
雪女接触事例報告「−28℃の恋」第三話
第二話
事例③:非接触での感覚同期、その後の粘液摂取による死亡
鳴海 透(ナルミ・トオル)。41歳。通信技術者。
雪女との累積対話時間:214時間10分
非接触感覚同期時間:55分42秒
毒性体液摂取後の生存時間:4時間17分
雪女を抱きしめるということは、気合とか修業でどうにかなるものではない。
御堂の事例を詳細に研究した鳴海は、そのように結論した。
鳴海は、直接接触の危険性を避けるため、非接触での感覚同期というアプローチをとった。
これは、電脳通信遊戯に代表されるように、言葉のみで相手と感覚を共有し、相手に触れることなく、画面越しに疑似的な性行為を行うことに着想を得ている。
もちろん、はじめからそのようなことはしない。
鳴海は雪女との邂逅後、時間をかけて対話を重ね、彼女との心の距離を縮めていった。
そして、好きな人に直接触れたいと願う、男であればだれもが願うであろうその願いに対して、彼は独自のアプローチを試みたのだ。
「私に触れると、皆、凍ってしまうのです」
「わかっている。だから、触れない」
二人の仲が深まってきたある日。
雪が降りしきる中、山小屋の中で雪女と鳴海は向き合って座っていた。
触れてはいけない、そういう彼女に対して、鳴海がかけた言葉は意外なものだった。

「言葉で触れるんだ」
鳴海は、言葉が意味だけでなく、触れられているという感覚まで生み出すことができると考えていた。かつて、鳴海が記録者に語った説明が残されており、その言葉を引用してみよう。
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言葉とは、意味を持った連続する音の響き、または文字の形状を介して、相手にその意味を伝える方法である。
例えば、「好きだ」という言葉を伝えたとき、発話者が発音した「すきだ」という音を受話者が受け取り、その音声信号を「好きだ」という意味に変換して受け取る。両者の間に「好きだ」という概念が共通で備わっていれば、それで意思は通じる。遠距離恋愛という触れることができないほど遠くにいる相手と関係を築き上げていくことができるのも、人間が、この言葉を中心としたコミュニケーションをとっているからであり、また、それを伝える通信技術が発展したからである。
現代においては、人間のコミュニケーションとしてごく当たり前のことであるが、これを応用すると、言葉を介して相手に触れることができるようになる。
より正確にいえば、「触れている」「触れられている」と疑似的に感じることができるようになる。
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鳴海は雪女と直接対面、向き合いながら、しかし、その身体に触れず、熱を奪われることなく、雪女との触覚の共有を試みた。
「僕の手が、君の手をやさしく握っている。君の手はひんやりして、心地よい。君の白くて細いゆびに僕のゆび先をそっと這わせていく。どう?想像できるかな?」
「できる気がします。何かあたたかい感じ。不思議です。触られていないのに、あなたの意思が私のゆびをなぞっているみたい…」
「そうそう。そういう感じ。少しずつ、お互いの感覚を共有していくことで、触れることも、触れられることもできるようになる」
「うれしい…」
鳴海の試みは成功した。
そして、手をつなぎ、ゆびを絡め、抱き合う男女が次にすること。雪女は知識としては知っていた。鳴海と一緒に不思議な感覚を開発している雪女は、自然と、鳴海との性感の共有に踏み込んでいった。
鳴海は優しく、まるで恋人同士が閨を共にするかのように語り掛け、雪女の心を少しずつ融かしていった。
やがて、まるで鳴海のゆびや舌が雪女の肌を這うかのように、雪女の白く細いゆびが彼女の肌を這い、その感触が雪女の感度を高めていった。想像で生み出した感覚だけでなく、鳴海が言葉で伝えた触覚を、彼女自らのゆびで再現し、彼女の肌に優しい触覚として与える。雪女には、彼女のゆびは、今や鳴海のゆびのように感じられていた。
「熱いです」
雪女は白絹の着物をはだけ、純白のスリップ姿となった。真っ白な雪のような肌。そこに自らのゆびを這わせていく雪女。
「あなたのゆびが、私をなぞっているみたいです」
「私のゆびなのに、私じゃないみたい…」
そのゆびは、雪女のものであり、そしてまた、鳴海のゆびとして感じられるものだった。彼女にとっては、自らを慰める感覚と、鳴海に愛されている感覚を分けることはできなかったし、分けずに両方とも存在する、ということでもよかったのかもしれない。
鳴海は非接触感覚同期の効果を高めるため、雪女にもその感覚を可能な限り言葉にするように伝えていた。雪女は、いつも以上に自分の感覚を研ぎ澄まし、感じ取り、そしてそれを言葉にしようとしていたのである。
「舌も這わせるよ。力を抜いて、柔らかくした舌が、ねっとりと君のカタチを確かめる」
「あっ…なんだかぬるっとしています。優しくて、気持ちいい…」
雪女のゆびには、鳴海のゆびだけでなく、舌も共有されるようになった。愛し合う人間の男女が、お互いの肌に口づけをし、舌を這わせてしるしをつけていくように、鳴海は雪女のゆびを介して彼女の肌をそっと舐めた。
感覚の共有は逆も可能である。雪女が鳴海の身体に触れる感覚を言葉にすることで、鳴海はその言葉から、雪女に触れられている感覚を受け取ることができた。
雪女もまた、鳴海の身体をおそるおそる、チロチロと舐める感覚を彼へ伝えた。鳴海は彼女にそうされ、自分の身体がゾクゾクする感覚を雪女に伝えた。
触れることなく、おしゃべりをしている時間で鳴海はある寓話を雪女に共有していた。それは「禁呪」という不思議な力を扱う男の話で、彼は任意の相手の下着の中に己の舌や口を転送できるのだという。
「禁呪」
鳴海がつぶやいた。雪女ははっとして、そして、その意味を理解した。鳴海は舌を私の下着の中に転送してきている。そして中で私のことを…!
「あっ…私の下着の中に何かいます…そんなこと、誰にもされたことないのに!」
雪女は下着の中に自らの指をいれ、鳴海が舌を動かすのに呼応し、鳴海の名を呼びながらひときわ甘い声を上げた。なお、音声記録には特徴的な液性音が響き渡っていたことも記録されている。
雪女は鳴海の呼びかけに反応し、観測史上、初めて明確な性的昂揚を示した。
雪女の体表温度は−28℃から−26.5℃まで上昇。 呼吸数の増加、流涙、唾液分泌、発汗、ならびにバルトリン腺液の著しい分泌が確認されている。
雪女は困惑し、泣きながら次のように述べた。
「これは…!これは…!いけないことですか?私は、こんなふうになってしまうのですね?」

鳴海は自分の思いが伝わったことを確信した。
「私、幸せです。もっと、もっとしてほしいです…」
言葉で伝えあう。そういう取り決めで始めた非接触感覚同期。
雪女は自分の感覚を、初めはためらいながらも、少しずつ伝えられるようになっていた。
そして、もっとほしいという言葉。
その言葉は鳴海の言葉に呼応した返しの言葉だけではない。
雪女から発せられた、確かな彼女の気持ちだった。
そして、その言葉は雪女からこぼれ出ているさまざまな液体によっても裏付けられていた。
その言葉が、彼を突き動かしたのだろうか。
鳴海は、雪女に直接接触を試みた。
つづく
雪女接触事例報告「−28℃の恋」第四話
事例③:非接触での感覚同期、その後の粘液摂取による死亡‐後編