般相対性理論によれば甚だしくなる。その結果、そこから光を放ったとしても真っ直ぐには行かず、遂には出れなくなる状況になる。そう、その物体を遠方から観ようとしても、光さえ出れないので観測できない。ベルリン科学アカデミーでアインシュタインが代読した論文こそ、理論が先行したブラックホールの物理的特性だったのです。
     それは一般相対性理論が本質的に収縮する力を扱う理論であり、だから宇宙が存在するためには外向きの力が(論理的帰結として)必要だった。この論理を社会に置き換えます。つまり社会は放っておけば縮む。それを押しとどめて反転させ、むしろ拡げていくには(現実の宇宙がそうであるように)エネルギーが要る。日本以外でもリベラルが退潮なのはこの辺が理由と思うのです。
     つまり結局は体力勝負のエネルギー論。日本に限っても社会運動や労働運動といった運動論が否定、拒否された時代が続いています。そのお陰で体力のない人が体調に気をつけてメディアに出られる時代になったけど、それは権力に押し切られる時代でもあった。結局は権力がむき出しになったて自国民に牙を向けたとき、リベラルにも体力が必要というのがここまで科学的に考えた時の私の論理的帰結です。その体力論を家父長制の象徴としてフェミニズムが徹底的に批判したことこそ、リベラルの最大の隙だったと私は思うのです。(大塩高志)

     イタリックと上付き文字は以下のサイトを参考にしました。

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