小さく少しずつ・・・というのは本当に機能するのか
Kouです。
こんにちは。
僕が自分で過去に書いていたブログを読み返していて、驚きの記述を見つけてしまいました(^^
「今を起点にして少しずつ改善しようと思っていると、いつまで経っても成功できない」
掃除が分かりやすいですね。
散らかりまくった部屋の掃除をするのに、少しずつ掃除をしていてもなかなか片付きません。
片付けている最中も、「散らかっている現状」をずっと見続けることになるので、それで気が滅入るんですよね。
小さく少しずつやるというのは、一般的にはうまくいく方法として知られています。
よく言われるのが習慣化のための方法です。
まあ、そういう側面も確かにあるとは思います。
これがうまく行く人もいるかもしれません。
しかし、「できていない今」を起点にして少しずつよくしていこうと思っていると、ゴールが果てしなく遠く見えます。
というか、ゴールが見えません。
往々にしてゴールが見えません。
それはなぜか。
それは、ゴールがないからです。
何しろ、今の現状が基準になっているんですよね。
不満のある今が基準なので、そこに少しずつ何かを足していったら、いずれはどこかに辿り着くというくらいのイメージしかないと思うんです。
掃除もそうで、散らかりまくった部屋の掃除を少しずつやっているとき、完璧にきれいになった部屋を想像しながら掃除したりしていません。
イメージできないんです。
何しろ、今が基準ですから。
階段を一段ずつ上がるというのは、よさそうに見えるんです。
やりやすいですから。
しかし、やりやすいのは確かでも、続けやすいかどうかは別物です。
もしかすると、ものすごく負荷が高いのだとしても、頑張ってさっさと頂上に飛んだ方がよかったりするかもしれません。
階段を上っている最中がとにかくしんどいんですよね。
上っている最中は、先が見えない上に、ちゃんと上れているのかもあまり実感がなかったりするんです。
僕は以前は、平気でハードランディングする発想をしていました。
小さく少しずつではなく、さっさとゴールまで行くということです。
もう少し厳密に言うと、最初にゴールありきで今を眺め下ろすということです。
ゴールを起点にして、今の自分を引っ張るようなイメージです。
今に小さく少しずつプラスしていくという発想は、かなり多くの人がやっていそうです。
いつの間にかそうなってしまったという人もいるんじゃないかと思います。
小さく少しずつというのは、怖いからそういう動き方になっているだけなんですよね。
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