【連続小説】「未来の娘からのLINE」第1話ーママ、まだ間に合うよー
「ママ、早く!!」
朝7時12分。
洗面所から娘の叫び声が飛んできた。
「はいはい、聞こえてる!」
私はフライパンを振りながら怒鳴り返す。
食パンは焦げる寸前。
味噌汁は吹きこぼれ。
その横で、小学2年生の娘・結衣は半泣きになっていた。
「靴下ないぃ……」
「さっきそこに置いたでしょ!」
「ないもん!」
「ママ知らない!」
朝からずっとこんな感じだ。
シングルマザー5年目。
「ちゃんとした母親」になろうと思えば思うほど、毎日うまくいかない。
仕事もギリギリ。
家事もギリギリ。
心もギリギリ。
本当はもっと優しくしたい。
もっと笑っていたい。
でも現実は、
「早くして」
「なんでなの」
「いい加減にして」
そんな言葉ばかりが口から出る。
結衣は黙って床を見た。
その顔を見た瞬間、胸がチクリと痛む。
……まただ。
また私は、朝からこの子を傷つけてる。
「ほら、靴下ここ」
ソファの下から小さな靴下を見つける。
結衣は小さく「ありがとう」と言った。
その声が、やけに遠く感じた。
会社に着いたのは始業2分前。
息を切らしてタイムカードを押すと、後ろから上司の声が飛んだ。
「高橋さん、今日の資料まだ?」
「あ……すいません、午前中には」
「毎回ギリギリだよね」
ぐさりと刺さる。
でも謝るしかない。
「すいません……」
昼休み。
コンビニのおにぎりを片手に、私はぼーっとスマホを見ていた。
通知はゼロ。
友達との連絡も減った。
SNSを見る余裕もない。
最近は、「自分」がどんな人間だったかもよくわからない。
その時。
ピコン。
LINE通知。
知らないアカウントだった。
アイコンは初期設定のまま。
名前は――
【未来の結衣】
……なにこれ。
迷惑アカウント?
一瞬そう思った。
でも次の瞬間。
新しいメッセージが表示された。
ママ、まだ間に合うよ
背筋がゾワッとした。
意味がわからない。
既読はつけず、画面を閉じる。
でもすぐ、また通知が来た。
今日の夕方、
「うるさい」って言わないで
心臓が止まりそうになった。
誰?
なんで知ってるの?
その瞬間、電話が鳴った。
小学校からだった。
嫌な予感がした。
「もしもし、高橋さんですか?」
「はい……」
先生の声が少し困っている。
「結衣ちゃん、お友達とケンカしてしまって、今保健室にいるんです。」
頭が痛くなる。
今日、大事な会議あるのに。
なんで今日なの。
「今から行きます……」
そう答えながら、私は深くため息をついた。
夕方。
小学校の帰り道。
結衣はずっと黙っていた。
「……なんで押したの?」
私が聞くと、結衣は小さく答えた。
「だって、貸してくれなかったから」
「でも押したらダメでしょ」
「……」
「最近そういうの多いよ」
疲れていた。
仕事も。
人間関係も。
生活も。
全部。
だから私は、
本当は言いたくなかったのに、
口を開いてしまった。
「ママだって我慢してるの!」
その瞬間。
スマホが震えた。
ピコン。
私は立ち止まる。
LINE。
【未来の結衣】からだった。
震える指で開く。
そこには、こう書かれていた。
ほらね。
ママ、そのあと絶対泣くんだよ
思わず息が止まった。
隣を見る。
結衣は、唇をぎゅっとつぐんで歩いていた。
そして小さな声で言った。
「……ごめんなさい」
その瞬間。
私は気づいてしまった。
謝らなきゃいけないのは、
たぶん、
私の方だった。
(第1話 完)
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