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【長編小説】漂白社会 | 第七話・初経

    第六話・傷跡|マガジン|第八話・清白

     「少しだけ、少しだけだから」
     担任の教師はそう言うと、多目的室の鍵をかけた。

     その時、中学三年生の志津里は、完全にパニック状態だった。


    「テストのことで話したいことがある」
     先生は確かにそう言った。だから一緒に多目的室に行った。それだけのことだったはずだ。

    「少し休もうよ」
     先生はそう言うと、わたしの腰に手をまわした。

     わたしは、顔が引きつるのを必死に隠した。

    「テストのことって何ですか?」
     腰にある手を優しく払いのけた。

     スカートがひらりとなびく。微かに窓は開いていて、外はまだ明るいはずなのに室内は夜のように暗かった。

    「とりあえず、こっちに座ろうよ」
     先生は払いのけた手をもう一度、腰に回した。

    「宮本さんって、キスしたことある?」
     そう言うと、先生は肩を触り、執拗に腕を引っ張った。

    「ほら、少しだけ、少しだけだから」
     近づく先生の顔から、整髪料の臭いがした。

     ここから逃げなければ。逃げよう、逃げよう、そう思えば思う程、固まって動けなくなる。わたしは出来るだけ、穏やかに、そして先生を怒らせないように逃げる方法を考えた。

     すると突然、急にグイッと手を引っ張られて、わたしは、勢いで机の端に雪崩れ込んでしまった。

     先生は、ここぞとばかりにわたしの胸を触った。
    先生の手は汗ばみ、シャツの上からでもわかるほど手の気持ち悪さが伝わる。わたしは頭が真っ白になった。

    先生の手は粘っこく、わたしの心にヘドロがつくような嫌な感覚だった。そして先生の口から、次々と卑猥な言葉が飛び出す。

    わたしは吐き気と同時に、卑猥な言葉が流れくる自分の耳を、この場で切り落としたかった。



    『嫌なら、どんな手段でも、逃げれば良かったのに』

    そう被害者へ話す人は多い。でも、その時のわたしに何が出来ようか。

    殴って逃げる?
    そんな事をしようものなら『内申』が無くなるのは目に見えていた。
    わたしの『人生』を握っているのは間違いなく先生だ。

    先生とわたしは、決して対等な関係ではない。そして被害を訴えたところで、社会的に信頼のある先生と未成年のわたし、どちらを社会は信じるだろうか。

    そもそも反撃して、もし危害を加えられたら?
    そう思えば、その場で被害者が出来ることは、とても限られている。

    多くの被害者が思っていることは、もし運良く逃げられたなら、忘れたい。そんな事をされた自分さえも消え去りたいのだ。

    被害者の多くは、自分自身を責めることが多い。

    どうしてあの時、被害に遭ってしまったのか。
    わたしにも落ち度があったんじゃないか。

     

     わたしが逃げようと、あの手この手と考えている間も先生は体中を触った。とうとうわたしは吐き気を抑えきれなくなり、えいっと勢いで立ち上がった。

     もう殴られてもいい。ここで殺されてもいい。諦めの気持ちだった。

    「先生!もう帰ります!」
    大きな声で言った。

     そして笑った。
    その時の笑顔は、わたしの力かぎりの抵抗だった。

    先生は渋々とした態度で、少し怒ったようにも見えた。
    「まぁ、いっか、宿題やってこいよ」

    仕方ないな、と言い放ち、先生は多目的室のドアを開けた。

    こうして私は、やっと恐怖から解放されたのだ。


     わたしは、先生がいなくなった多目的室で、茫然と立ち尽くした。

     室内ってこんなに静かだっけ。静かな空間に沿うように、キーンという耳鳴りがした。

    緊張した体から、ふっと力が抜けたとき、太ももに何かが伝った。

    下を見ると、血が流れてた。

    初経だ。


    血はどこから流れて来たのだろう。心か。身体か。あるいは両方か。

    太ももをさすると、志津里の手は真っ赤になった。




    #創作大賞2025 #ミステリー小説部門

    第六話・傷跡|マガジン|第八話・清白


     
     
     
    作家 × プラスサイズモデル × アダルトコンテンツクリエイター|タイ・バンコク出身、北海道育ち |芸能業に憧れ16歳で東京へ。2023年、初めて執筆した小説が文芸社の最終ノミネートに選出。現在はグラビアやモデルは海外でも活動を広げて、執筆では波乱万丈な人生を綴ります。

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