
雪女接触事例報告「−28℃の恋」第七話
前の話
事例④:低温適応改造体との生身の触れ合い‐3
第二段階では、衣服の解除、接触範囲及び面積の拡大、口唇接触の継続および深化が行われ、二人の情動昂揚時における体温変化が見られた。
小夜子は、久遠に対し継続的な接触を求めた。
額、耳、鼻、頬、唇、手、肩、胸、腹、脚、どこかしらの接触を維持していた。
それは今までできなかったことを丁寧に感じ取ろうとしているかのようでもあった。
久遠は、小夜子の求めに応じながら、また自分も求めながら、循環ポンプ、人工不凍血漿、温度制御膜、浄化モジュールの状態を逐次確認していた。どこにも異常はなかった。

この記録において重要なのは、久遠が小夜子の情動反応を危険徴候としてとらえなかったことである。
流涙は、涙として扱われた。
唾液は、口づけの名残として扱われた。
発汗は、恐怖ではなく、昂揚の兆候として扱われた。
バルトリン腺液は、毒性体液ではなく、小夜子が愛された証として扱われた。
小夜子は怖くなって、何度も中断を申し出た。
そのたびに久遠は止まった。
「オッケー」
「……やっぱ、やめたくありません」
「怖い?」
「怖いです」
「怖いままでいいさ、僕も怖い。ゆっくりやろう」
この応答ののち、小夜子は久遠の身体に口づけの雨を降らせ、
久遠も小夜子の身体を隅々まで舌でなぞった。
凍着なし。
皮膚損傷なし。
循環異常なし。
毒性体液による急性反応なし。
二人とも、ゆびと舌でお互いのカタチを感じあっていた。
小夜子の雪のような白い肌。淡いふくらみ。ほのかに桜色の蕾。
華奢なのに柔らかい。そんな小夜子の-28℃の身体に
久遠は顔を埋め、同じ温度の熱を伝えていく。
時々小夜子は甘い声を上げて体を震わせた。
久遠の計算されつくした表皮のフォルム。小夜子に合わせて設計された温度。
これが久遠の身体。小夜子が感じる感触としては男性の肉体と何一つ変わらない。
小夜子もまた、顔を久遠から離さずに味わい尽くしていた。
久遠も時折、吐息を漏らして反応していた。このために五感の神経を残していたのである。
ー28℃で求めあう二人。
汗ばみながら、高め合っていき、小夜子の男を知らぬ茂みの奥は、不凍体液でぬめっていた。冷たいその体液は、久遠にとっては温かかった。
久遠もまた、不凍体液を流し込んだ疑似海綿体が、無機質ではない、生物のオスとしての固さを再現していた。それは、小夜子にとって、少し怖いけど来てほしい固さだった。
小夜子の身体は、彼女自身の意思で、確かに久遠を受け入れる準備を進めていた。それは過去に毒性体液として記録されてきたものと同じ分泌でありながら、久遠とのこの時間においては、彼女が愛され、愛そうとしている証であった。
久遠はその小夜子の茂みの奥に顔をうずめた。小夜子の抑えた声と、液性音が響き渡る。その音は、-28℃でありながら、凍着せず、温かみすら感じさせた。小夜子からこぼれるその体液は久遠にとっては毒ではない。彼女が愛された証であり、それ以外の何物でもなかった。
何度、その華奢な体を震わせただろうか。
小夜子は、久遠の耳元で、非常に小さな声で久遠に語りかけた。
「朔也さんが欲しいです」
この発言は、特筆すべきものである。
生存確認しながら恐る恐る伝えられてきた彼女の願いであったが、
これは純粋な彼女の願いであるように見受けられた。
しかも、この時点で二人はお互いを「あったかい」と認識しており、
明らかに互いを触れ合う動作に情動と身体反応を伴っていた。
小夜子は、久遠の体温を安心できるものしてだけではなく、気持ちいいものとして認識し始めていた。
雪女にとって、初めて感じる、自分と近い体温。
それを、もっと深く。自分の中で感じたいという彼女の願いは自然なものだった。
久遠はゆっくりと、小夜子の中に入っていく。
それは観察する側から見ると、動いていないにも等しいものだった。
少しずつ、なじむのをゆっくりと待つ。
受け入れられる状態になるまでゆっくり待ち、また少し。
それは、36℃であっても、-28℃であっても変わらないものだった。
やがて、最も奥まで到達すると、小夜子はまた泣き始めた。
「どうした?」
「違うんです。嬉しくて。私にこんな日が来るなんて…」
「それは僕の言葉でもあるな。一緒だよ」
そのまま二人はしばらくじっとしていた。
「あ、そうだ。僕のアレ、生体被膜ONにしてるから、安心してね」
「そんなことまで考えていたとは…!私なんてもういっぱいいっぱいなのに」
「今は僕もそうさ。事前準備ってやつ」
「どこまで考えてたんですか」
「射精回路は組み込んでたよ笑」
「雪女とできると思ってたんですか…!変態ですね…笑」
慣れてきて、軽口をたたいていた二人であったが、お互いが動き始めてからはただただ、二人の吐息と不凍体液の音だけが響き渡っていた。
五感を残していた久遠は、小夜子を危険としてではなく、女の子として感じていたし、
小夜子もまた、久遠を自分と同じ温度の男として感じつづけた。
長く、ゆっくりとした、優しい交わりの後。
雪白小夜子は、久遠の腕の中で眠っていた。
久遠もまた、その体勢のまま、眠りに落ちていた。
小夜子は眠りながらも、久遠をつかんでいた。
久遠がわずかに身じろぎすると、小夜子は眉を寄せ、さらに強く彼を引き寄せた。
翌朝、先に目を覚ましたのは雪白小夜子だった。
最初に確認したのは、久遠の顔。
次に、彼の胸に耳を当てた。
規則正しい、低温循環ポンプの作動音。
彼がまだ動いていることを確認し、小夜子の顔がほころんだ。
小夜子は長い間、何も言わなかった。
やがて、彼女は小さく呟いた。
「朝になっても、生きてる」
久遠は目を開けた。
「おはよう」
小夜子は、その言葉を聞いた瞬間、微笑んだ。
そして、久遠の胸に顔を埋めた。

彼女は、男を知った。
それでも、その男は生きていた。
この事実は、雪白小夜子にとって、過去いかなる観察記録よりも重大な意味を持つ。
彼女はその朝、初めて理解したのである。
自分は、誰かを望んでもよいのだと。
それを受け止めている相手がいるのだと。
生身の触れ合い開始から421分08秒後、二人の身体が離れた。
服を着るためである。
久遠は生存していた。
二人とも、生存がどうとかそんなことはもう考えていなかった。
二人は秘め事のために入った山小屋から外に出た。
冬のアルプスヴァルドは晴れ渡り、山々の稜線が太陽に照らされて輝いている。

幸せとは、継続する時間の中でつかみ取り、感じていくものである。
雪女はこの日を境に、自分はこれから何ができるだろうと考え始めた。
それはとても楽しい時間になりそうな気がした。
記録には、雪女とロボット男のそれからの話も存在しているようだ。
その話は、またどこかで語られることもあろう。
完