
ある桑の木の話
一本の桑の木が切られた。宅地造成のためらしい。
その桑の木が生えていた場所が、新しく宅地造成のための用地になるらしい、とは聞いていた。だから、予感はあったのだ。
ある朝、通りかかると、桑の木のある土地がトラロープで囲われていた。
(ああ、これは、いよいよだな。)
そう思った。
数日後、買い物の帰りに、その木の傍を通った。
木は、あっさりと小さな切り株になっていた。胸の中に、何とも言えないモヤモヤが広がった。
そのまた数日後、役場に行った帰りに、その場所を通った。
そこにはもう切り株すらなく、トラロープに囲まれた平らな土地があるだけだった。
今度はもう、はっきりと寂しいと思った。
桑の木は道路の脇に、いつも堂々と立っていた。その青々とした葉をサワサワ揺らしながら。初夏には甘い甘い実を、枝いっぱいにならして、いつも静かに立っていた。
小学生の頃、みんなが鈴なりに登って手を振っていた、あの木はもうないのだ。
登下校の時、お腹いっぱいになるまで頬張った甘酸っぱい実。美化された思い出が、いつまでもいつまでも、頭の中を駆け巡る。
ふるさとは、少しずつ変わっていく。
悪いことではないのだろう。新しくできる団地には、若い夫婦が住み、子どもたちは学校へ通うだろう。
私たちが桑の木と遊んだ、直ぐ傍の道を、新しい人びとが通るだろう。
でも、少しだけ寂しいのは自分の子どもに、もうあの木を見せられないことだろうか。
私には、まだ一歳にも満たない息子がいる。
出産、そして育児休業期間を過ごすために、ふるさとに戻ってきたのだ。
妊娠中、そして出産後の散歩でも、よく桑の木の傍の道を通った。その度に、少し思ったのだ、私の息子が走り回り、木登りをし、果実を摘んで小腹を満たす頃にも、この木はあるのだろうか、と。そして、その頃にはこのふるさとがどうなっているのか、思いを巡らせた。
桑の木に競って登り、その実で腹を満たす。ランドセルを道端に放り投げて、遊びまわる子どもたちを、優しく見守ってくれた大人たち。おおらかで優しい、ふるさとの風土。
けれど人口は減り、小さな畑は荒れ、空き家も増えた。なのに、真新しい家だけがどんどんと建っていく。畑だった場所が宅地になり、新しく団地をつなぐ道が整備された。その結果、丘は真っ二つに裂かれた。
幼なじみと並んで歩いた丘の縁、毛虫に刺された木陰も、もう、ない。
良いも悪いもないことだ。ただ変わっていくだけ。不変などないと分かっていても、胸によぎる寂しさ、悲しさ、そして一抹の怒りを止めることができない。
大きくなった息子の手を引いて、桑の木の前を歩いてみたかった。許されるなら、その実を摘んで二人で食べてみたかった。
もう叶うことのない望みだ。そう、叶うことがないからこそ、胸を離れないのだろうか。
そうしている間に、思い出はどんどんと美化されていく。いつまで、あの木を鮮明に覚えていられるだろう。変わっていくこと、忘れていくこと、そして思い出が美しく飾られ、ただの「思い出」として心にしまわれていくこと。
その全てがどこか恐ろしく、寂しい。せめてここに、こうして書き留めておきたい。あの木のことを。この思いを。