【連続小説】「未来の娘からのLINE」第14話ー30秒だけの声ー
月曜日。
朝から落ち着かなかった。
コーヒーを入れても味がしない。
仕事中も、時計ばかり見てしまう。
今日。
未来の結衣の声が届く。
そのことだけが頭の中を占めていた。
昼休み。
スマホが震えた。
ピコン。
【未来の結衣】
私は震える手で開く。
文字は一行だけ。
約束どおり、送るね。
その下に、
音声データが添付されていた。
「30秒」
たった30秒。
でも、
再生ボタンを押す勇気が出ない。
もし。
「ママが嫌いだった。」
そんな言葉が入っていたら。
もし。
泣いていたら。
私は受け止められるだろうか。
深呼吸を一つ。
そして、
再生ボタンを押した。
最初に聞こえたのは、
笑い声だった。
『あははっ!』
私は目を見開く。
大人になった結衣の声。
少し低くなっている。
でも、
笑い方は小さい頃と同じだった。
『ねぇ、○○。』
誰かに話している。
たぶん、
あの写真に写っていた男の子。
息子だ。
『おばあちゃんね。』
一瞬、息が止まる。
『昔ね。』
『運動会で、一番大きな声で私の名前を呼んでくれたんだよ。』
涙があふれる。
『すっごく恥ずかしかったけど……』
少し笑って、
結衣は続けた。
『本当は、すごく嬉しかった。』
私は口元を押さえた。
覚えていてくれたんだ。
あの日を。
『あとね。』
『カレー、一緒に作ったんだよ。』
『ママ、全然料理上手じゃなかったのにね。』
クスッと笑う声。
私は思わず笑ってしまう。
涙でぐしゃぐしゃなのに。
そして。
最後の五秒。
急に結衣の声が小さくなった。
『だから……』
少し間が空く。
『もっと会いたかったな。』
音声はそこで終わった。
静寂。
私はスマホを抱きしめた。
"もっと会いたかった"
その一言が、
何度も頭の中で繰り返される。
会えなかった。
じゃない。
会いたかった。
未来の結衣は、
ずっと会いたかったんだ。
その日の夕方。
結衣が学校から帰ってきた。
「ママー!」
ランドセルを放り出して、
抱きついてくる。
私は何も言わず、
ぎゅっと抱きしめ返した。
「く、苦しいよ〜。」
笑う結衣。
「ごめん。」
「今日なんかあった?」
私は首を振る。
「ううん。」
本当は言いたかった。
「ありがとう。」
「生まれてきてくれてありがとう。」
でも、
涙があふれて言葉にならない。
夜。
結衣が寝たあと、
またLINEが届いた。
【未来の結衣】
あの音声ね。
息子に話していたんじゃないの。
私は目を見開く。
え?
続いて届く。
本当は、
ママに聞いてほしくて録ったの。
胸が熱くなる。
あの頃は送れなかった。
だから、
今のママに届けたかった。
私はスマホを見つめたまま、
声を殺して泣いた。
未来の結衣は、
過去を責めるためにLINEを送っているんじゃない。
「今なら変えられる。」
そう信じて、
必死に手を伸ばしている。
最後に、
もう一通届いた。
来週、
やっと話せる。
私は息をのむ。
文字でもなく。
写真でもなく。
音声でもない。
「話せる」。
画面を見つめる私の指先が震えた。
未来の結衣は、
いったいどうやって――。
(第14話 完)
▶第1話から読む
